第18話





「今朝は散々だった。神木くんのせい」


「すまん! しかしな、林檎も楽しかっただろ? 私も畑仕事や家事が出来ないままだ。帰ってから、祖父に謝らなくては」



 私と林檎は八雲私立中学校へと向かっていた。時間は八時。私は何か、忘れてないか?


 あー、林檎のブラウスの第一ボタンを付けるのだ。そうだ! 今日私は、日直だった!



「林檎、悪い! 先に行くぞ! 今日私は日直だ! 学校で話しかけるなよ? 大事な要件はメールしろ!」


「あは♡ 一緒に行く♡ 僕から逃げられると思ってるんだ?♡」



 恐っっ! その悪魔の微笑み止めれええ!


 まあ、なんだ。慣れたけどな。しかし、恐いもんは恐い! 絶対零度の微笑みをする中学生がどこにいるんだ!?

 林檎さんの人生、どんだけすさんでいるんですか。


 林檎に、楽しいことはあるのか?




 楽しみって大事なんだ。


 みんな、楽しみがあるか?


 最近、笑ってるか?


 もう、本当に無茶苦茶しんどい時は、なにも出来ないんだ。寝れないし、食べれないし。


 心臓に穴が空いてるんじゃないかと、本気で思うんだ。深呼吸が出来ないから、なんとか、浅い呼吸をするんだ。とにかく、頭が痛い。




 喪失感そうしつかん


 誰かと一緒にいても、自分が暗いトンネルの中にいて、独りぼっちな気がするんだ。


 身体が動かない。口を開くことさえ、億劫おっくうになる。なんで、自分は生きてるのか、わからなくなる。




 大丈夫だ。


 時間はかかる。十年、二十年、三十年。それでも、いつかは、今日より楽しい時間が来る。


 自分を信じる。生きることを諦めないでくれ。この国は自殺する人がめちゃくちゃ多い。


 かく言う私も、何度も死にたいと本気で思ったことがある。祖父には秘密にしてくれ。


 家族なのに、家族だからか、言えないよな。



 自分の腹ん中の、どす黒いものを、真っ白いノートに書き殴るのだ。残すのが困るなら、スマホの下書きに書き溜めて、破棄すればいい。


 ストレス、自分の感情を溜め込まない。

 今はまだ、自分の気持ちを受け入れることができないだろう。そのままでいい。いつか、できるなら、弱い自分も、嫌な記憶も、認めてやればいい。できないなら、しなくていい。



「葉っぱ一枚あればいい。生きているから、ラッキーだ! 生きていたから、ラッキーだ! 君が変われば、世界が変わる!」


「神木くん、もう教室だよ? それ、歌?」



 はっと、私は目を覚ます。色々あった嫌なことを思い出していた。そいつらは、勝手に私の中に侵入して、私の元気を吸い取る。


 こんな時は、マツケンサンバを踊れば、身体中に特大の元気玉が湧き上がるのだ!



 しかし、ここは、中学校。私は地味じみにしなくては。中学一年の頃のように、生けるしかばねにはなりたくない。


 さっきまで、林檎と田中さんとダンスをしていて、めちゃくちゃ楽しかった。田中さんの凄さに大爆笑して、感銘かんめいを受けた。


 ちょっと身近な人の、意外な一面を知れて、ラッキーな気がする。胸がほかほかとした。これは、私の気持ちが満たされたのだ。


 小さなことに、たくさん感謝して、たくさん感激したい。



「神木くん、日直の仕事、手伝おうか?」



 私は首を横に三回振る。私は黒板を消していた。今日は、日直の担当がひとり休んでいた。そう言う場合は、次の人が繰り上がるのが道理だが、このクラスは違うらしい。


 私はひとりで日直の仕事をする。毎回の黒板消し。提出物を集めて、職員室まで運ぶ。準備が必要な授業は、呼び出しをくらい、担当教師の手伝いをする。


 授業と授業の間に、だいたい十分休憩がある。日直になると、その時間はない。普通なら、ひとりで日直の仕事は務まらない。


 しかし、私だ。神木空海かみきそみひいでているので、簡単にこなせてしまうのだ。教師も他の生徒も、私が有能なのは知っている。



「ねえ、神木くん。今日は一緒にお昼ごはん取ろう?」



 私は林檎に脇目も振らず、手足を動かし、黒板をピカピカにした。無論、チョークの補充もオッケーだ。折れたり、粉々の小石になったチョークは、私のチャクラを使って、復活させた。


 次は提出物を職員室に運ぶ。しかし、さっと見たところ、五人がノートを出していない。私はコピー機より早く、名簿表とノートの名前を確認する。この間三秒。そして、足りないノートを勝手に集める。念のため中身を覗くと、ひとりだけ、未完成な宿題があった。



高梨葵たかなしあおいさん、課題を完成させて下さい」


「あんたのノート、見せなさいよ!」



 高梨葵は、ピンク色のパーマの髪をハーフアップにしている。自分の髪を掴み、指でくるくると弄んでいる。派手な化粧。ややキツめの香水。ワンピースの制服の丈を短くして、ミニスカートにしている。



「忠告しよう。高梨葵さんが、いくら、自称彼氏にラインをしても、返信は来ない。何故なら、高梨葵さんの彼氏の武本星矢たけもとせいやくんは、隣のクラスの女子に夢中だからな。高梨葵さんが、自分磨きをすれば、自称彼氏がまた連絡くれるかもしれない。真面目に生きなさい」


「な、なっ! 何言ってんの!? 星矢はウチのや! 地味メンのくせに、気安く話しかけないで!」



 ぐさああっっ! あ、アフロは地味じゃないぞおおお!!!


 いや、いやいやいやいやああああああああ!!!




 ナ ン テ コ ッ タ イ !



 林檎という、超ハイスペック女子と朝からいたもんだから、私の頭は誤作動を起こしてしまったあああ!!!



 林檎以外の生徒に、どうして偉そうに言ってるんだ!? 事実だったとしても、言い方ってもんが、あるでしょうが!


 私はギザギザハートの分際で、全く関わりないクラスメイトに話しかけてしまった!



 

 ――――――――助けてえ!!! 林檎さあんんん!!!



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