第17話




 どぉしぇえええええええええ!!?



 な、何故に!? どうして!?


 私はプロポーズしてませんけどおおお!?



 誰が聞いても、プロポーズには聞こえないだろ!? しかも、『親友』をやたら強調しただろう!!!



 し、しかし。ここで、否定していいのか?


 いや、しかしな! 今から死ぬかもしれんのだぞ? 林檎を未亡人みぼうじんにするのか?



 駄目だろ! 好きな子を苦しめてはならんだろ! しっかりしろ! 否定するのだ!!!



「違うぞ? 親友として、林檎が心配だから、一緒に行くんだ。私は生涯独身の予定だ。祖父に長生きをしてもらうんだ。わかったな? 今後も、勘違いをするなよ」


「なぁーんだ♡ 僕の勘違いかぁ♡ ガッカリしちゃった♡ あは♡」



 そう答えた林檎の声は、とても悲しそうだった。林檎の顔は見えない。まだ私の背中に隠れている。



「林檎?」


「ねえ、神木くん。僕がこの先、弱音を吐いたら、叱って。僕は本当はとても弱い。でも神木くんと一緒なら、僕は強くなれる」


「林檎は泣いたら、いつもダイヤモンドになるのか?」


「違うよ。特別な涙だけが、宝石に変わるんだ。僕って人魚なのかな? 人魚の涙は宝石になるって、聞くよね」


「今まで、何度も泣いたのか?」


「僕は、そんなに泣かない。だから、レアだよ? 次に神木くんが僕の涙を見る時は、どちらかが死ぬ時かもしれない」


「それは無い! 安心しろ! 私は絶対に死なない! 林檎も絶対に死なせない!」



 ぶはっっ……と林檎が笑いを漏らす。私はしびれを切らし、背後にいる林檎を見る。


 残念! 林檎の赤い頭とターコイズの大きなリボンしか見えなかった!



「林檎、そろそろ、顔を見せてくれ。素直に心配をさせてくれ。見せてくれないなら、無理やり見るからな? 十秒だけ待つから」


「いいよ? 僕の涙、特別に見せてあげる」




 私は林檎の声に、恐る恐る身体ごと振り向く。林檎の群青の双眼から溢れた涙が、また宝石へと変わる。


 サファイア、ルビー、エメラルド、アメシスト、ペリドット、ピンクダイヤモンド、ラピスラズリ、ターコイズ。



「ぉい! 泣き過ぎだ!!!」


「そうだ。僕、日曜日に大事な予定があった。だから、ごめん。神木くん、マルコシアスの件は、月曜日からでいいかな?」


「スルー出来ないぞ!!! な、なんで、そんなに泣く!? 私が林檎を傷付けたのか!? 特別な涙ってなんだ!? その宝石は、どうするんだ!? 林檎の中に戻るのか!?」



 私はパニックにおちいっていた!



 好きな子が大泣きしたんだぞ!!?


 激しく狼狽ろうばいして、私は居間で謎のダンスを踊り狂っていた!


 頭の中に歌が流れ込んでくる!


 UUUU.S.A.

 UUUU.S.A.


 私の脳裏には、水色の園服を着た幼稚園児たちが、公園でキレッキレのダンスをしている映像が現れた!


 横を向いて、ぴょんぴょん飛び跳ね、握り拳の親指をおっ立てて。


 カーモンベイビー



「神木くん、それはブレイクダンス」



 私は華麗にアクロバティックにキメていた!




「わかった。バブリーダンスにする!」



 激しく楽しく踊れればいいのだ! 運動する! それは最高のストレス発散方法!!!



「今夜だけでも! シンデレラ・ボーイ!」


「神木くん、雑音はやめて」




 ぐっっさああああああああああ!!!


 大大・大打撃を食らった!


 音痴だとおお!?

 この神木空海が有害な超音波を出していると言ったなああ!!?



 その時私は丁度、バブリーダンスを踊りながら、上に飛び上がる!

 林檎の心無い言葉に、私の精神が乱れる! 私はそのまま、天井に顔面をぶつける! 重力に逆らうことなく、そのまま落下する!


 私は顔から居間にある丸いテーブルを突き破り、そのまま垂直立ちになる。勿論、顔は丸いテーブルの下にある。私の胸から足先までが丸いテーブルの上に出ている。



 なんか、野菜になった気分だ。



「林檎さん、引き抜いてくれませんか?」


「はいはい。神木くん見てたら、涙が止まりました」


「そうか。……そ、それが狙いだ!」



 私は内心慌てふためく! 林檎が泣いていたことを忘れて、ひとりでダンスを楽しんでいた!


 林檎を見ると、何故か、ちょっと、そわそわしていた。これは……ひょっとして?



「林檎、一緒に踊ろう! バブリーダンスはひとりより、二人でダンスした方が楽しい!」


「ほえ!? な、何故に!?」



 私の読み通り! 林檎は顔をリンゴのようにして、珍しくまごつく! 声が裏返っている! これは完全なクロだ!!!



「いいから! 行くぞ!」


「ちょっと待って! 曲がないのに!?」


「わかった! 私が口でリズムを表現してやる!」


「音痴なのに!?」



 や か ま し い !!!



 私は青筋を立てる! 確かに歌は得意ではない!


 見くびるなよ!!! ボイスパーカッションは神をも超越ちょうえつする!!!



 ジャカジャカジャ・カ・ジャ・カ・ジャ!

 ジャカジャカジャ・カ・ジャ・カ・ジャ!



 林檎は頬を赤らめながら、遠慮がちに、キレッキレのダンスをする!

 歌もめちゃくちゃ上手く歌い出す!


 小癪こしゃくなあああ!!!

 つーか! なんで、バブリーダンスが出来る!!?


 世代が違うだろおおお!!!

 私も負けじと、ボイスパーカッションをより巧みに繊細にする! 間奏かんそうにアドリブを入れてやる!


 どうだあああ!? 参ったかあああ!?




 私は目を奪われる!!! そのせいでボイスパーカッションが途絶える。



「林檎、君は……! ゴリエまで熟知しているのか!!!」


「た! たまたまよっっ! ゴモリーが好きだったの!!! ゴリエはカイから伝授されたんだ! ご、誤解しないでえ!」


「素晴らしい! しかし、バブリーダンスもせめて三人で踊りたいな? おっと田中さん、回覧板ですか。丁度良かった。田中さん四十代ですよね? 一緒にやりましょう!」




 私はご近所の田中さんも巻き込んだ!


 七月半ばの金曜日。午前七時。神木家の居間で、私と林檎と田中さんは、バブリーダンスとゴリエダンスを三人で踊った。


 田中さんが、センターで歌う林檎へと、合いの手を入れる。間奏シーンではヘッドバンギングをしていた。


 ヘドバンとは、ハードロックミュージシャンが、ギターを弾きながら、頭を大きく上下に振ることだ。よく見るのは、ヘビーメタルバンドだろうか。


 まるで、林檎が本当のアイドルのように見えた。それと同時に、田中さんの熱苦しいヲタ芸も知ってしまった。


 田中さんの戦闘能力の高さが凄まじくて、可愛い林檎の歌とダンスはき消された。



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