『わじふも!』 ――――――――第ニ章。花村林檎とは。

第14話





「ちょ……! ちょっと待ってくれ! なんか凄いことを色々言われたぞ!」



 取り敢えず、私は深呼吸をする。その後に目を閉じて、五分だけ瞑想めいそうをする。


 うむ。頭の中を整理しよう。


 花村林檎は、少女。オッケー!


 花村林檎は、暗殺一家。……え? 



 次いってみよう!

 花村林檎は兄弟が多い。よし、大丈夫。


 花村林檎は、フェンリルの餌として、私の命を差し出すらしい。そりゃあああ、ないよお!



 ええっと、フェンリルは、魔界にいる?

 そもそも、魔界ってなに?


 魔界があるなら、天界もあるわけ?




 えー、フェンリルじゃなくて、マルコシアスって言ってたな。

 『フェンリル』は、北欧神話のロキの使い魔? だったかな?


 『マルコシアス』ってどっかで聞いたな。




「なあ、林檎。ソロモンって、旧約聖書の古代イスラエルの王か?」


「そう。マルコシアスは、『ソロモン七十二柱』。ソロモンの使い魔であるマルコシアス。今、魔界を統治しているのはソロモン王」


「えええ!? ソロモン王は、遥か昔に死んだだろ? てか逸話いつわじゃないのか?」


「フェンリルは天界。ロキが天界でやりたい放題してる。僕の殺す対象は、『人』だけじゃない。神木くん、何か知ってる? 君の名前、『空海』って、『空界くうかい』と『海界うなさか』のことを指している?」


「難しい話をしてないか? 魔界と天界とは違う、空界と海界という、黄泉よみの国があるのか?」


「そう。普通の人は行けない。死者でも選ばれた者しか辿たどり着けない」




 ちょっと待ってくれ。頭がパンクする。


 私の知らないことを、林檎は知っているのか?



 私は林檎を頭の天辺から足の爪先まで見る。


 八雲私立中学校の夏服の制服を着ている。女子は、えりに花の刺繍ししゅうがある。白いブラウスに鮮やかな緑色のワンピーススカート。


 スカートは鮮やかな緑色の生地をメインにしているが、裾部分すそぶぶんに黒と白のラインが入っている。

 ワンピースは膝下ひざしたたけだ。悪戯いたずらな風が時折、林檎の可愛い膝を見せてくれる。


 白いブラウスの左肩腕部分には、洒落しゃれた赤い紋章もんしょう刺繍ししゅうされている。

 胸元に白を基調きちょうとしたリボンがある。女子のリボンは大きい。


 林檎の赤い髪は頭の上でツインテールになっている。エメラルドブルーのめちゃくちゃ大きいリボンをしている。



 うん。林檎さん、めちゃくちゃ可愛いです。



「林檎のリボン、エメラルドブルーって、その色が好きなのか?」


「ターコイズ。僕……小さな頃、『マリオネット』だった。感情がなかった。僕が生きる意味は『殺すこと』だけだった。恩人がくれたんだ。


 『君は生きている。自分の気持ちの声を聞いて。自分の身体の声を聞いて。そして、自分が生きている音を聞いて。君は殺人鬼でも、操り人形でもない。君は生きている人間だ。自分を信じて、自分を大切にしてくれ』。


 僕が今、笑ったり泣いたり出来るのは、その人のおかげ。もう会えないけど。その人は、僕の心の中で、ずっと生きてる」


「名前は?」



 ターコイズか。


 このリボンは、林檎の御守おまもりなんだな。林檎の心の中に、ずっと生きている恩人。


 何故、そんな大事な話を、私にする?



 私が、林檎の友達だからか?

 林檎は、私に、その恩人を探してほしいのか?

 林檎が求めているのは、その恩人であって、私は、ただのこまなのか?



 胸が苦しい。私は林檎が好きだ。これは、私はフラれたんだな。やばい、泣きそうだ。

 今すぐに、林檎から逃げたい。林檎からその先の台詞を聞きたくない。


 逃げたい。逃げたいが、足がすくんで、微動びどうだにできない。





 ――――何故なら、林檎が凄く真剣な表情をしていたから。


 私が優先しなければならないことは、林檎の気持ちじゃないのか?



 折角せっかく、友達が出来たんだ。


 小学生の頃だって、こんな深い関係の友人はいなかった。



 林檎が、私に心を開いてくれている。

 私は、林檎の親友として、受け止める義務があるだろう?


 いや、義務じゃない。責任でもない。

 私はただ、私を信頼してくれる友達に、私も信頼で応えたいのだ。


 『きずな』というのか?

 この関係に名前をつけるなら、それは『親友』だ。



 私は親友として、林檎を受け入れる。



 私は覚悟を決めた。私はこれから、親友として、林檎の人生を応援する。林檎の恋を応援する。


 そしていつか、林檎への気持ちが落ち着いたら、私は他の誰かを、好きになる。




「ねえ、神木くん。神木くんのご両親はどうしていない? 死因を知ってる?」



 ん? なんか話題がころころ変わるな。



 私の気持ちの振り方に戸惑う。林檎は急かすことなく、はっきりと喋る。私の困惑を感じ取り、私のペースで進めてくれる。



 考えろ。理解しろ。私は天才なんだ。


 林檎の言葉。どれも繋がっているとしたら?



 推理すいりしてみよう。林檎の気持ちに寄りってみよう。




「え? いやー、じーちゃんが、私の親は、海にかえった。って言ってた。私は父と母の記憶がないんだ。名前は『神木海かみきかい』と『神木真魚かみきまな』。もしかして、林檎の恩人って、私の両親だったり?」


「そう。カイ。神木くんの腕時計、カイのだ。カイに貰った写真で、カイがしていた。マナはたまにしか会わなかったけど、凄く優しかった。


 僕は歩けるようになったら、簡単な暗殺術を教え込まれた。二歳から簡単な暗殺をしていた。カイと出逢ったのは四歳の頃。『マリオネット』だった僕に、様々なことを教えてくれた。人の痛みを知ること。僕にある感情。普通の人としての生き方。殺さずに戦うすべ


 カイに協力をしてもらって、僕は家族からの呪縛から解放され、マリオネットを卒業した。カイから、林檎は可愛いからアイドルになって、可愛い笑顔でみんなを幸せにしたらいいよって、言われた。だから、八歳の時にアイドルになった。カイと別れたのは、その頃だ」




 ちょいたんま! 待ってくれ! ワケワカメ!


 ぅぃ…………、理解不能だ。難解過ぎる。


 じ、じょー! 立つんだ! ジョー!!!


 情報量が多過ぎだ。



 目が回る! 激しく頭が痛い! 頑張れ、私!



「家族からの呪縛から解放されたなら、もう暗殺家業をしなくて、いいんじゃないのか?」


「ううん。家族の中でひとりだけ、僕に本当の意味で、愛を持って接してくれた人がいる。それは僕の育ての母だ。母は人ではないけど、血の繋がらない僕を育ててくれた。その母は、僕に家業を継いでほしいと願った。僕は魔界の捨て子。僕は魔界と人間界を繋ぐ、架け橋になるために、暗殺を続ける」


「父と母は、今はどこにいると思う?」


「カイとマナは、海界うなさかで生きるって言ってた。いつか来る、『セカイの渾沌こんとん』に備えるため、だって。神木くんは、海界の捨て子?


 カイは子供がいるって言ってた。それは恐らく、神木くんだと思うけど。他に子供がいる可能性もある。神木くんって、外見が、カイとマナと似てない。カイとマナの子供は、他にいる? 神木くん、何か知ってる?」


「すまん。何も知らない。海は、何か、林檎にたくしたのか? 例えば、『俺の息子を頼む。助けてやってくれ』的な。それで林檎は、私に近付いた。私は、海じゃない。海の子供じゃないかもしれない。林檎、期待させて、すまん」


「違う。僕は僕のために、神木くんに近付いた。カイは、『困ったら、俺の子供を頼れ。きっと力になってくれる。俺の育ての親に預けた。俺の親も子供も、最高にイカしてるぜ』って言ってたから。


 僕は、僕の直感を信じる。僕は僕を信じる。だから、神木くんがカイとマナの子供だ。もし、神木くんがカイとマナの子供じゃなかったとしても、僕は神木くんが好き。僕は神木くんのお嫁さんになる。神木くんとなら、カイとマナのような、温かくて優しいつがいになれる」


「プロポーズされてる? ふっ……、そんなわけないか。林檎さん、そんなこと言って、海が今、目の前に現れたら、海を選ぶだろう? 私は『かい』じゃない。私は『空海そみ』だ。林檎は、私に『海』を重ねているだけだ」




 もう疲れた。


 林檎さんに、フルボッコにされた。


 今回身体は無事だが。メンタルがジェットコースターだ。


 恋は〜ジェットコースター〜



 ららららら〜




 燃えたよ…

 真っ白に…燃え尽きた……

 真っ白な灰に……




 私の脳内でゴングが鳴り響く。



「カイは好き。でも、カイへの好きとは違う。神木くん、僕の初恋を否定しないで。僕はやっと、希望を見つけた。だから、神木くんにすがりたい。僕は君と一緒にいたい。神木くんにとって、僕は迷惑?」



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