第8話



 木曜日の三時過ぎ。六限目の授業の最中だ。今日は夕方から大雨だった。今も空が泣いていた。七月だが梅雨のじめじめ感がたっぷりとある。私の心境に酷似こくじしている。


 梅雨や大雨の日は大変なのだ。気圧の関係で私の切り揃えた短い黒髪がうねるのだ。自慢のサラサラヘアーにするまで、スプレーとストレートアイロンを駆使くしする。


 昨日は林檎が我が家の門を破壊したので大変だった。私は寝不足なのだ。だから今朝の新聞配達は、小さなアフロヘアーのままでする羽目はめになった。


 そうだ! 私は昨日、寝不足だったのだ!


 まあ、だからといって翌朝学校で、林檎に怒鳴るのは間違っていたが。



 林檎はあれから私の忠告ちゅうこくを聞かずに、教室で私に何度も話かけてきた。無論、私はスルーした。


 今日はこれから林檎にストーカーされる心配はない。林檎は体調がすぐれないらしく、午前中に早退をした。


 林檎がいない教室。昨日は林檎のせいで、私は一日中焦   あせりまくっていた。林檎がいない教室では誰も私を気にめない。



「安心で快適だ」



 独り言。誰も聞いてない。私は『透明人間』だ。


 頭の中で林檎が笑う。耳に『神木くん』と呼ぶ声が聞こえた。私は思わず横を見た。……それは幻聴だった。



 私は林檎がそばにいなくて、寂しいと感じた。



「林檎も寂しいだろうか」



 仕方ない。林檎のお見舞みまいに行ってやるか!

 い、いち、一応、一応な、私は林檎の友人だからな!



 はて? 林檎の家はどこだ?


 どうやって調べるか。

 その一、林檎に聞く。その二、教師に聞く。どちらが危険か考えろ。


 うん。林檎さんに素直に連絡をしよう。


 林檎の都合もあるからな。突然行っても迷惑かもしれん。よし、スマホの中に林檎の連絡先が……あるが、いやわざわざメールする必要はないよな?

 明日は学校で林檎に会えるしな!



 はははは!


 明日になれば、林檎に会えるよな……?



「林檎、元気か?」



 私はまた独りごちた。私は重い足取りで下駄箱げたばこに行く。ガラス戸の外は大雨だ。私はスマホを出してまたしまう。それを何度も繰り返す。


 林檎に易々やすやすとメールが出来る間柄あいだがらだろうか?


 そうだ。林檎はとてつもなく可愛いのだ。恋人がいるに違いない。私なんて、お見舞いに行ける立場ではない。


 我慢しよう。いつもしていることだ。学校で誰とも関わらない。独りでいること。



 私はいつも、我慢をしている。


 林檎のことも、また我慢すればいい。

 明日は林檎が私に話しかけないかもしれない。

 そうだ、明日はわからない。



 そうだ、明日は……わからない。



 いいのか? せっかくできた友人を失っても?

 本当にいいのか?



「私は林檎を失ってもいいのか?」



 視界が滲む。鼻水が出る。胸が締め付けられる。昇降口しょうこうぐちで私は微動だにできなくなる。

 出入り口のガラス戸にうつる自分を睨み付けた。


 私は腕で乱暴に目をこする。ハンカチを出し鼻水を噛む。

 自分の頬を両手で叩く! ばちんっっと軽快けいかいな音と痛みが心に響く!



「今、この瞬間が全てだ!」



 私は職員室へ猛ダッシュする。担任教師に鬼気迫ききせま形相ぎょうそうで、林檎の家の住所を聞く。


 担任教師は冷たい目を向けてきた。無言で林檎の住所をコピーして私へ渡した。

 それに私は、ありがとうございます……と深々と頭を下げる。


 私はうきうきるんるんしながら廊下をスキップして移動する。運悪くすべって転ぶ。どたまを強かにぶつけて廊下を転げ回りながら痛がる! 他の生徒から冷ややかな視線を浴びる。



 だが、しかし! 私は気にしない!


 手の中には『林檎の住所』があるからだ! 超レアマジックアイテムを入手した私は無敵状態だった。単に浮かれ過ぎて周りが見えてないだけだが。


 何か? 何か、問題がありますか?



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