第3話



 そして水曜日の夕方。授業が終わり私が帰ろうとするとハプニングが起こった。



「神木くん! 今日、一緒に帰ろう!」



 まだクラスメイトがたくさん残る教室。林檎という女子生徒が大声で言い放つ。

 林檎は一番前の席で窓際だ。林檎はかばんに教科書を詰めながら慌てている様子だった。


 林檎の席は私の席からもっとも遠い席だったらしい。林檎は周りの友達にバイバイと手を振る。そのまま駆け足で私のそばに来ようとしていた。


 私は大急ぎで教室から飛び出す。全力疾走で校門を抜ける。身体にまとわりつく熱気が鬱陶しい。さんさんと降り注ぐ七月の太陽は暑い。


 中学校から家まで走れば五分弱だ。田舎だから信号機もあまりない。自慢じゃないが、私は走るのが得意で体力にも自信がある。学力テストで学年で十番以内に入れる程にそこそこ頭もいい。


 顔か? 容姿はそこそこ。中性的ちゅうせいてきな顔立ちとよく言われる。切りそろえた前髪。清潔感は大事なので短い黒髪はサラサラにしている。



 毎日生活のために朝夕の新聞配達や畑仕事、家事全般をこなす。筋トレはしてないが生計のために動き回っているので、必然的にたくましい体つきになる。


 限られた時間の中で学校や勉強もあるので、効率良く日々を過ごしている。学校じゃない日は祖父と毎食後に将棋しょうぎをしている。天気のいい時は祖父と山や川に行っている。



「みぃーつけたぁ♡」



 私が自分の家の敷地に入ろうとした際に、横合いから聞こえた声。私はネジの緩んだブリキの玩具おもちゃのような、ぎぎぎぎ……という遅い動作で声の主を見た。

 そこには仁王立ちをしている花村林檎の姿があった。


 恐ああああ!!!


 林檎って実は亡霊ぼうれいなのか!? いや、瞬間移動ができる魔法使いかもしれん! うわさの魔法少女か!?



「やだぁ♡ 神木くん、顔が真っ青だよ♡」



 やばいやばい。こいつは関わっちゃいけない人種だ。危険を察知さっちした私の頭の中でアラートが盛大に鳴り響く。


 がっちりと林檎という悪魔と目が合ってしまった。林檎がメデューサじゃなくて良かった。

 いや本当は蛇女へびおんなかもしれない。私がこのまま無事な確率はどれくらいある?


 いかんいかん。現実逃避する前に現実の今、早急に逃げなくては。



 うん、無かったことにしよう。私は何も聞いてない。何も見てない。私は簡素な造りの我が家の門をくぐる。


 ばきばきめきめき……と物騒ぶっそうな音が聞こえた。そう、私の背後から殺気をびんびんと感じる。私の後にあるのは我が家の木造りの門。


 まさか、林檎という怪物に破壊されたのか!?


 私は滝のような汗を流しながら自分の家の玄関を目指し走った。真っ直ぐ前だけを見て逃げたはずだった。


 私の左肩の腕に落雷が落ちた! 私の左肩の腕の骨がピキッと悲鳴を上げた!



「神木く〜ん♡ さすがにぃ〜♡ 怒っちゃうぞぉ〜♡」


「い、だだだだだだぁあああ」


「やだぁ♡ そんな大袈裟おおげさに、痛がらないでよぉ♡」


「いやあああ! 骨! 骨折れてるううう!!!」


「大丈夫だお♡ 綺麗に折ったから、すぐに完治するお♡ 安心するお♡」


「やめて下さいいいいい!!!」


「じゃああ♡ もぉお♡ 逃げないかなあ?♡」


「逃げませんんん! ごめんなさいいいい!!!」



 恐あああああああああああ!!!


 林檎は掴んでいた私の腕を投げるように離した。私はそのまま転がるように地面に突っ伏す。そこでまた左肩の腕に激痛が走り、ぎゃんんんと泣き喚く。


 泣きながら魔王の林檎を見上げた。私は硬い地面に倒れ込んだままで、現状を把握しようと必死に考えた。


 解放された私の左腕は、脱臼骨折だっきゅうこっせつをしているっぽい。左腕がだらりと落ちるので右腕で支えている。尋常じゃない痛みを味わった。生死を彷徨さまよった気分だ。



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