・碧希 拓海SIDE
ライフがゼロになり、薄れて散りゆく頼慈から、俺は装備品を受け取る。顔を上げた時には、彼女のプレイヤーキャラクターは情報の粒子となって、SWOWの世界に散っていた。
身動きが取れない『戦車』と、梟と俺の視線が絡まり合う。
《……たっ、くん?》
目と目があっただけなのに、俺のだと認識できる幼馴染に、俺は内心称賛した。口にしないのは、理由がある。
《でも、たっくん、過剰強化体質者、じゃ?》
梟の言葉に、俺は小さく頷く。そう、それは嘘じゃない。逆に小さく頷くのも相当厳しい。喋るなんてもってのほかだ。何故なら俺は、今この瞬間にも、吐きそうで仕方がないのだから。
SWOWは過剰強化体質者の俺から見て、二種類のプレイスタイルが存在する。
一つはXRを存分に使った、プレイヤーキャラクターを操作するもの。これは今では一般的で、逆にプレイヤーキャラクターを利用しないでプレイしている人はほぼいないだろう。
そして残りのもう一つは、SWOWの初期に実装されたゲーム形態だ。つまり、手ぶらでプレイ出来るサバイバルゲーム。自分自身をベースにプレイするものだ。
そして俺は、後者の方法ですら三分もプレイする事が出来ない。だから俺は、REDGを、SWOWをプレイする事を、プレイヤーとしての自分を、諦めたのだ。
しかし、逆に言えば。
三分間は、SWOWをプレイすることが出来るという事だ。だが、これにはわかりやすい制約がある。自分自身をベースにするという事は、つまりログインする場所に直接、俺が居なければならないという事だ。
だから、走った。
梟と別れてから、本八幡駅に止めてあった自転車に乗り、頼慈から動画を見、電話で状況を聞きながら、俺はひたすらにSWOWの、仮想空間にいる梟の位置を追い続けていたのだ。当然、移動中は電話で話す事は出来ない。千葉県から江戸川区を横断するのは、忙しいなんてものではなかった。息が上がり、頼慈たちとの電話も、ほぼ喋る事が出来ないぐらいだ。それに、最後の決着は、どこで、どのような形で頼慈と梟が向き合うかは、俺も最後までわからなかった。
でも、最後まで梟を追い続ければ、頼慈たちの協力を得られるのであれば、最後に勝てる可能性があった。
だから試した。
そこに可能性があるなら、試すのがゲーマーだ。
そして試したその結果が、今、俺の目の前にある。
俺は頼慈から受け取ったハンドガンを、梟に、剥き出しとなった頭部に向ける。昔取った杵柄だろうか? FPSが得意だったからか、その動作は違和感なく出来た。最弱の装備品であっても、頭部破壊なら一瞬でライフをゼロにできる。
過剰強化体質者の俺でも梟を、『戦車』を、江戸川区の特別区管理者であっても、プレイヤーキャラクターになら、頭部破壊なら一撃で勝つことが出来るのだ。
俺の動きを見ただけで、梟は全てを察したのだろう。全てを受け入れる地母神の様な微笑みで、それを見つめている。
《後は――》
任せろ、と、最後ぐらいはそう言いたかった。しかし、せり上がって来る不快感に、言葉がもう出てこない。でも、それでも、こんな俺の状況すら理解してくれているのか、梟が優しく笑う。
《うん。任せたよ、たっくん》
そして、引き金を引いた。弾丸が梟の眼球を貫き、頭部から抜ける。瞬間、特別区管理者を討伐した、陣地取り領域のクリアを祝うメッセージとファンファーレが、俺のREDから聞こえ――
その前に俺は、涙で自分の眼球からコンタクトレンズ型のREDを地面に落とし、更にその上へ盛大に嘔吐した。
胃酸塗れの口でえずきながら、俺の耳には現実世界の音が、葛西臨海水族園のシーウィンドの音声が聞こえてくる。いや、正確には戻って来たのだ。
シーウィンドは、水族館のレストランだ。それなのにも関わらず、突然走りこんできた男子高校生が、虚空に向けて銃を引くパントマイムをし始めたのは、他の人にとっては余程奇異に映り、そして気になっていたのだろう。俺が現実世界に視界を戻した時には、既に遠巻きに人だかりが出来ていた。そしてそんな異質な存在である俺であっても、吐瀉物を口から噴水の様に吹き出せば、流石に心配してもらえるらしい。
いや、おかしい存在だと逆にマークされていたからなのかもしれない。吐いた異物から病気が感染しないか気にして、直ぐにスタッフと警備員が飛んできた。口から嗚咽と胃液塗れの半固形物を撒き散らす俺を、警備員が取り押さえる。涙と眩暈で見えなくなる世界で、俺は自らの不甲斐なさを呪った。
結局、SWOWにログインしてから、三分も持たなかった。過剰強化体質者である俺がした事は、頼慈と、そして他のプレイヤーが必死になって梟に挑んだ結果を、横から掠め取るような、誰かの手柄を強奪する行為だ。俺は梟を騙し、頼慈たちを犠牲にし、その上で盗人の様に振る舞う事でしか、勝利を得る事が出来ないのだ。
こんなの、最低最悪で、その上最凶のやり方だ。
俺が普通にSWOWをプレイ出来ていたのなら、過剰強化体質者でなかったのなら、こんな方法絶対に取りはしないだろう。こんなに陰湿で、醜悪で、穢い方法は、決して取りはしなかったろう。
出来る事なら、他のプレイヤーや、梟と正々堂々とゲームの腕で競いたかった。
こんなに不甲斐なく、情けない俺の性質と体質を棚に上げ、上手くいったとしても、これから先、どの面下げて頼慈と梟に会えばいいのかわからない。俺の高校生活は絶望的で、失望的で、絶念的で、それに加えて銷魂的なものになるだろう。
卑怯な上にゲロ塗れにならないと勝てない俺を、俺が捨て石にした頼慈は、俺が欺いた梟は、もう受け入れてくれないかもしれない。
それでも、今の俺には、こうしたやり方しか出来ないのだ。
そして実際、俺たちはここまで来た。来てしまったのだ。
もう、賽は投げられている。
今頃JR三鷹駅辺りにいるであろう梟へ、用意してあったメールの文面を、頼慈が送っているはずだ。
そして今日は四月の第三土曜日で、仕込みももう済んでいる。
後は俺が、やるだけだ。
不甲斐ない俺が上手くやれば、全部全部、上手くいく。
頼慈の想いも。
梟の想いも。
諦めないお前らの想いを。
出来ない俺が、叶えてやる。
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