・頼慈 令恵SIDE
空高く舞い上がるその姿は、懸命にもがく、歪な天使の様にも見える。天には決して受け入れられないとわかっているのに、懸命にもがく様なその姿は、ある種哀愁を感じさせる存在だ。だが、いつまでも自身を受け入れない、天の理不尽さに怒り狂った様な暴力を、地上のプレイヤーにぶつけられてはたまらない。
梟ちゃんは、『戦車』は、もう戦車と呼ぶには相応しくない姿となっていた。恐らく、上空から一方的に攻撃できるような状況では、そしてログイン出来るプレイヤーももはやそこまで残っていないという判断からか、四つの巨大なレーザーソードと、四つの魁偉な砲門だけに装備品を変更していた。そして、その判断は正しい。先程振るった西瑞江みのり公園の攻撃が決定的で、江戸川区を根城にしていた強豪チームは、もう殆ど残っていない。元々そういうプレイヤーたちは、江戸川橋梁の時から参加しており、既に梟ちゃんに沈められている。
JR平井駅や、都営新宿線の篠崎駅、一之江駅、船堀駅付近のSWOWカフェからログインしてきたプレイヤーも、殆ど薙ぎ払われていた。西葛西駅や葛西臨海公園駅付近のプレイヤーも、東京水辺ライン葛西臨海公園水上バスからやって来たプレイヤーも全て、フラッグを守る楯に蹂躙された後だ。
とはいえ、ネットで聞きつけたのか、地下鉄やJRに乗って、江戸川区にログインしてくるプレイヤーも確かにいた。だが、それは空から見え居る梟ちゃんからは都合のいい的にしか見えていないようで、ログインした瞬間に撃たれるか斬られるという、今からログインするプレイヤーにとって毒ガスの部屋に自分から飛び込んでいくような、もう自殺願望者しかログインしないのでは? と思湧獲る状況が出来上がっていた。ネット上では、もう『戦車』には敵わないと、諦めムードすら漂っている。SNSでも、葛西臨海水族園、そのフラッグに舞い降りた『戦車』の画像が拡散されていた。
そうしたそれら殆どの情報を、現実世界からネットやSNSで『戦車』に見つからないよう、身動きせずに私は集め回っている。
《これ、もうヤバ過ぎなんじゃないのかなぁ?》
既に死亡したAnna_0083が、電話でそうつぶやく。
《確かに、陣地取り領域が始まってから、史上最多じゃありませんの? 死亡したプレイヤー数》
埼玉から戻って来て、ログインした瞬間に瞬殺されたNorind+0617が、苦々しくそうつぶやいた。
《Noquez999は、まだ残ってますのよね?》
《……まぁ、Anna_0083のおかげでね》
ばつが悪そうに、Noquez999がそう口にする。Norind+0617は、わざとらしく溜息を付いた。
《あー、嫌ですわ嫌ですわぁ。なんだかラブい波動で、夏どころかゴールデンウイーク前なのに、わたくし蒸し暑くなってきましたの》
《……どういう意味よ!》
《リーダーの事じゃないのぉ?》
《私っ! 何で?》
突然こちらに飛び火した話題に、私は思わず隠れた場所から顔を出しそうになる。
《ダメダメ、リーダー! ここまで頑張ったんだから、ここで倒れるのはまずいってっ! シャレにならないからっ!》
《そ、そうね。ごめんなさい、Noquez999……》
Noquez999になだめられ、私は落ち着きを取り戻す。
《でも、本当にすごいわね。リーダーの連れてきた彼》
《ここまで作戦、ピンズドだからねぇ》
Anna_0083がそう言った瞬間、『戦車』からの砲撃が放たれたのか、また振動を感じる。その様子をネットで観戦していたのか、Anna_0083が感想を漏らした。
《うっわぁ、えっぐぅ。でも、ここまではある意味、作戦通りだからねぇ》
《そうですわね。でも、だからこそ最後の最後にしくじったら、許しませんわよ。もし失敗したらわたくし、彼の事、一生恨みますわ》
Norind+0617の言葉に、私は自然とこう返していた。
《大丈夫。絶対成功するわ》
《……》
《……》
《……》
《な、何よ? 何で黙るのよっ!》
《ラブい》
《ラブいねぇ》
《ラブいですわぁ》
《も、もう! 何なのよ! 何で皆、こんなに緊張感ないのよっ!》
私は自分の信じる仲間に、辟易する。しかしそんな彼らは、私の反応を笑って受け止めた。
《だって、リーダーだからね》
《リーダーだもんねぇ》
《リーダーですものねぇ》
《ねぇ、皆わかってる? 後、十分よ? 後十分で、全部決まっちゃうのよ?》
梟ちゃんがログインして、後十分で一時間が経とうとしている。それはつまり、特別区管理者がSWOWにログインする必要がある時間を満たした事を意味していた。
つまり、後十分で梟ちゃんは、ログアウト出来るのだ。だから十分経てば、梟ちゃんの勝ち。十分後にログアウトされたら、もう次は、彼女に江戸川橋梁上でログインさせる事なんて、出来なくなるだろう。
だから、後十分なのだ。
泣いても笑っても、梟ちゃんを、『戦車』を、江戸川の特別区管理者を倒し、私たちの想いを遂げる、最後のチャンス、最後の十分なのだ。
後十分で、全てが決まる。
それなのに、私のメンバーときたら、こんなに緊張感がないなんて――
《ねぇ、本当にわかってるの?》
《わかってるよ》
《わかってるぅ、わかってるぅ》
《当然、わかってますわ!》
《全然信じれないんだけれどっ!》
そういう私に、私の信じるメンバーは、なんてことない様に、当然の様に、こう答えた。
《だから、わかってるって》
《そうそう。わたしたちが信じるリーダーの、信じた人なんだからさぁ》
《リーダーの信じる彼をわたくしたちが信じるのは、当然の事ですわ》
そう言われては、もう私が言える事なんて、何もない。それ以前に、彼らの言葉を信じなかった私が、自分自身が恥ずかしい。そしてそんな私の心中を、私の信頼するメンバーはちゃんとわかってくれていた。
《ほらほら、そんな考えている暇ないでしょ。もう時間だよ、リーダー》
《恥じ入るぐらいだったら、結果で示してねぇ》
《ファイトですわ、リーダー!》
ああ、本当に。
私の家族は、最高だ。
《じゃあ、行くわよ、Noquez999!》
答えは聞くまでもなく、私とNoquez999は、同時に東京湾から顔を出す。
碧希くんの作戦通り、私は『戦車』が江戸川から出てくるのと入れ替わりに江戸川に入水。狙撃用の装備品ではなく、水中を泳ぐためボンベなどの潜水に適した装備品に切り替えていたのだ。そしてそのまま川を下り、待機していたNoquez999とAnna_0083に合流。そのまま旧江戸川を泳ぎ、東京湾まで流れ出て、江戸川区の東なぎさで、待機していたのだ。過去の動画から、『戦車』が水の中に入ったプレイヤーを攻撃しない事から、碧希くんは『戦車』が水中のプレイヤーを認識できないと予想し、それが的中。流石に『戦車』との対戦状況は全てネット経由では把握できないため、何度かNoquez999とAnna_0083には視察に行ってもらっていたのだが、Anna_0083が倒されてからは、ネットでの情報収集をメインに切り替えていた。ここまでは碧希くんのサポートは受けられないので、私たちで出来る所まで対応している。
流石に梟ちゃんも、海の中からプレイヤーが出現する事を予想していなかったのか、一瞬反応が遅れた。でも、その一瞬が、私たちには必要で、そして十分な時間だった。その時には既に私たちは破壊された、水上バスの待合所で装備品を切り替え、準備を完了させている。
梟ちゃんの想いも知っている。でも、私にも大切な家族がいて、大事な家がある。いや、あったのだ。もうそれが、元には戻らないと、私は知っている。自分の今やっている事は、完全な自己満足だってわかっている。でも、それでも離れてしまった人にも、こんな私のためにもまだ傍にいてくれる人のためにも、そして何より、碧希くんのためにも負けられない。
だってきっと本来なら、私と梟ちゃんは、互いの素性はどうあれ、私が『戦車』を倒すか、梟ちゃんの目が見えなくなるか、どちらかの想いを遂げるまで戦ったはずだ。戦い続ける事になったはずだ。そこに私が、碧希くんを巻き込んだのだ。私の我儘で、彼の家にまで入り込んだ。そして過剰強化体質者である事まで、暴き立ててしまった。
きっと、碧希くんは話したくなかったはずだ。だって去年、彼は私の勧誘をただただ断っていたのだから。SWOWに参加して欲しいという私の我儘を、過剰強化体質者である事を言わず、ただただ断った。SWOWを、REDGをプレイできない過剰強化体質者である事をすぐに言えるような人だったら、彼は私にその事を素直に伝えていたはずだ。そしてそれで私も引き下がった。それで終わり。終わったはずの話で、終わったはずの、関係だった。
でも、彼はそうしなかった。
それは偏に、碧希くんが言いたくなかったからだ。過剰強化体質者である事を、知られたくなかったからだ。
でも、それを私が暴き立てた。暴き立ててしまった。
それなのに、私の我儘で巻き込んで、私の我儘で知られたくない事まで明かされたのに、彼は私の、ううん、梟ちゃんの想いすら守ろうとしてくれている。私たちの我儘を叶えようとしてくれる碧希くんのためにも、私たちは負けられない。負ける事なんて、許されるわけがない。
だから私は、そんな彼が作ってくれた装備品を、Noquez999と一緒に、ある方向に向ける。以前チャットルームで、冗談半分で話していた、一直線にしか攻撃できない、でも『戦車』の翼を撃ち落とせる、そんな装備品を、渾身の武器を向ける。
その装備品、巨大な蛇がオリーブの実を咥えた様な形のその名前は、『ミネルウァ』。
私たちは『ミネルウァ』を、梟ちゃんではなく、その下のフラッグに向けている。
そして私は叫んだ。
《何も諦めてないくせに、一番大事なものを、諦めるなぁぁぁあああっ!》
極大の光の槍が大気を食らい、フラッグに向かって突き進む。眩い奔流はしかし、フラッグを撃ち抜く前に、別の壁にぶち当たった。
『戦車』だ。
梟ちゃんが、自分のプレイヤーキャラクターを使い、私たちの攻撃を防いだのだ。彼女がそうした行動に出た理由は、いたって単純。つまり、『ミネルウァ』の攻撃を防ぐには、一番防御力の高い自分自身を使う必要があったという、ただそれだけの理由だ。しかしその理由も、『戦車』自体で防がなければフラッグが取られてたら梟ちゃんが負けるという事、その上で『ミネルウァ』の攻撃が一直線でしか飛ばない事を考えれば、私たちには非常に重要な理由となり、そして私たちがフラッグを狙った必然的な理由となる。
《落ちてよぉぉぉおおおっ!》
光り輝く流星の如きそれは、永遠とも思える時間をかけてフラッグに、そしてその間にいる『戦車』を貫かんと邁進する。しかし、永久と思えた時間も、実際には数秒だったようだ。やがてその光芒は薄れていき、後にはそれに焼かれた天使が落ちてくる。『戦車』から剥がれ落ちた剣や砲門、そして楯の役割を果たす翼が、隕石の如く落下。超質量の墜落に、竜巻の如き爆風が吹き荒れ、飛び散った『戦車』の装備品が散弾銃の様に飛来して、更に地面に着弾するのと同時にその身が引火し、大爆発が巻き起こる。その衝撃で私は右腕と左足を、そしてNoquez999は両腕が切断。しかしそれほどの負傷も奇跡的に軽傷と言えるレベルで、東京湾は一瞬干上がった様に水位をなくし、東京湾に流れる旧江戸川と荒川も、川下から上流へ逆流する程の、凶悪で破壊的な暴風が荒れ狂っていた。『戦車』の落下した爆心地に近い所に居たが故に、丁度私たちは爆砕の衝戟が中和された所に居たのだろう。
しかし奇跡的であれ何であれ、それでも私たちは生き残っている。Noquez999に抱えられ、立ち上る土煙を手で避けながら、私たちは『戦車』が墜落した爆心地に足を向けた。
《……やったの?》
そう言い切る前に、衝撃。見ればNoquez999の体が頭部と左肩以外消滅。ライフがゼロになっている。Noquez999の体がそのような残り方になっていた理由は、私を攻撃から助けるためだ。誰からの攻撃なのかは、ログアウトして消えていくNoquez999に言われなくてもわかっている。
『戦車』だ。
『ミネルウァ』からの攻撃で、その体はぼぼ全損。左足は拉げ、右足は熔解。右腕は蒸発し、胸部は鋳熔して、頭部が丸見えになったプレイヤーキャラクター本体と、その水蒸気を上げる左腕を溶接している。しかし、その左腕は更に溶けて砲門と繋がっていた。それは根本以外存在していない、粗悪なショットガンの様だが、しかし、レーザーを撃ち出すだけなら用を成したようだ。
その結果はNoquez999と、そして私の下半身消滅という形で表現されている。
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