第五章
・早乙女 梟SIDE
装備品の装甲は一部剥がれ落ち、決して無傷というわけではなかった。今までの様に、ダメージを受けないという状況でもなくなった。身に纏った砲門も、今までの様に過剰殺戮を出し続けれないかもしれない。
それでも、私は渡り切った。私は戦える。まだ、私の、Poliucos_132-134の優位は変わらない。
川の中から抜け出す方法は、装備品を変更するという方法を、当初は考えていた。潜水ボンベを背負い、水中を泳げば、多少のダメージを受けても、その場から移動出来る。頭部破壊の危険性はあるものの、逆にそこだけ気にしていれば、まだ反撃のチャンスはあった。
でも、その方法は取らなかった。なりふり構わず、前に進む方法を選んだ。桜さんも、納得できるように振る舞えと言ってくれた。それに何より、あのたっくんがなりふり構っていないのだ。
だったら、何で私が遠慮しないといけないんだろう? 確かに、私の状況は最悪だ。このままでは両目が潰れ、しかもそれでも、この後幸せの森の子供たちに犠牲が出るかもしれない。そんな最低の状況だけど、私はそれを選んだのだ。助けて欲しいし、誰かに代わってもらえるなら、代わって欲しい。それでも今は、私がそう選んだのだ。どうせ最悪で最低なら、最凶の存在としてたっくんたちと戦いたい。行きつく先が破滅なら、破滅の仕方ぐらい、自分で選びたかった。
だから選んだ。もう、誰にも遠慮しない。誰も構わない。誰も気にしない。なりふり構わない。たっくんと、令恵ちゃんと、真正面から、胸を張って戦いたい。
だから――
《邪魔、しないでよっ!》
実弾を放ち、ビルを破砕しながらレーザーを撃つ。私が川を渡り切った時よりも、明らかにプレイヤー数が増えている。Poliucos_132-134の装備品が剥がれ、ダメージが通るとわかり、普段江戸川区にログインしてこないプレイヤーも、続々とここにログインして来ているのだ。頭部破壊を避けるため、左側を警戒しつつ、露出した右肩はある程度割り切って捨てる。無理して避けるのではなく、許容できる損傷とそうでないものを判別していく。今私は、篠崎第二小学校辺りまで、進行出来てきた。
フラッグを狙うプレイヤーは、もう殆どいない。今日初めて見せた上空の『アイギス』に有効打が見いだせないのと、どうせ狙うなら五百万円のフラッグより、私を倒して一千万円が欲しいのだ。最も、私はやられるつもりはないし、私が南下してフラッグ、葛西臨海水族園付近まで近づけば『アイギス』と連携して他のプレイヤーを攻撃する事が出来る。そこまで行けば、私の勝ちだ。
《貰った!》
《賞金は俺が頂くぜ!》
声を上げて迫って来たプレイヤーは、囮だ。私は校舎を破壊して、こちらを狙っていた狙撃兵からの射線を消す。
遠距離のプレイヤーは比較的無事な砲門で、中距離のプレイヤーには牽制しつつ近づかせ――
《マジか!》
《嘘だろっ!》
潰れた砲門をポイントを下げてサブマシンガンに変更。攻撃手段がないと迂闊に近距離にやって来たプレイヤーを、新たに手にした装備品でダメージを与える。そしてサブマシンガンを、また潰れた砲門に戻す。元々防御力、そして薬のおかげで相手の動きが手に取るようにわかる。なら、わざと一方的に攻撃できる、と油断させて近づかせた所に、高速で攻撃を叩き込んだ方がいい。被弾も分厚い防御で凌ぐことが出来る。そして瓦礫が崩れ落ち切る前に、私は狙撃兵にレーザーを叩き込んだ。
弱い私は、弱い部分も強さに変える。だが、この戦い方もすぐにネットで共有されたのだろう。徐々にこちらへ強引に近づいてくるプレイヤーの数は減っていき、篠崎公園B地区に差し掛かる頃には、段々と中距離でこちらをうかがうプレイヤー数が増えてきた。『アイギス』から上空の映像が送られてこない以上、私は自分の目を頼るしかない。流石に見えない相手の未来を予測し続ける事は出来なかった。薬を飲んでも、良くなるのは目だけで、超能力者になるわけではない。距離を取って隠れられたら、流石に私の目の利点を活かすのは、難しい。
でも――
《距離は関係ない! 薙ぎ払えばっ!》
遮蔽物の少ない公園なら、逆に私は他のプレイヤーが何処に隠れているのかを気にする必要はない。見えないなら、この目に映るもの全て焼き払えばいいだけだ。私の利点は、自分の目だけでなく、私がPoliucos_132-134(私)である事なのだから。
だからそうした。
フラッグのある、葛西臨海水族園方面への攻撃は薄くし、他は全方位、無差別に破壊の限りを尽くす。レーザーが建物を薙ぎ払い、実弾がビルを木っ端微塵に吹き飛ばした。砂塵が巻き起こり、炎は竜巻となって木々を焼きながら吹き飛ばす。土砂が津波の様に舞い上がり、風塵は弾丸の様な礫となって隠れたプレイヤーたちを襲う。黒煙が絶叫をかき消し、罵声は更なる悲嘆と瞋恚でかき消された。
見えなかったものが、見えるようになる。散り散りになったプレイヤー、ログアウトする直前に咲く粒子一つ一つが、私の視界に輝いて映った。私の作った地獄絵図。私の作った阿鼻叫喚。それらの全てが愛おしく、美しい。電子一つ一つが、黄金の様に見える。
これが、私の戦いだ。たっくん、見てる? 私、今最高に気持ちがいいの。最高に気分がいいの。だってこれが、今私が見える全てだから。いずれ見えなくなる世界だとしても、この奈落だけは、私のものよ。
《さぁ、皆、落ちましょう?》
何も見えなくなれば、嫌なものは見えなくなる。なら皆、見なければいいんだ。見えなければ、嫌なものは見えなくなるのだから。ああ、どうしてこんな当たり前な事に気が付かなかったんだろう? 素敵な思い出だけ抱えて、好きなものだけ考えて生きていけば、皆幸せに生きられるんじゃないだろうか? ああ、それはきっと素敵な事だ。きっときっと、素敵な事だ。それなのに、どうして皆こんなに必死になって私に向かって来るのだろう? そんなに辛いなら、嫌な思いをするなら、もう目を閉じて、静かに眠ってしまえばいいのに。
私にあれだけ水攻めをしたくせに、自分たちが土に、木材に、コンクリートに、瓦礫の波に呑まれたぐらいで不平不満を言うなんて、それはそれこそ不平等だよ。
《もう、足掻くのはやめて。見苦しい》
一閃。
潰れた砲門をポイントに戻し、そのポイントを掻き集めて、一つの巨大な剣にする。高熱量を持ったレーザーソードは、今まで私の攻撃が薄かった葛西臨海水族園方面を一気に切り裂いた。
光が、全てを包み込む。
《そんな、俺はまだ――》
《Gunn0420っ!》
《Anna_0083、何で私を庇ってっ!》
《心配しなくても、装備品は全てポイントに変換済みだ。後はリーダーを、頼むぜ、Noquez999……》
聞こえる悲鳴を更に切り裂き、私は光の剣を叩き込む。西瑞江みのり公園で振るった剣は、他のプレイヤーたちには想定外だったのか、チームの中核メンバーが倒れたのか、一瞬だけ私に対する攻撃が止んだ。まぁ、それもどうでもいい。静かな世界も素敵だと思ったけれど、音のない暗闇の世界は、きっと味気なくて退屈な気がする。目を閉じても焦熱は感じるし、灼けた匂いは鼻につく。
だったら私は、たっくんがいい。例えその顔がもう見えなくなっても、彼の声を、熱を、香りを、そして、許されるのなら、彼の風味を感じたい。それすら許されない現実なら、それこそ本当に地獄だけれど、まだ可能性があるなら、そしてまだこの瞳を閉じなくていいのなら、この目がまだ光を失わないなら、私は今目の前に広がる猛火を、劫火を、この紅蓮の炎を愛してみせる。
《ならばせめて、ボスはボスらしく振舞おうかしら》
今井児童交通公園に足を踏み入れ、私はついに『アイギス』を自分の元へと招集する。翼にも似た楯は空を切り裂き、Poliucos_132-134(私)に向かって走駆した。風圧で大気が乱れ、乱れ咲く業火も平伏する。
《来なさい、『アイギス』》
それが呼水となり、天より翼が舞い降りた。楯は私の背中を優しく包み、その翼を、羽を伸ばしていく。そして翼は薄くなった私の肩に侵食し、破損個所を修復。単純な肩の装備品というだけでなく、胸当てのような形にもなる。その分『アイギス』の攻撃力と装甲は薄くなったけど、代わりに私は『アイギス』という、楯と翼を手に入れた。
《光栄に思いなさい。今の私の姿を、その目に、網膜に刻み込める事を》
私は翼をはためかせ、宙に浮かぶ。そしてそのまま飛翔して、全ての制約から解き放たれたように空を疾駆した。今見えるこの景色も、あと少ししか見えなくなるんだと思うと、寂しくなる。でも、Poliucos_132-134(私)が飛べるのなら、この距離ならフラッグまでの距離など、あってないようなものだ。すぐに踏破出来る。だからこれで、決まった事が、一つだけあった。
《私の勝ちだよ。たっくん、令恵ちゃん》
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