第二章
・頼慈 令恵SIDE
《駄目! またやられたっ!》
深夜のチャットルームでこの悪態をつくのも、一体何度目になるだろう? 『戦車』は二十四時間以内に一時間以上はログインしているため、ボスの出現周期はある程度予想できる。その出現タイミングを狙って毎回、毎日『戦車』に挑んでいるのだが、その度に連戦連敗を喫していた。もはや数える気にもならない程、私は『戦車』に挑み、そして負け続けている。
《全部の攻撃が過剰殺戮(オーバーキル)なのは、流石にどうしようもないね》
《そのチート級の攻撃力は、『戦車』だけでなく、ほぼ全ての特別区管理者に言えることですわね》
倦怠感すら伴った声が、Noquez999とNorind+0617からこぼれ落ちた。
SWOWは使用している装備品や攻撃される箇所によって、プレイヤーが操作するプレイヤーキャラクターのライフが減り、ゼロになると死亡扱いとなる。
攻撃の中には頭部破壊(ヘッドショット)というものがあり、これはプレイヤーキャラクターの頭部に直接攻撃を行った場合、攻撃を受けたプレイヤーキャラクターのライフが強制的にゼロになるというものだ。頭部破壊はプレイヤーキャラクターにだけ適用されるが、NPCも適用されるものもある。それが、過剰殺戮だ。
その中で過剰殺戮というのはその名の通り、一撃でプレイヤーキャラクターを倒す攻撃の事だ。装備品の強化のさせ方や攻撃した相手の装備品との相性にもよるが、基本的に、攻撃をする側の装備品と、攻撃を受ける側の装備品の強化具合にかなり差があった場合に発生する。
『戦車』の攻撃は、全てのプレイヤーに対して過剰殺戮となる。防御型のプレイスタイルであっても、攻撃を受けた瞬間負けなのだ。どれだけ装備品の防御力を上げても特別区管理者相手に過剰殺戮されるため、特別区管理者に挑むプレイヤーで防御型のプレイスタイルを維持している人は殆どいない。
《あ、またネットでリーダーの事、話題に出てるよぉ》
Anna_0083から送られてきたリンクを確認すると、確かに、私のプレイヤーキャラクター名、Leroux999の名前がSWOWの関連サイトやSNSで話題に上げられていた。
その内容は――
《あはは、果敢に『戦車』を付け狙うストーカーだってさ》
《Leroux999さん、今日も元気に『戦車』に瞬殺される、ってスレッドが立ってますわね》
《リーダーがやられたまとめ動画も上がってるねぇ》
《もうっ! 何なのよ! こっちは真面目に『戦車』を倒そうとしているっていうのにっ!》
メンバーたちの声に、私は憤慨する。陣地取り領域が開始されてから、他の特別区管理者に挑むことをせず、ただひたすら執拗に『戦車』に挑み、私は負け続けていた。そのため『戦車』に挑むプレイヤーの中で、私は悪い意味で有名になっている。SWOWにログインしても、また『戦車』に殺されに行くのか? 何度やっても勝てないんだから自殺しに行くようなものだろ? とからかいの声をかけられる事も増えていた。
でも、私はただ負けに行っているわけではない。本気で『戦車』を倒そうとしているのだ。ただ、その意気込みに結果が伴っていないのが問題なのだけれど。
《この前穴を掘った時の動画も上がってますわね》
《ああ、『戦車』の動きを止めようとしたときのことだっけぇ? いくつか罠も仕掛けたよねぇ》
《結局少し動きを遅くしただけで、最終的に踏み潰されて終わりだったけど。あ、この動画結構再生数伸びてるね》
《最後は確か、リーダーが自分で作った罠にかかって死ぬのでしたわね。見る側からすれば、オチまで完璧なわけですし、人気も出ますわね》
《川に潜ってた時が、一番生存時間が長かったよね》
《『戦車』に吹き飛ばされた時の話ですわね。苦労して泳いだ結果、水辺に上がった瞬間に瞬殺されるという》
《あ、丁度今リーダー死んだよぉ》
《いいのよ! 失敗は成功の母なんだからっ! ほら、『戦車』に勝つにはどうすればいいか、考えるわよ!》
そう言って私は、陣地取り領域のルール確認をし始めた。
《陣地取り領域は、基本的に陣地取りイベントと同じルールなのよね》
《陣地取りから踏襲されるルールは、こんな感じだね》
Noquez999がそう言って、チャットルームにルールを表示する。
自分のチームが防衛する陣地はフラッグが用意されており、それを奪われると陣地が減っていく。フラッグの数はプレイするエリアの大きさによって変動する。
相手チームのフラッグを取得するにはプレイヤーがフラッグを破壊するか、プレイヤーが一定時間フラッグに触れ続ける必要がある。フラッグの耐久力と、どれだけ触れていればいいのかは、エリアとプレイヤー数に応じて変動する。
プレイヤーはSWOWにログインしてから、ログアウトするかイベント終了まで、ひたすら戦い続ける事になる。
《逆に、陣地取り領域で違っているのは、ここだよねぇ》
そう言って、今度はAnna_0083が情報を書き込んだ。
プレイヤーが所属するチームは、プレイヤーが任意に決めることが出来る。ただし、チームリーダーの承認が必要となる。そのためソロプレイも可能である。
他チームのエリアを侵略するのではなく、特別区管理者の陣地を奪えば、そのチームの勝ちとなる。方法は特別区管理者のフラッグを破壊してもいいし、フラッグに触れ続けていてもいい。逆に制限時間内に特別区管理者の陣地を奪えなければ、陣地取り領域にログインした全プレイヤーの負け、死亡扱いとなる。
死亡した場合、自分のチームが所持しているフラッグの位置からプレイを再開出来るコンティニューという概念がなく、死亡した際は一定時間ログインが出来なくなる。
特別区管理者のフラッグを奪えるタイミングは、特別区管理者がログインしている時間帯のみである。
特別区管理者は、前回ログインしてから二十四時間以内に、合計一時間以上ログインし続けている必要がある。それが守れなかった場合、一番長時間ログインしていた他のプレイヤーが特別区管理者のフラッグを奪うことが可能となる。
特別区管理者のフラッグの位置は、固定されている。
特別区管理者は他のチームのフラッグを破壊できない。
《後の差分はポイントがもらえる点になりますけど、これ、もう『戦車』を倒すには本当に中の人をログインさせないぐらいじゃないと、勝てないんじゃないんですの?》
Norind+0617の絶望感に打ちひしがれた声に歯噛みしていると、私のREDが反応を示した。なんだろうと思い確認すると、碧希くんの位置情報が表示されている。連絡先を交換して以来、碧希くんの位置情報が度々私に通知されていた。きっと私の位置情報も、碧希くんのREDに表示されているはずだ。
私はまたか、と思っていると、Noquez999が話しかけてきた。
《どうしたの? リーダー》
《何でもないわ。SWOWに勧誘している男の子の位置情報が送られてきただけだから。どういうわけか、最近多いのよねぇ》
その言葉に、すかさずAnna_0083が反応する。
《お、もう連絡先交換してたんだぁ》
《やりますわね、リーダー》
《だから、そんなんじゃないって言ってるでしょっ!》
私の反応に、チャットルームは一瞬笑いに包まれる。
《それで? 件のその子は、今どの辺りにいるの?》
そう言われて、私は先程表示された内容を口にした。
《江戸川区にいるみたいね。もうすぐ別の場所に移動するみたいだけど》
一瞬、朗らかな気配が漂ったチャットルームは一転、水を打った様な静寂に包まれる。
《……え、マジで?》
《……『戦車』、さっきログアウトしたみたいだよぉ》
《……元PCゲームの上位ランカーが、こんな時間に一体何をしていたのかしら》
メンバーの上げる声に、現実の私の頬は、少しばかり引きつる。
《な、何言ってるのよ、皆! 偶然、こんなの、偶然よっ!》
《でも、タイミングが良すぎるよね》
《江戸川区から出ていったってことは、わざわざそこに移動しなければならない用事があったって事だよねぇ》
《その方の位置情報が送られてくるのは、いつ頃から、どんなタイミングで送られてきますの?》
過去の通知記録を、私はREDに表示。時間だけチャットルームに共有すると――
《……え、マジで?》
《……『戦車』がSWOWにログインした時間帯と、ほぼぴったし重なるねぇ》
《……これはひょっとすると、ひょっとしますわよ、リーダー》
《そんな、まさか……。だ、だって『戦車』のフラッグは、葛西臨海水族園にあるのよ?》
《でも『戦車』、フラッグの位置からいつも少し離れてるじゃない》
《三か月ぐらい前に、位置情報を不正に変更できるSWOWカフェ、摘発されてたよねぇ》
《馬鹿正直にフラッグの近くでログインする必要、ありませんものね》
《いや、でも……》
そう言いながらも、メンバーの言っていることの辻褄もあっている。SWOWはプレイヤーが現実世界にいる位置が、ゲームへの入り口だ。つまり、江戸川区でプレイするには、江戸川区にいる必要がある。位置情報をいじり過ぎると違反行為として摘発されるが、同じエリアであれば、多少は許されるのかもしれない。
そして何より、『戦車』の、その尋常ならざる強さ。装備品がそもそも強力だという話もあるが、三十二の砲門を操作するにも技術が必要だ。プレイ開始時から全プレイヤーを鏖殺仕切るのは、並大抵の腕では出来ない。そんな人、そうそう現れるだろうか?
しかし、『戦車』のプレイヤーが、元PCゲームの上位ランカーであればその問題を解決できる。PCゲームが上手い人は、REDGも上手いからだ。
そしてその条件に該当する碧希くんが、頑なにSWOWに誘う私を拒んでいるという事実。あれはSWOWを拒んでいるのではなく、私とプレイできないから断っているのだとしたら? SWOWのアカウントも既に持っており、チームではなく、ソロでログインしているのだとしたら?
そう、例えば特別区管理者として、『戦車』のアカウントでログインするために、江戸川区に訪れているのだとしたら、どうだろうか?
《……そんな、まさか》
先程と同じ言葉が、一度湧き上がってきた疑念が溢れ出すように、私の口から零れ落ちる。夜が更けていく中、一度生まれた疑惑も更に大きくなり、私は知らず知らずのうちに、小さく唇を噛んでいた。
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