・碧希 拓海SIDE

 小さくくしゃみをした後、俺は軽く鼻をこすった。

 用事があって家を出ようとしていた所だったのだが、部屋の埃が鼻をかすめたのかもしれない。一人暮らしで誰からも注意されないという安心感からか、部屋の掃除をサボりすぎたのだろう。PCゲームで上位ランカーだった時のスポンサーとは今もやり取りは続いているが、もうそこまで身の回りの世話はしてくれない。昔の縁で金はいくらでも貸してやると言ってくれているが、取り立ては必ずされる。利子が取られないだけ良心的だが、もう俺は、自分で出来る事は、自分でしなくてはならない。

 次の休みにでも掃除でもしようと思いながら、俺は暗い家を後にした。マンションの三階からでも、春の夜風の匂いを感じることが出来る。

 REDを起動し、掃除の予定を入れながら、俺の足は江戸川区へと向けた。REDなんてものが出来ても、人の移動はやはり足を使うしかない。夜の街に向かって、俺は自転車を力強く漕ぎ始めた。

 暫く夜風を切りながら走っていると、俺のREDが反応する。位置情報から、連絡先を交換していた梟が江戸川区にいることを検知したのだ。恐らく、学校で話していたバイトにでも出かけているのだろう。自分の位置情報の共有設定がどうなっていたか、REDでざっと確認した。自宅の情報は共有しない設定になっていたので、俺はそこで一旦満足する。

 梟はまだ幸せの森で暮らしているという事だったが、彼女の性格を考えると、自分の小遣いぐらい自分で稼ぐ、いや、幸せの森の資金を自分で稼ぐと言い出しても不思議ではない。夜遅く高校生が出歩くのは如何なものかとも思ったが、俺も人の事を言えないと気づいて、苦笑いお浮かべた。

 夜出歩く事に加えて、俺の用事はあまり褒められたようなものではない。こんな事をしても誰からも喜ばれることはないし、それどころか逆に煩わしいと思われるかもしれない。だが、それでも今の俺には、こんな事ぐらいしか出来ないのだ。

 陰鬱な気分に縛られながらも、俺は月明かりの下、自転車を漕ぎ続けた。

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