・頼慈 令恵SIDE

《それじゃあ、作戦会議を始めましょうか》

 夜。私はREDで構築したチャットルームに集まった人たちに、そう言った。

 チャットルームはREDの標準機能で、任意の人とグループを作り、仮想世界上で会話ができるというものだ。基本的に音声での会話が中心になるけど、文字やファイル等、情報共有も可能となっている。REDを使えば電話でも似たような事は出来るが、チャットルームではSWOWの様に自分の分身を用意できるので、XRを普通に使える人の間では、このチャットルームがよく使われている。

 私はSWOWと同じく、自分自身をロボット化したようなキャラクターを使っている。何を題材にするかは人それぞれだが、SWOWのプレイヤーはロボット化したようなキャラクターを好む人が多い。

 チャットルームは半球状の空間で、背景にはぼんやりとネットで無作為に抽出してきた、SWOWのプレイ動画が流れている。そんな空間には、私を含めて四人のキャラクターが存在していた。

《今日も『戦車(タンク)』の話?》

 そうつぶやいたのは、元ルドウィッグのメンバーの一人。SWOWでのプレイヤーキャラクターの名前は、Noquez999だ。キャラクターはSWOWで使用しているのと同じく、アマゾネスをロボット化したようなキャラクター。スラッとしているけど、ロボットなのにどこかしら筋肉質の様にも見える、不思議なキャラクターだ。

《リーダーが諦めてないなら、わたしたちも付き合うけどさぁ》

《あのボスをどう攻略するのか。わたくしには検討も付きません》

 Noquez999の後に、同じくメンバーのAnna_0083とNorind+0617が反応する。

 Anna_0083のキャラクターは忍者をロボット化したようなキャラクターで、女性らしい長髪を左手で撫でている。

 一方Norind+0617のキャラクターだけ打って変わり、ツインテールの魔法少女を、ごりっごりにデフォルメ化したようなキャラクターだった。

 チャットルームに集まったメンバーは、全員SWOWで使っているキャラクターをここでも使っている。そのメンバーに向かって、私は指を突きつけた。

《だからこそ、私たちは『戦車』に一矢報いるために、こうして集まって対策を練ってるんじゃない!》

 私たちはあの日、SWOW上の江戸川区に現れた特別区管理者、ブルドーザーよりも大きいキャタピラと三十二の砲門を所持し、全高三メートル近いその外見から、SWOWのプレイヤーの間で通称『戦車』と呼ばれている相手に、瞬殺された。その結果ルドウィッグは事実上の解散。メンバーは散り散りとなり、こうして日々顔をあわせるのはこの四人だけになっていた。

 でも、私たちはそんな状況だからこそ『戦車』に挑み、倒すために集まっている。のだが――

《でも、ボスが現れて一ヶ月以上経ってもう四月第一週に入ったけど、二十三体のボスは今だ一体も倒されてないよね》

《江戸川区以外の特別区管理者は、『軍隊(アーミー)』『騎士(ナイト)』『初期値(デフォルト)』『神速(ウィング)』『不夜城(インソムニア)』と、どれも信じられないぐらい強いよねぇ。ボスを倒したアカウントを三千万円で買い取る、何て言っている人たちもいるけど、わたしたちには、全く関係ない話、って感じ》

《そもそも、倒せるのですか? 無理ゲーにも程がありますわ》

 せっかく集まったのにも関わらず、既に敗戦ムード全開の面々に、私は拳を振り上げながら訴えた。

《だから、それじゃ全然話が進まないじゃない! いい? まずはSWOWのシステムからおさらいするわよっ!》

 何処にどんな突破口があるのかわからない以上、自明と思っていた情報も洗い直す必要がある。私は思いつくままに、SWOWの特徴を話し始めた。

《SWOWの特徴と言えば、一部RPG要素が入っているとは言え、サバイバルゲームの様な形態になっている事よね》

《特徴といえば、位置情報を使ったりしている事もじゃないかな?》

 私の言葉に、Noquez999が反応した。

《自分のいる位置情報を元にゲームにログインするから、自分の現実世界、今自分がいる場所がゲームの入口になるんだよね》

《現実世界の上に仮想世界を重ねている(オーバーレイ・ワールド)。SWOWのゲーム名にもなっているねぇ》

《わたくしたちプレイヤーは、SWOWという単一の仮想世界を、全プレイヤーで共有しながら、ゲームをプレイしているわけですわ》

 Norind+0617の言葉に、Noquez999とAnna_0083が言葉を重ねる。

《プレイヤーはログインした場所がSWOW上の現在位置になるから、そこからプレイヤーたちはプレイヤーキャラクターを操作し、プレイを開始するわけだよね。ただし、SWOW上で破壊したものが二十四時間経つと復元するのは、流石は仮想世界って感じだけれど》

《だけど、本当によく出来たREDGだよねぇ。ログインすると、わたしのプレイヤーキャラクターの重さや、地面を踏みしめた感触も、本当に現実で体験しているみたいに感じるからねぇ。》

《重さと言えば、装備品もすごいリアルよね》

 Anna_0083の言葉に、私も頷く。

《SWOWはレベルという概念がないから、プレイヤーキャラクターが身につける装備品の強さが、自分の強さに直結するのよね》

《とは言え、装備品を強化するにもポイントが必要になるからねぇ。そのポイントもゲームで勝たないといけないから、その辺りの世知辛さは、現実のお仕事と変わらないわね》

 私の言葉に、Noquez999が苦笑した。

《ポイントはプレイヤーだけでなく、ノンプレイヤーキャラクター(Non Player Character)、NPCを倒しても手に入るけど、倒した相手に応じて入手出来る額が変わるからね。エリアを気にすることなく自由に動いているNPCもいるけど、プレイヤーはどうしても場所に縛られる。まぁ、基本的には強い相手を倒せば多くのポイントが手に入るっていうのは、現実の世界と同じで、嫌になるわね》

 普段OLをしているらしいNoquez999が現実での辛さを思い出したのか、小さくそうつぶやいた。その話を聞いたAnna_0083が、軽快に笑う。

《お金の所にお金が集まる様に、ポイントがポイントを呼ぶのかなぁ。ポイントは課金して増やすことも出来るけど、逆にポイントを現金に変換も出来るから、ある意味間違ってはいないけどさぁ》

 現実でサラリーマンをしているAnna_0083も、Noquez999の言葉に感じ入るものがあったのだろう。Anna_0083がネカマとしてSWOWをプレイしているのも、現実でのストレスを発散するためだと、以前聞いた覚えがある。

 Anna_0083がなおも、言葉を紡ぐ。

《プレイ中に自分が死亡した場合、装備品を失う(ロスト)する可能性があるっていうのも、現実的だよねぇ。わたし、いつもプレー前に装備品がなくなるリスクを考えながら、プレーに使う装備品選んじゃうものねぇ》

《庶民の皆様は僅かなポイント如きに一喜一憂して、大変ですわね!》

 他の二人とは打って変わり、Norind+0617は高笑いをする。

《強化した装備品を弱体化させてポイントに戻す事も出来ますし、プレイ中に強化することも出来ますわ。当然課金でポイントも増やせますから、プレイ中に負けそうになったら、課金ブーストで押し勝てばいいじゃありませんの》

《……いいね、実家ぐらしは》

《そういう所は、少しフリーターに憧れるわぁ。流石に給料全部突っ込む生き方は、わたしには出来ないけど……》

《い、いいじゃありませんの! それに、実家には少しお金は入れてますわっ!》

《ちょっとちょっと! 話がずれてるわよっ!》

 脱線仕掛けた流れを、私は慌てて修正する。

《SWOW内でポイントを獲得するには当然プレイをする必要があるわけだけど、曜日や時間帯によって運営側がイベントを開いてくれる事もあるわ》

《殲滅戦(バトルロワイヤル)や陣地取り(フラッグファイト)、チーム戦とかだよね。そしてイベントに参加すると、プレイヤーはイベントが終わるまでその区画からは移動できなくなる。もちろん、死んだら大丈夫だけど。後はそれ以外の通常プレイは、ログインした時にソロプレイか、チームを組むか決めて、ただひたすら戦い続けるんだよね》

《でも、実質イベント以外では強豪チームが居座っているだけでぇ、わたしたちみたいな弱小チームは肩身が狭い思いをしていたわけだけどねぇ》

 苦々しくAnna_0083が言った通り、自分が今いる場所でプレイをするSWOWの特性上、プレイヤーは自分の生活圏でプレイする事が多くなる。そのためSWOWの世界では強豪チームが居座り、実質的に自陣として占拠している状態となっていた。

 特に人口が密集している、ここ、東京が酷い。人が集まる所に比例してSWOWのプレイヤー数も多く、負けないように露頭を組むプレイヤーが増加し、新規プレイヤーを狙う新人狩りも横行。東京でSWOWをプレイしようとする人も、一時的に減少した。

 そう、減少、したのだ。それは過去の話であり、今は状況が違ってきている。SWOWの運営側はこの事態を危惧し、東京都区部の全二十三区だけ、常にある特別イベントを発生させることにしたのだ。

 そしてアップデートされたイベント。それが――

《だからって、常時陣地取り領域にしなくってもいいのにね》

《本当ですわ》

 Norind+0617が、Noquez999の言葉に溜息をつく。

 そう、運営側は強制的に二十三区の支配者、特別区管理者を置くことで、SWOWに漂っていた倦怠感を薙ぎ払ったのだ。強豪チームだろうが、SWOWを始めたばかりのソロプレイヤーだろうが、その区画、エリアでログインしたプレイヤーは、強制的にそのエリアの特別区管理者に挑む事になる。

 NPCであれば表示される、体力ゲージを示すライフが特別区管理者には表示されていないため、特別区管理者も私たちと同じプレイヤーが操作しているプレイヤーキャラクターであるのは間違いない。

 つまり、必ず倒せるのだ。

《わたくしたちプレイヤーの勝利条件は、特別区管理者が管理する陣地を奪うか、特別区管理者そのものを倒すかですが――》

《ボスが強すぎるよねぇ》

 Anna_0083が、諦めに近い吐息を漏らす。

《各一区のボスを討伐すると一千万円分のポイントが、陣地を奪取した場合は五百円分のポイントが、条件を満たしたプレイヤーに賞金として与えられる事になっているけど、さっきも話した通り、まだ誰もボスを倒せてないし、陣地も奪えてないよねぇ》

 特別区管理者を倒した場合ポイントを受け取れる条件は、次の二つ。

 特別区管理者に止めを刺した、もしくは特別区管理者から陣地を簒奪したプレイヤー、及びそのプレイヤーが所属しているチームのプレイヤーであること。

 そして、特別区管理者が討伐される、もしくは陣地を奪った際、生き残っていること。

 チームに所属しているプレイヤーが複数生存している場合は、条件を満たしたプレイヤー数で割られたポイントが、各プレイヤーに与えられることになっている。

《それに、デスペナルティも強烈よ。特別区管理者に殺された場合、確実に装備品全損(完全ロスト)だなんて》

 Noquez999が、自嘲気味に笑った。

 Noquez999の言った通り、特別区管理者の攻撃で倒されたプレイヤーキャラクターは、その時身につけていた装備品を全て特別区管理者に没収される。そして没収された装備品は、特別区管理者に止めを刺したプレイヤーへ全て受け継がれる事になっていた。

 ポイントと装備品。それに釣られて、大多数のプレイヤーが特別区管理者へと挑んだ。そして、その結果は既に話している。

 アップデートと共に特別区管理者に挑んだプレイヤーは、全員もれなく全滅。

 敗れたプレイヤーは特別区管理者の絶対的な強さと装備品を奪われたショックで四分の一のプレイヤーが引退。しかし、賞金に釣られた新規のプレイヤーたちが大量に流入してきており、先日SWOWの登録者数は過去最高を記録した。

 他の四分の一のプレイヤーは装備品が奪われ、かと言ってそれでも今までのめり込んできたSWOWから離れることも出来ず、やる気もなく惰性で続けている。たまに出先のエリアでプレイをする、ライト層がこのプレイヤーだ。

 そしてもう残りの二分の一のプレイヤーは、特別区管理者に再び挑むため、陣地取り領域、東京都区部の全二十三区以外の場所に拠点を移してプレーを続けていた。

 そして私は、残り二分の一側のプレイヤーだ。今日集まってくれた他のメンバーは、惰性と本気の間ぐらいのモチベーションで、かつ時間が多少取れるという理由で、私に付き合ってくれている。

《じゃあ、そんなボスの一体であり、江戸川区の特別区管理者である『戦車』を倒すには、どうすればいいと思う?》

《ポイントを攻撃に全振りした装備品を作る、っていうのはどうかなぁ?》

 Anna_0083の言葉に、私は振り向く。

《プレイスタイルを、攻撃型(アタッカー)にするってこと?》

 相手へダメージを与える事に特化した装備品を使っているプレイヤーを、SWOWでは攻撃型と呼んでいる。強力な武器を使用するため、移動速度は多少落ちるが、文字通り相手に攻撃を与えた時、大ダメージを期待できる。

 反対に自分の移動速度を上げるのに特化させたプレイスタイルは、速度型(スピードスター)と呼ばれている。プレイヤーキャラクターを動かす時、プレイヤーも装備品の重さを感じることを考えると、移動速度を求めるため、重厚な装備品を選択することは出来ない。そのため、防御の優先度は下がってくる。

 その防御の優先度を求めたプレイスタイルが、防御型(ディフェンダー)だ。移動速度を殺す代わりに、防御を固めている。装備品はキャラクターの体を構成する、頭部、胸部、右腕、左腕、右足、左足の五つの部位と、武器をあわせた六つの要素で構成されるため、防御を固めつつも一定の攻撃力も同時に求められるということで、今まで主流のプレイスタイルだった。

 他にも装備品を攻撃、防御、速度に均等に割り振った万能型(マルチタレント)や、RPGスタイルを特化させてた特殊型(マジカルタイプ)も、プレイスタイルに存在している。万能型は初心者が自分の適性を見極めるために始めるプレイスタイルで、特殊型はSWOWが昔RPG要素を盛り込んだ時に作られたプレイスタイルだ。サバイバルゲーム主体だったSWOWが当初想定していた銃やナイフという装備品ではなく、RPGの要素、特に魔法に特化しており、ネタ扱いされる事も多い。ライフの回復や相手を異常状態にしたり、炎や水を生み出したり、自身や仲間をパワーアップさせることが出来る。しかし、使える装備品の縛りから、頭部破壊を狙われやすいという特徴があり、ソロには全く向いていなかった。

 こうしたプレイスタイルはSWOWにログインしたプレイヤーキャラクターを見ればほぼ判別できる。私は攻撃型で、バトルライフルの様な、中距離をこなしつつ、破壊力のある近距離戦闘を好んでいる。でも、最近は『戦車』対策として、狙撃の練習も開始したところだ。Noquez999は防御型で、Anna_0083は速度型。そしてNorind+0617は重課金した特殊型で、ついには川を凍らせたり、森を焼き払えるようになったらしい。でも、それをするには二、三時間必要で、しかもSWOWの環境を変化させたところで、二十四時間後にはシステムに修復されてしまう。完全な自己満足で、他のチームに移動したGunn0420やHHege-0602、そして私と同じ攻撃型のSasha_0008から、よく笑われていた。

 寂寥感で、今度は私が言葉に詰まるも、私の元に残ってくれたメンバーは話を続けている。

《『戦車』の装甲を撃ち抜ける装備品を作るのに、一体どれだけのポイントが必要になることやら》

《わたくしたちのポイントをかき集めたとしても、致命傷を与えられるとは到底思えませんわ。他のプレイヤーも、『戦車』にダメージを与えられた様子もありませんし。仮に『戦車』に翼があったのなら、リーダーを除いたわたくしたちのポイントを集めれば、その翼ぐらいならどうにか出来そうですが……》

《わたしたちのポイントじゃ、せいぜい一直線にしか攻撃出来ないものしか出来なさそうだねぇ。翼が生えた『戦車』が相手なら、簡単に躱されちゃうかなぁ》

《もう中の人を見つけて、ログイン出来なくする方が早いかも》

 Noquez999の冗談とも本気とも判断し辛い言葉に、私は思わず苦笑いをした。確かに特別区管理者のプレイヤーを特定してログインさせなければ、特別区管理者の陣地を奪うことが出来る。

 SWOW上で勝てなくても、現実で『戦車』のプレイヤーをログインさせない、という戦法が取れるのであれば、勝てるかもしれない。

 あるいは現実の『戦車』のプレイヤーを見つけ出し、その人となりを知ることが出来れば、『戦車』攻略の糸口が見つかるかもしれない。

《そう言えば、リーダーがご執心の元PCゲーの上位ランカー。その子はまだ協力してくれないのぉ?》

《そうなのよ! 残念ながら、本人にはやる気がないみたいで》

《……ご執心なのは、認めるのぉ?》

《いや、そういうわけじゃないんだけど……》

 Anna_0083に話を向けられ、私は今年同じクラスになったクラスメイトの顔を思い出す。碧希くんの顔が脳裏に浮かんだのと同時に、私にある馬鹿げた考えが浮かぶ。その考えを、Norind+0617が口にした。

《ひょっとしたら、わたくしたちのリーダーの想い人が、案外『戦車』の中の人だったりするのかもしれませんわね》

《……だから、そんなんじゃないんだって!》

 そこから暫く議論を重ねたが、結局『戦車』を倒す手がかりを掴むことは出来なかった。

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