8章

爆発をもろに食らった、研究所エリア、工場エリアの一部は壊滅。住居エリアの大半は爆風で吹き飛び、残りでも火災発生。ここは首都であるため、おそらく国の中枢機能が全てダウンしたと思われる。

その情報をつかんだのは、爆発が収まってから、黒こげの地面が延々と広がり、はるか彼方に、わずかに建物が残っているだけの大地に立ってから気づいたことだった。


周囲の国から状況確認に来た何人もの人が、生きてそうな人を運んでいた。それも、中心部からだいぶ離れた場所だった。


「全く。なんてことやってんだ」

私はそう呟いた。過去最悪の環境破壊だ。まだ体調はかなりいい。おそらく、今後百年以上は、不毛の地となるだろうな。


「何があったんですか?」


どうも近くの村からやってきたらしい研究員がすごい剣幕で聞いてきた。まあ首都が崩壊したんだ。悠久の時を生きてもそうあることではない。


「ここには誰も立ち入らせない方がいい。有害だ」


「なぜですか?」


私は、研究員にここで起きた惨事を説明した。悪魔を殺したあの日、悪魔が使ったエネルギーには及ばないが、それでも都市一つ吹き飛んだ。


あの日、悪魔を殺した場所は、私含む何十人もの魔術師で浄化して、その上千年以上たった今も、人が立ち入ることはできない。

ぎりぎりまで近づいても、かつての師匠と私の家すら、見えない。

あの日・・・


◇◇◇


「お前、ファウスト師匠がどこに行ったか知っているな」


ある日の夜。私は悪魔に初めて面と向かって言った。


悪魔は、ソファーに身を預けていた。顔は見えない。


「ああ。知っているとも。私が消したからな」


悪魔は、鋭い熱を放ちながら燃える暖炉に火をくべた。炎が勢い良く燃え上がる。


それでも、部屋は寒い。ひしひしと、冷たい空気が忍び込んでくる。だが寒い原因はそれだけではないだろう。


「返せ」


私は短く言った。師匠には恩がある。孤児だった私を拾い、師匠ほどではなくとも腕の立つ魔術師にしていただいた。返さないといけない。


「死者を返せと?二千年を超える魔術歴の中で誰一人成功させたことがないのに?」


うすうす気づいていた。師匠はもう死んでいると。ここ数日前、悪魔の召喚に成功した師匠は、家にいる時間が短くなり、とうとういなくなった。


「ならお前を・・・」

殺す。と言おうとしたところで、

「やってみろ」

悪魔が挑発するように言った。俺は魔法をかけたナイフを取り出した。


「@*?>_~\-」


悪魔が呪文を唱える。悪魔の周りに刃が現れた。それらが淡く光りながら俺に向けて飛んでくる。


俺は魔術で強化したナイフを振って弾いた。そのままの流れでナイフを投げつける。


悪魔はあっけなくそれをよけた。


「@:./:@」


俺も呪文を唱える。暖炉の炎が獲物を見つけた虎のように悪魔に襲い掛かる。悪魔が唱えた呪文によって炎がふっと消えた。あたりは闇に包まれる。俺は地面をけるとカーテンをちぎった。月明かりが窓から浄化の光を注がせた。


「ぐっっっっ嗚呼嗚嗚呼嗚呼嗚呼ア嗚唖唖嗚呼嗚嗚呼ああァ」


悪魔が苦しげなうめき声をあげた。悪魔の皮膚が焼けていく。俺は悪魔のにとどめを刺そうとした。ナイフを振り上げた俺を悪魔がにらんだ。禍々しいひとみだった。


「永遠に苦しめー!」


悪魔が何やら呪文を唱えた。この近さで魔術が展開したら・・。俺は差し違える覚悟でナイフを振り下ろしながら、結界を張った。


すさまじい光が飛び散る。光の塊が結界を突き破り、俺の体に降り注ぐ。


だが俺のナイフも、悪魔の体に突き刺さった。俺は意識が遠のくのを感じた。その時、遠くの方に、師匠の影が見えた気がした。悪魔が、


「お前・・契約を破ったな?!」


と、息も絶え絶えに叫んだ。誰に行っているのかわからない。誰かいるのだろうか?

ただ一つ分かるのは、意識が途切れる直前、見慣れたファウスト師匠の結界と、『ワーグナー。伏せろ!』という師匠の声を聞いたことだ。


俺が目を覚ましたとき、周囲は全て真っ黒に焦げていて、遠くの方で鉄骨が歪み、水引細工のようになっていた。歪んだ美しさ。そんな言葉が似合う。


俺は自分の体を見た。何か違和感がある。


「よお・・」


後ろから誰かが俺に呼び掛けた。


「誰だ!」


そう怒鳴って後ろを振り向いた。頭だけの悪魔がいた。何故生きている・・・。


「もう俺は死ぬ。お前は生き残る。だがな、最後に呪いうけてもらうぜ」


「お前は長い時を死なずに生きるが、何の前触れもなく突然命が絶たれる。いつやってくるかわからない死におびえながら、何千年を生きろ」


悪魔はそう言うと、こと切れた。その時だった。俺が『永久の賢人』又は『永久の悪魔』と、呼ばれる存在となったのは。


「なあ師匠。悪魔を殺したのは、間違っていたと思うか?」


「間違っていない。全て」

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