7章

国境は、スルーでは入れる。線が引いてあるだけだ。私たちは特に止められることもなくスルーでここに入った。


この都市は、住居エリアと工場エリアに分かれていて、宿屋や、観光名所などは主に住居エリアに集中している。観光名所とは言っても、科学研究所と、最近作られたばかりの図書館しかない。あと、少しの博物館、美術館がある。


だが、この国は科学技術だけで言ったら最先端だ。研究所や図書館には、魔術学では到底知れない知識が、大量に保管されている。魔術は魔術で複雑な法則があるが、それを言葉で説明することは難しい。


自然の流れを見て、世の理を動かす。それは魔術だ。たいして科学は世の理に沿って、物事を進めていくものだ。世の理からそれることはない。


そのことを弟子に説明すると、


「科学と魔術は似ているんですね」

「その通り。何しろ、もとは同じだからな」

「そうなんですか!」


弟子は非常に驚いたようだった。まあ当然か。そんなこと言われたらふつう驚く。


「錬金術時代や、さらに昔は、科学と魔術が同じものとして研究されていたよ。すべての学問は、元をたどれば同じなんだ」


「へ~」


弟子は、納得したのか、してないのか、わからない声を出した。そんなのも、町の大通りを見た途端に目を見張った。大量の車が行き来している。五階どころか十階建てのビル。ここは住居区域のため、工場はないが、それでも圧巻だった。


突然、弟子が咳をし始めた。私はマスクを弟子に渡す。そして自分も着けた。



何せ大気汚染がひどい。工場地帯ほどではないが濛々と煙が立っている。近くに自然の気配は全くなくなっていた。前まではわずかに雑草などがあったが、今は全くない。


自然のエネルギーがないと、魔術が使えない。この地は、魔術師でも手も足も出ないというわけだ。


私は、適当な宿場に泊まることにした。泊まった宿場にも、やはり自然の気配はなく、木材のようなものがあっても、ほとんど木のペイントがされたステンレスのパイプだ。部屋に着くなりマスクを外したコナーは第一声に


「ここは変な感じがしますね。気分が悪いみたいな」


といった。私もそうだ。魔力が全く流れないところだと、普段自然から無意識に吸収しているエネルギー源がなくなる。


特に魔術師は、吸収量が多いためこういう物の影響を受けやすい。体調が悪くなるなどその典型例だ。


魔術師は、体内に持つ魔力を着火剤にして、自然のエネルギーを動かしている。この着火剤の量が一度に使える魔力量、その質は、使える魔術の質だ。


コナーはまあ一般的な量。私は長年鍛えてきたため、一般人とは比べ物にならない魔力を持っている。その分、こういう時影響を受けやすい。


試しにコナーに説明してみると、

「じゃあ植物持ち歩いた方がいいんじゃないですか?」

と、無邪気に言った。私は苦笑しながら、

「すぐに枯れてしまうよ」

と、返した。なるほど。という顔をしている弟子に、散歩に行こう。と、声をかけた。


私は車が飛び交う街を通って、工場エリアに入った。このあたりは労働者向けの売店と、貧しい労働者用のボロアパートと、さらに貧しい労働者はホームレスになっていた。コナーはだいぶ辛そうな顔をしていた。


確かにこんな路上生活者とか貧困の差を意識させるものが、科学が進んでいない土地にはない。そもそも、いないと困る職人か、たくさんいるけど給料はみんな大体同じ農民しかいないので、たいていみんな平等だ。


そんな工場地帯でも中心には、立派な研究所や、大学がある。そういうとこの人たちは、住居区域から続く地下鉄を通って、辛い現実を見ずに中心にあるエリアに行くらしい。


その中心にある研究所エリアに足を踏み入れた瞬間、体が快調になった。背筋が冷える。


ここには森林がない。しかも、森林の中にいるとき以上の快調だ。それは近くに、尋常じゃない怪物がいることに他ならない。コナーも、


「師匠、なんか元気になってきました」


と言っていたが周囲に木どころか雑草もないのに気づくと、私と同じことに気づいて、体を強張らせた。


何かある。心臓が早鐘を打つ。道を歩く研究員が怪訝そうな顔で私たちの様子を遠くからうかがっている。


変な人と思われるとまずいので、コナーに目で「歩け」というと私も歩き出した。しかし研究所エリアの奥に行けば行くほど、元気になってくる。


今相手がアクションを起こしたら、こっちは魔術で対抗できる。ただ、これだけ強い相手に勝てるかは別問題・・。


「コナー。伏せろ!」


私はそう言いながらコナーを突き飛ばして、二人まとめて覆うように結界を張った。周囲の研究者や学生が私たちの方を見る。その瞬間、研究エリアの中心部で、爆発が起きた。ドーンとドーム状に膨らんだ光は、そのまま一気に外側に放出される。研究者は、一瞬で灰になった。


「何なんですか師匠!?」


コナーが聞いてきた。なかなか立派な探求心だが、今聞いてほしくなかった。だが教師たるもの、質問に答える義務がある。


「おそらく、すさまじい強さの自然エネルギーが爆発したんだ。現時点で最も強い自然エネルギーだ。何かわかるな?」


弟子はうなずいた。このぐらい知ってないと困る。それは。太陽だ。


「地上に太陽が出現した。最悪だ」


私はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る