5章
数日後、私たちは旅に出た。旅は、自分の世界を広げるのに必要なものだ。
弟子を研究所に閉じこもり、腐っていくような魔術師にしたくない。
まあ弟子は、純粋に旅が楽しみなようだった。ただ、やはりたまに考え事をするような顔になった。魔法陣を作りながらも、ぼんやりとしていることがある。
私の『永久の賢人』という肩書で旅するのは難しいので、私たちは『遍歴の魔術師と、弟子』という肩書で旅をする。
出発地点は、魔術と学問の都オルビドだ。私は弟子の組んだ転移魔法陣で、オルビドへ向かった。
学都オルビド。魔術大学二十三校。研究所五十三件。大規模図書館五館、研究機関本部三件という、魔術の最先端がそろった都市だ。私もよく論文をこの研究機関に提出している。
この都市は、どの国にも属さない姿勢を持っており、政治は、研究機関本部三件が、議会を作って運営している。そのため、他国から亡命してきた技術者なども多く、数少ない技術を学ぶこともできる。
「まずどこに行くんですか?」
コナーが聞いてきた。まあ気になるだろう。私お手製の自動人形が四六時中そこらじゅうの研究機関、大学に潜入しているから最新の資料はすぐに手に入るし、本も自動人形に持ちに行かせることができる。並みの図書館なら。
「六番目の図書館さ」
「は?」
そう。この町に、図書館は五館だ。表向きには。実際は六つ目の図書館がある。地下に。
私たちは今、裏道を歩いていた。
いや。裏道ではないかもしれない。建物と建物の隙間にある、入れそうでが入れなさそうな細い空間。その先を進んでいったところに、その図書館はある。
「翁、読むぞ」
私はそう声をかけて、大理石の三階建ての巨大な図書館に入った。
『何だ。お前か』
声が響いた。館長の声だ。まあここには館長しかいない。
「どこからしゃべってるんですか?」
弟子はややおびえた目で私に聞いて来た。確かに姿が見えない存在は危険だ。いつどうやってくるか、分からない。ただ、彼の場合は問題ない。
「彼は図書館そのものだよ」
「それってもしかして・・」
彼が想像した発想。それは
『そう。私は二百年前この図書館と融合した。その時からの常連だよ。君の師匠ワーグナーは』
図書館が、言った。
『この図書館には、人の都合で消されたり、滅ぼされたりした考え方や、本が全て納められている』
第六の図書館。研究機関本部三件が合同で作った、この都市オルビドを管理する三人会ですら存在を知らない。
一部研究者が、秘密裏に使っている。
「ほら見てごらん。テロリストの手記、死刑囚の書いた小説、クーデターの方法、殺人の方法。全て、常識からみると異常だが、誰かが本気で正しいと思ったことが書いてあるよ」
コナーは、その内の一冊を手に取った。その本の作家は独裁者だ。理由もなく自分らの民族が優れていると信じ、少数民族を弾圧し、戦闘で撃ち殺された。
これを非難することは簡単だ。だが、その前に自分らの正しさに理由を見つけないといけない。
なぜ自分が言ってることが正しいのか。それを理解したうえで、殺人や暴力はいけないと言っている人は、ほとんどいない。多分、いない。
黙々と時間が過ぎる。読み終えた彼は顔をあげた。
「この人は、少数民族弾圧が正しいと思っていた。それが正しい理由もないのに」
私たちはその後、ずっと本を読んでいた。ここでしか読めない本が集まるこの図書館はちらほらの研究者がやってくる。皆、優秀な研究者だ。
一般人の格好に変装してくる。この場所がばれたら、全世界の検閲を行う機関が集結してここを一瞬で灰燼にするだろう。そういうレベルのものだ。
外を見ると、いつの間にか夜になっていた。一心不乱に本を読んでいる弟子に
「行くぞ」
と、短く声をかける。その声に気づいたコナーは、うなずくと本を閉じて、本棚に戻した。
「世話になったな」
俺が図書館に挨拶をすると、図書館は
『また来いよー』
と、いつも通りの声で言った。わが弟子は、一つ賢くなった顔をしていた。いいことだ。
本を読むたびに、また人は一つ賢くなる。一人の知識と、正義と、思いを知る。読まなかった時には戻れない。
全てを吸収し、知り、その上で考える。私はそうやって生きてきた。本だけではない、話を聞き、場合によっては命がけでそれを見る。そうやって付けた知識はとても貴重だ。私には、命を懸けるこのができないが。
悠久の月日を生きていてもわからない。いくら知ってもわからない。
「あの時僕は、悪魔を殺してよかったのだろうか?」
「どうしたんですか?師匠」
弟子が怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んできた。私は空を見上げた。きれいな星空が広がっている。
「いや。何でもない」
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