第10話『三人で住むには大変そうです』

「花嫁修業ではなく、です!」

「は? 妹修行……?」


 二葉は言い切ったとでも言いたいような清々しい顔で、目をキラキラと輝かせている。なんて言葉、初めて聞いたんだが。


「私、妹になる為に頑張って、苦手な料理を覚える事にしたんです! それで料理が得意だという神凪さんから、料理を教わってたのですが……」

「……全部黒焦げにしたのか?」

「おぉ……。流石先輩! その通りです!」


 俺の発言に一驚し、ビシッと俺に指を差しながら尊敬の眼差しを向けられる。答えたのが俺じゃなくても、この焦げた匂いで誰だって分かるはずだ。


「それで、俺を追い出して神凪さんと楽しく料理をしてたって事か?」

「えへへ……」

「えへへ……ってなんだよ! 笑って誤魔化すな!」


 別に褒めたわけでもないのに、二葉は頬をピンク色に染め、嬉しそうにもじもじと身体を左右に揺らしている。その隣に居た神凪さんは、唇を噛み締め口を開いた。


「あ、あのっ!」

「ん……?」

「二葉ちゃんは、先輩に笑顔でいてほしくて、それで……」

「神凪さん! それは言わない約束だったでしょ!」


 笑顔でいてほしい?


 その言葉を聞いて俺はハッとなる。確かに今までの俺は、無理して周囲の友達に合わせ、おかしくもない話題で笑ったりしていた時もあった。

 自分からはあまり話題に出すことはなく、友達の話をただ聞くだけ。

 友達の話を聞くだけなら簡単だ。周囲の人に合わせていれば良いだけの話。

 俺から話題を振らなければ、何も恐れる事はない。

 昔のような失敗もしなくて済む。

 だから今までずっと、誰にも相談せずに一人で抱えてきた。幼馴染の二葉にだって言ってない事だ。

 それなのにこいつは……俺が無理して笑ってる事を見抜いたのか?


「先輩? 何一人で難しい顔をしてるんですか?」

「別に何でもない。それよりもお前、材料はどっから持ってきた?」

「それなら安心してください! ちゃんと冷蔵庫に保管されてるものから使いましたから! 賞味期限も調べましたよ?」

「そういう事を言ってるんじゃない!」

「また二人だけの世界に入ってません? 私だって渚先輩の為に料理を作りました。でも安心してください。二葉ちゃんの言ってる事は本当です! 賞味期限が切れてるものは、一つもありませんでした!」

「神凪さんまでそれを言うのかよ!」


 普段から賞味期限に気を付けてる俺には、二人からの心配は必要ない。俺から言わせれば、二人の方が危なっかしくて心配になる。特に神凪さん。

 彼女はしっかり者に見えて、実は結構なドジっ子だ。誰かが側で彼女の事を見ていないと、いつか大きな怪我をしてくるんじゃなかろうか。

 今心配しても仕方無いが、神凪さんのお兄さんが心配になるのも分かる。

 俺も二葉がかなりのドジっ子なら、あのお兄さんのようになっていたのだろうか。

 いや、流石にあそこまではない。いくら妹が心配でも人の家に土足で上がり込むのはない。

 床に飛び散った砂を見つめ、俺の口からはため息が零れた。


「料理の前に、先ずはやるべき事があるだろ?」

「「やるべき事?」」


 二葉と神凪さんは互いに顔を合わせ、俺の言ってる意味が分かってないと言うように、目をぱちくりとさせた。

 そういうとこは、少しだけ似ているのかも知れない。


「その下をよく見てみろ」

「「下?」」


 またもや二人の息が合う。俺が指を差すと二人同時に、自分達の足元に落ちてる砂に気付いた。


「砂じゃないですか! いつもは綺麗な床なのに……。先輩もたまには掃除をサボりたい時ありますよね」

「気付きませんでした……。この砂どうしたんですか?」

「神凪さんのお兄さんが、土足した時の靴についた砂だ」

「私のお兄ちゃんが! す、すみません!」


 神凪さんはペコペコと俺に頭を下げながら謝っているが、本当に謝るべきは神凪さんのお兄さんだ。

 と言っても別に無理に謝ってほしいわけじゃないけど、常識だけは弁えてほしいとは思う。

 それとも、神凪さんのお兄さんもドジだったり?


 兄妹は似るとも言われているし、血の繋がりがあるなら尚更だ。

 俺と二葉は血の繋がりはないが、似ている箇所があると、周囲の大人達から言われてきたもんだ。

 俺が二葉に似ているのか、二葉が俺に似ているのかは分からないが、俺は似ても似つかなくても、二葉は二葉だという事。

 俺でも分かる事といえば、目の形と目の色ぐらいだ。それ以外に似てるとこなんて、探しても自分では分からない。


 それに俺は、二葉のように素直じゃないし、社交的でもない。そして、初めて会った人に自分から話し掛ける事も滅多にない。

 比べたらいけないことぐらい分かってるが、周囲の大人達が俺をそうさせた。


 勉強は俺の方が上だとか、運動なら二葉が上だとか、周囲の人達は俺と二葉をいつも見比べる。

 人は誰かと見比べないといけないのか? あいつは出来るのに、こいつは出来ない。こいつは出来るのに、あいつは出来ない。

 大人だけじゃなく、クラスメイトにも見比べられて……。それでもあいつは笑っていた。


 バカにされても笑えるなんて、普通は無理だ。俺は意外と凹みやすいが、頑張って笑う練習を密かにやったりもした。そして今の俺が出来上がったわけだが……。


 頑張れば笑えるし、周囲の人に合わせていれば何も怖くない。陰口を叩かれなくて済む。

 もうあの頃の俺じゃない。今更遅いかも知れないが、高校デビューをする為に俺はここまで生きてきた。それに、俺の過去を知ってる人は二葉だけで、それ以外は全員俺の事を知らない。


 二葉は誰かに俺の過去を話す事はないだろうから、一番信頼できる。

 神凪さんもここに一緒に住むのなら、俺の過去を知って貰った方が良いのかも知れない。

 だけど、二葉以外の人を簡単には信じれない。神凪さんがどんなに良い人だと思っても、人は簡単に豹変してしまう。だから、様子見だ。


「三人で拭けばすぐに終わる。それと二葉、俺は綺麗好きだ。俺が汚れるのが嫌いなの知ってるだろ?」

「も、もちろん知ってますよ! 先輩は綺麗好きで、几帳面で、潔癖症なところとか!」

「誰が潔癖症だ! 綺麗にするのは当たり前だろ?」

「でも、ホコリが全然ないと私の立場どうなるんですか? 女なのに家事が出来ない子だと、近所の人から思われちゃうじゃないですか!」

「それはない! 俺が普段から掃除してるのを近所の人達は知ってるからな」

「そうなんですか? じゃあ、これから先輩の家に上がる時は土足にします! そしたら、私でも掃除出来ますよね?」

「おいっ。マジでやるなよ? 汚したら今日の餌……晩飯ないと思え!」

「え〜……。今日の先輩はオニです。神凪さん、汚さないようにしないと、今日の晩ご飯はないそうです」

「おいっ! 神凪さんは関係ないだろ!」

「あはは……」


 神凪さんは、俺と二葉のやり取りを黙って見ながら、少し離れていた。

 俺の家を砂まみれにしようと企む二葉を、必死に取り押さえながら神凪さんに助けを求めたが、見て見ぬ振りをされてしまう。

 二葉の暴走を止められるのは、俺以外になかなか居ないようだ。そしてさっき俺は、晩飯をと言いそうになっていたのは、二人には内緒だ。

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