第9話『後輩二人が何かしてるそうです』

「二葉も一緒に住まないか?」

「……え?」

 

 ん? 今俺……二葉に何て言った?


  俺の口から出た言葉は、自分でも予想外だった。本当はもっと別の言い訳を考えていたのだが、二葉が俺に考える時間を与えてくれるわけがない。それに二葉は、俺が嘘を付けない事はお見通しだから、色々と質問をして来るだろう。

 無理な言い訳を考えるよりも、正直に話した方がややこしくならなくて済むかも知れない。


「その……一緒に住まないかと言ったのは、決して変な意味があって言ったわけじゃなくて、男女が二人っきりで住むのはまずいといいますか……まだ未成年……高校生だと色々と問題があるというか……」

「………」


 いやこれ、言い訳じゃね? 


 焦った俺はつい早口になってしまう。結局のところ俺は、言い訳しか思い付かなくて、自分で何を言ってるのか理解しきれていない。

 二葉はジト目で俺の事を見ると、突然ため息を吐いた。


「別に隠さなくても良いですよ」

「……二葉?」


 俺は勝手に、二葉は怒ってると思っていたのだが、怒ってるというよりかは呆れて何も言えないという様子だ。


「先輩は嘘が苦手ですから、言い訳も今思い付いた事ですよね?」

「ぎくりっ!」

「ほら、もう声に出ています」

「流石……俺の事をよく見てる……」

「当たり前じゃないですか! 私は先輩の妹……将来は先輩のになるんですから!」


 二葉は、ふふんと鼻息を鳴らす。一人置いていかれた神凪さんは、俺達のやり取りを大人しく見ているだけ。これじゃあ、俺と二葉が彼女だけを除け者にしているみたいだ。


「神凪さ……」

「神凪さん、今から少し女子トークしない?」

「え? 女子トーク?」

「うん。私、貴方に話したい事があるの」


 俺の言葉を遮り、二葉は神凪さんの近くまで行くと、彼女の手を引いて俺の部屋へと入って行った。

 今度は俺が除け者を味わう番のようだ……。


「あ、先輩は暫くその変でも散歩して来てください」


 俺の部屋から顔を覗かせそう言うと、また顔を引っ込め、部屋のドアを閉め鍵を掛けられてしまった。

 いくら幼馴染だとはいえ、今の二葉が何を考えているかなんて、俺にも分かるわけがない。


「ここ……俺の家なんだけど……」


 ははは……と、もう笑うしかない。

 あの二人を一緒にさせるのは少し心配だが、今の二葉なら多分大丈夫だろう。

 二葉は子供っぽいとこはあるけど、周囲の人を笑顔にしたり、楽しませたり出来る。俺には真似できない才能を彼女は持っていて、時々羨ましく思う。

 俺がもし……、二葉のように素直だったら……。

 またネガティブ思考になりそうな頭を、ぶんぶんと左右に振ると、玄関でスニーカーに履き替え外に出る。

 外の風が昼間よりも少しだけ冷たく感じるのは、急に雨が降り出したからだ。

 さっきまで天気は良かったのだが、梅雨入りしたからか、なかなか止んではくれない。


 この雨の中、外を散歩するとか萎えるんだが……。

 しかも雨のせいで暗くなるのが早く感じる。この雨で散歩する奴なんて居るか? いや、居るわけがないだろう。用事で外に出る人が居ても、だいたい雨の中、外に出たいなんて思う人はごく稀だ。

 俺だってその数少ない中の一人で……。


 そんな事を考えていると、俺の目の前を通った人物が居た。肩まであるふわふわの巻き髪を揺らし、紺色のジャージズボンに、フード付きの黄色いパーカーに身を包み、息を切らしながら走っている人物。

 隣のクラスのゆいさきはるだ。

 俺は一度も話した事はないが、彼女は陸上部に所属していて、足が速いので有名だ。去年の駅伝の時に、足が速いと噂の先輩を余裕で抜かしていた事もあり、彼女の隠れファンが居るとか。

 可愛さで言えば、学年の中だとダントツで一位と言っても過言ではないだろう。確かに外見は凄く可愛いし、男なら見惚れてもおかしくはないぐらいだ。


 まぁ俺も男なんだが、彼女の事を見ても可愛いと思うだけで、別に恋愛対象には入らない。

 それに噂で聞いた話だと、彼女は男が嫌いとの事だ。本当かどうかは知らないが、告白して来た男子を全員奴隷にしてるとか、してないとか……。

 そして一部の男子からはと呼ばれている。俺が苦手なタイプだ。


「雨止んだみたいだな……」


 散歩というよりも、家の屋根で雨宿りをしているだけみたいになってしまったが、最初からこれで良かったじゃないか。


「二葉の奴、後で追い出した理由聞くからな……」


 そろそろ入っても良い頃だと思うんだが、まだか?

 流石に雨の日は少しだけ冷える。


 徐々に暗くなっていく空を見つめていると、スマホの着信音が鳴った。着信の相手は何となく分かっていたが、二葉からだった。


『もしもし? 先輩のスマホで合ってますか?』

「あぁ、合ってる。俺以外に誰が出んだよ」

『そうでしたね! そろそろ散歩から帰って来てください。早くしないと冷め……いえ、何でもありません!』

「はいはい。今から帰る」

『待ってますね!』


 通話はそこで切れ、俺は少ししてから家の中に入る事にした。二葉は俺が散歩に出掛けていると思っているし、すぐに中に入らない方が良いだろう。


 こうしてるとまるで夫婦だな……。


「いやいやっ! 俺は何を考えてるんだ。二葉はそういうんじゃない!」


 自分で自分に言い聞かせ納得をする。それに二葉は俺を恋愛対象には見ていない。俺だって二葉は妹として見てるし、それ以上でもそれ以下でもない。

 それに俺だって好きなタイプぐらいはある。誰にでも優しくて、家庭的で、一生懸命なところ……。

 後……胸が大きい……ってちがぁぁぁう!!

 胸は関係ないだろ!


 さっき俺の目の前を走り抜けていった結崎さんを思い出すと、胸が上下に揺れていて、つい目が胸の方にいっていた。友達の一人が言っていた、隣のクラスで胸の大きい子って結崎さんの事かも知れない。

 そんな事は今はどうでもいい。俺には可愛い後輩の二葉が居るし、彼女が居なくても寂しくはない。


 そして俺は二葉の両親に電話を掛けてみる。両親から溺愛されてる二葉を、あの夫婦が許すとは思わないけど……。


「あ、もしもし、俺です……渚です。……はい、二葉の事なんですが……」




           ◇


「あ、先輩お帰りなさい! なかなか帰って来ないので心配していたとこです! どこまで散歩しに行ってきたのですか?」

「えーっと……。姪浜駅まで?」

「姪浜駅までって……。瞬間移動テレポートでもしたのですか? 家からだと徒歩1時間ぐらいですよ?」

「すまんっ! 本当は雨が降っていたから散歩どころじゃなかったんだ!」


 二葉の前で正座になり、両手をパンっと鳴らし謝った。俺が嘘を付けないのを知ってか、にこっと笑う。

 そして何故か二葉まで、俺の前で正座になり、未だに合わせている俺の両手を軽く握ってきた。


「そんなに必死にならないでください。先輩を家から追い出した私が悪いんですから」

「許してくれるのか?」

「許すもなにも、先輩は悪いことしてないじゃないですか」

「二葉……」

「先輩……」


 俺達は互いの目を見つめ合いながら、手を取り合っている。まるで感動ドラマのワンシーンのようだ。

 そして、二葉の後ろで誰かの影が近付いてきた。


「あの……お取り込み中悪いのですけど、私の事忘れてませんか?」

「「!!?」」

「本当にお二人は仲がよろしいですね。羨ましいです」

「「あはははは……」」


 俺は一瞬我を忘れて、二葉と別世界に居たが、神凪さんのお陰で現実に戻ってきたようだ。


「そういえば二人して何してたんだ? エプロンなんか着けて……」


 俺が二人に聞くと、正座中の二葉が立ち上がると、俺の手を握ってきた。


「料理を教わってたんです!」

「り、料理……?」


という言葉に、俺の顔が引きつった。さっきから漂ってくる微妙に焦げ臭い匂いが、俺の鼻を刺激する。嫌な予感しかしない。

 二葉は俺の目を見据えながら、逸らすことなくこう言った。



「花嫁修業ではなく、です!」

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