第8話『後輩は俺に謝りたいそうです』

 「……という訳みたいなので、高校を卒業するまでの間、此処でお世話になります」


 どういう訳か彼女……神凪さんは俺の家で暫く一緒に住む事になってしまった。というか預けられた? お兄さんは神凪さんが高校を卒業するまでの間は、俺の家に預けるみたいな事を言っていたが……。


「……って、ダメに決まってますよね。なんか勢いで先輩に会いに来ただけですので、私はそろそろ帰りますね」

「え?」


 流石に悪いと思ったのか、神凪さんは自分のスクールバッグを手に持ち、俺の部屋から出ようと足を踏み出したその時――。


 ピンポーン。


 玄関の方からチャイムが鳴る。このチャイムの音が神凪さんの動きを封じ込めた。

 チャイムは一回だけで、少し様子見をしてみたが一向に玄関のドアは開こうとしない。

 お客さんだろうか? 流石に神凪さんのお兄さんが踵を返したわけでもないだろう。

 神凪さんには一度、俺の部屋で待機をしてもらい、俺だけが玄関に向かって歩き出す。

 ごくりと固唾を飲み込むと、ゆっくり玄関のドアを開けた。


「ふ、二葉……!?」


 玄関を開けるとそこには半泣き状態の俺の後輩……二葉が紙袋を手に提げたまま、目の前に立っていた。


「お前……何で……」

「先輩と距離を取るなんて、私には無理でした。なのでこの勝負、私の負けです!」

「は? 負け?」


 意味がわからん。俺はいつこいつと勝負をしたのだろうか。そして突然、負け宣言を言い渡された。


「私……先輩の妹で居たいんです! これからもずっと。だから、先輩から離れるなんて出来ません!」

「二葉……」

「先輩は……もう私の事を妹として見れませんか?」

「え? そんな事は……」


 身長が低い二葉は、頑張って俺に身長を合わせようとしてるのか、つま先を立てながら顔を近付けて来る。そのままキスしてもおかしくない距離だ。どくんどくんと心臓が脈を打ちながら、彼女の事を見つめていると……。


「あれ? もしかして先輩、私が会いに来て嬉しかったりしますか?」

「え? まぁ……一応……」

「もうっ! 素直じゃないですね!」


 急にそんな事を言われ小恥ずかしくなる。これが兄妹の会話と言えるのだろうか。兄妹というよりも、どっちかと言えば恋人の会話みたいだ。


「それより何で学校に来てなかったんだよ。お前の教室を覗いたら、お前のクラスの子から休みって言われたぞ?」

「あー……それはですね……」


 何だ? 急に黙って。

 俺に言えない事でもあるのか? 


「こ、これを読んで欲しくて!」

「は?」


 そう言って二葉から渡されたのは、四葉のクローバーと、黒猫のイラストが載った、可愛らしいデザインの手紙が三枚分だった。


「これは何だ?」

「手紙ですよ! 私ずっと考えていました。勢いで先輩の妹を止めるとか言ってしまった事。その事をずっと後悔していて……。どうしたら先輩に許してもらえるかなとか、どうしたら先輩の妹を続けられるかなとか、ずっと考えていて……。そしたら手紙が一番じゃないかなと思って、書いてみました!」


 彼女は正直言って字がそれ程上手い訳ではない。だけど彼女なりに頑張って書いたのが伝わってくる。所々字が滲んでいるのは、泣きながら書いたのだろう。

 俺から嫌われたのではないだろうか、そう彼女は不安な気持ちのまま、この手紙を三枚分も書いたのだろう。字を書くのが苦手なくせに、俺なんかの為に頑張って書いて……。距離を置くなんて出来る訳がないじゃんか……。

 そして俺は、二葉の頭をぽんぽんと軽く叩き抱きしめる。他の人がこれを見たらイチャついてるように見えるだろうか? だけどこれは妹を宥める兄としてやってる行為だ。別に変な感情を抱いてやってる訳ではない。


「二葉?」

「あ、せ、せせせ先輩の家綺麗ですよね! わ、わわわ私、せ、せせせ先輩の家事を代行出来ないじゃないですか」


 二葉の様子が急におかしくなったぞ? まるで壊れかけのロボットが、ガクガクと震えているかのようだ。

 壁にガンガンと頭をぶつけ、そのまま倒れそうになった身体を慌てて支えた。

 間一髪セーフ!!


「大丈夫か!」

「へ!? だ、大丈夫です! 先輩と話せて嬉しくて感動をして急に頭を打ち付けたくなったので!」


 二葉の意味不明な言い訳を、俺は軽く受け流す。急に顔を赤くしたかと思えば、頭をあちこち打ち付ける彼女はかなり動揺をしているように見えた。

 小学校の時からだったか。二葉が泣いて俺に縋りよって来る度に、良く頭を撫でていたから、それが当たり前のようになっていた。

 あの時はまだ二葉も俺も小学生で、一つしか変わらないのに俺が二葉の面倒を見ていて……。


『お兄ちゃん!』


 二葉からと呼ばれていたっけ。だけど中学に上がると流石にと呼ぶのが恥ずかしくなったのか、気付けばと呼ぶようになっていた。

 まぁ、学校でもと呼ばれるのは少しこそばゆいし、と呼ぶのが学校では当たり前で……。

 だけど一緒に外を歩けばカップルと思う人も居れば、兄妹だと言う人も居た。

 外でティッシュを配っていた、お姉さんに話し掛けられた時も……。


『兄妹仲良いねー』


 と言われ、二葉からは……。


『自慢の兄です!』


 と、ティッシュ配りのお姉さんに俺の自慢話を始めたから、慌ててその場から離れた。

 流石のお姉さんも反応に困ったのだろう。暫く無言で聞いてくれていたが、途中から愛想笑いが絶えなかった。周囲の人からも見られて居た事もあり、二葉の手を引いてその場から逃げたが。二葉は一度話し出すと、マシンガントークになるから誰かが止めない限り、ずっと喋り続けている。

 俺には二葉みたいな会話術がないから、逆に話が続く二葉の事を少し羨ましいなんて思ったりもしている。


 二葉は俺の事を周囲の人達に自慢しているようだが、俺からしたら二葉の方が自慢出来てしまうよ。

 人の悪口は絶対に吐かないし、誰とでも仲良くしようと自分から行動に移そうとする。合コンの時だって、直ぐに馴染んでいたし。俺には真似できない才能だよ。


 だからこそ、神凪さんとも仲良くなってほしいと思った。同学年になる彼女となら話が合いそうだし、休みの日とか一緒に出掛けている二葉を、俺は見てみたいと思う。

 二葉は誰からでも好かれるタイプではあるが、誰かと遊びに出掛けた事は今まで一度もない。

 逆に俺はと呼べてもと呼べる人は居ないし、遊びに行っても友達に合わせてしまっている。

 このままじゃいけない、自分を変えなければ! と思っていても、行動力がない俺からすれば難しい課題となる。小学校や中学の時みたいな同じ失敗を繰り返さない為にも、高校で上手く人間関係を築いていく為にも、先ずは自分を変えないと意味がないんだ。


「いたたた……。先輩、朝起きたら私の頭割れてませんかね?」

「は? 怖いこと言うな。もしお前の頭が割れたとしても、俺が接着剤でくっつけてやるよ!」

「えー……。接着剤は嫌です」


 ぷくーっと子供のように頬を膨らまし、正座をしたまま俺の顔を見上げている。

 そんな彼女の事を俺は、本当に妹のように可愛いと思っている。


「それはそうと、先輩に差し入れです!」


 子供のように拗ねていた二葉は、先程から提げている紙袋の中身をあさると、透明のタッパーを取り出した。タッパーの中身はカボチャの煮付けのようだ。


「もしかして、おばさんか?」

「はい! それで、二人分あるのですが……今から一緒に温めて食べませんか?」


 急に声のトーンを落とし、甘えたような声で俺に問いかけて来た。

 勿論、俺が断る理由なんてものはない。そう、が来てなければ……。


「先輩? 食べないのですか?」

「え? あー……その……だな…‥」


 やばいやばいやばい! どうするどうするどうする!


 折角二葉と元の関係に戻れたというのに、ここで俺が二葉を追い返す行動に出てしまえば、本当の意味で二葉との関係はここて終わりを迎えてしまうだろう。

 だからと言って、別の部屋に居る神凪さんを部屋から追い出す訳にはいかない。

 だとするなら、神凪さんのお兄さんみたいに窓から彼女を出すか?


「あれ? そういえばこの靴って誰のですか?」


 見つかってしまったぁぁぁぁぁ!!


 俺の不注意だ。もっと周りを見るべきだったんだ。

 一番バレやすいのは、見たことのない靴が玄関に置かれている事。そのせいで浮気がバレてしまったと、中学の時にツルんでいた奴が言っていた。

 そして俺は今、そいつと同じ立場に居る! 浮気ではないが、神凪さんの事を話すべきか? 出来れば嘘は付きたくない……。


「渚先輩ー? 誰だったんですか?」


 なかなか部屋に戻って来ない俺を、部屋から顔を覗かせていたのは神凪さんだ。それを見た二葉の表情がみるみる変わっていく。


「先輩……。何であの子が居るんですか?」


 これ以上、誤魔化す事は不可能だろう。しかたない。二葉に分かって貰う他ないだろう。


 ゆっくり呼吸を整え、二葉の目を真っ直ぐに見つめ言葉を放つ。


「二葉も一緒に住まないか?」

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