第7話『彼女の兄はシスコンだそうです』

「迎えに来たぞ」


 突然開かれた扉の前には、見知らぬ男性が立ち、俺達の事を見ていた。

 強盗? いやそれにしては格好が普通だし、ナイフを突き出すような動きも見えない。それに今この人、「迎えに来た」って言ってなかったか?

 だが俺にはこんな知り合いは居ないし、居たとしても昔から付き合いのある近所の人達だけ。まるで時間の流れが止まったかのように、お互いにじっと見つめ合ったまま動かない。そして、俺は先にこの沈黙を破る。


「す、すみませんが……出て行って貰えませんか? け、警察呼びますよ?」

「あぁ?」

「ひっ!」


 怖い……。怖いけど、女の子である神凪さんを危険な目に遭わせたくはない。スマホは机の上に置いていて、今は扱う訳にもいかないだろう。

 それにこの部屋の窓は一つだけしかない。逃げれる場所と言ったら今この不審者が塞いでる、部屋のドアか窓ぐらいだ。

 神凪さんは急に黙り込んだまま、何も言葉を発しなくなったが、男としてここは俺がしっかり彼女の事を守ってあげなくてはならない。


「ざ、財産目当てなら此処にはありません……。両親は海外出張で居ないし、この家には俺だけです。なので、警察を呼ばれたくないのでしたら、今直ぐ帰ってもらえませんか?」

「……」


 相手は俺の事を凝視し、その場から一歩も動かずにただこちらを睨んでいる。

 刃物を取り出すわけでも、殴りかかって来るわけでもなく、じっと俺の事を睨んでいるだけのようだ。

 それが逆に怖くて、今直ぐこの場から逃げたい気持ちでいっぱいになる。

 口内に溜まった固唾を飲み込み、その相手の男性の次なる行動を脳内で予測してみる。


 俺の行動次第で相手も動いて来るとすれば、考えずに突っ走るのは危険だろう。

 それに此方にはか弱い神凪さんが居る。彼女を危険な目に晒すわけにはいかない。

 先ずは相手の出方を窺う所から始め、相手が少しの隙を見せた瞬間、神凪さんだけでも逃がすか?

 部屋の入口を塞がれていては、二人一緒に逃げると言う選択は、少しばかり厳しいように感じた。

 そして俺は、彼女に耳打ちをする。


「(神凪さん、俺があいつの気を逸らすから、神凪さんはあの窓から逃げてくれ)」

「え……?」


 俺がそう言っても彼女はきょとんとしたまま、行動に移そうとはせず、その場で座ってるだけ。

 もしかして恐怖のせいで腰が抜けて動けなくなってしまったのだろうか? もしそうだとしたなら、この状況はかなりやばい。

 そう思っていると、彼女が口を開いた。


「すみません……先輩」

「大丈夫だ。あの男は俺が何とかする」

「違います! 目の前に立ってる人、わ、私のお兄ちゃんなんです」

「……え? お兄ちゃん……?」

「はい……」


 言われてみれば雰囲気だけで言うなら、神凪さんに少し似ているかも知れない。

 相変わらず俺の事を睨んでいるが、神凪さんのお兄さんが何故俺の家に?


「お前か……俺の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い×100妹を家に連れ込んだのは!」

「え、は……え?」

「誘拐だぞ! ゆ・う・か・い!」


 神凪さんのお兄さんらしい人は、俺に指を差しながらいきなり怒鳴って来た。しかも土足で人の家に踏み込んでいる人が何言ってるんだよ! しかも×100ってどんだけ妹が好きなんだろ、この人。


「GPSが教えてくれたんだ。そしたら此処に辿り着いて、まさかとは思っていたが……」

「いや、誤解です! 妹さんから何か話があるみたいでしたので、家に連れて来たまででして……」

「嘘を付くな! ほら、帰るぞ」

「は、離して!」


 神凪さんのお兄さんは俺の話に聞く耳持たず、彼女の腕を引っ張っていた。嫌がる彼女と、無理矢理連れて帰ろうとする兄。

 もしもあいつが……二葉が誰かの家に居たとして、帰りたくないと言うなら、俺は、あいつが納得するまで話すつもりだ。

 だけどこの人は妹の話を聞こうともしない。神凪さんは話が終わったら帰ると言っていたんだ。

 少しぐらい妹の話を聞いてあげたらどうなんだ?

 気が付いたら俺は、神凪さんのお兄さんの腕を掴んでいた。


「あ"? なんだてめぇ! 部外者は引っ込んでろ! この誘拐犯め!」

「誘拐犯ですか……その呼び方も悪くはない」

「あ"? 何言ってんだ?」

「じゃあ、お兄さんはどうですか? 人の家に勝手に土足で踏み込み、俺を見た途端いきなり誘拐犯扱い。普通に考えたら不法侵入ですよね?」

「妹が誘拐されてるなら不法侵入とか関係あるか! じゃあ何だ? お邪魔しまーすって言えばお前は俺の行動を許してくれんのか?」


 だめだ……この人に話が通じないのか、俺が何を言っても無理な気がしてきた。

 神凪さんのお兄さんと暫く睨み合っていると、神凪さんが両手を広げたまま、俺の前に立った。


「栞……? 何故その男を庇うんだ……?」

「神凪さん?」


 神凪さんの目の色が変わった。さっきまでの彼女とはまるで別人だ。


「帰ってくれない?」

「え……?」

「私、メールしたよね? お兄ちゃんの妹を止めるって」

「何言ってるんだ? 血筋が繋がってる俺とお前は正真正銘、兄妹じゃないか。止めるも何も……」

「うん、兄妹だよ。でもね、例え妹が大事でも人様に迷惑を掛けていい理由にはならないよね? それに、この先輩の学校に明日から転入する事にしたから」

「神凪さん?」

「冗談はよせ。そんな誘拐犯の学校に行くのは、お兄ちゃん反対だぞ!」

「先輩は……渚先輩は誘拐なんてしてないから。しつこいと本当にお兄ちゃんの事、嫌いになるよ?」

「き、嫌い……?」


 神凪さんから言われた一言が傷付いたのか、神凪さんのお兄さんはガーンと今にも効果音が聞こえてきそうなぐらい、ショックを受けたようだ。

 流石に可哀想な気もして来たが、部外者の俺が間に入って良いものだろうか。


「……誘拐犯と言うのは、俺の早とちりだったようだ」


 はい? この人切り替え早くないか?


「渚と言ってたな」

「あ、はい!」


 いきなりお兄さんから名前を呼ばれ、背筋をピーンと真っ直ぐ伸ばす。


「暫く妹を預けても良いか?」

「え?」

「何かお前の事気に入ってるみたいだし、今ここで俺が無理に連れて帰ったら余計に栞から嫌われてしまう。これ以上、最愛な妹の栞から嫌われるのは兄としては堪えられない!」


 そういうと俺の両肩をガシッと強く掴んできた。間近で見ると迫力があって余計に怖い! そして、痛い。


「あ……えーっと……。お兄さん、落ち着いてください……」

「すまない……。俺とした事が少し取り乱してしまったようだ」


 本当に少しか? 俺にはこの人がかなり動揺していたように見えるぞ?


「あー、ごほん。良いか? 暫く預けるだけだ。栞が高校を卒業する間までだ! それまで変な気を起こそうとか考えるなよ?」

「え……。あの……?」

「栞、何かあれば俺のスマホに連絡するんだぞ? いや、何かある前が良いな。何かあった後だと遅すぎる! 俺の妹は日本一……いや、世界一……でもなく、宇宙一可愛いからこの男から襲われないか不安だ!」

「もう! お兄ちゃんは心配しすぎ。先輩はそんな事しないから!」


 神凪さん……。さっき俺に胸押し付けてたよね?

 事故とは言え、あれはセーフとか言わないよな?


「それよりもレポートは書いたの?」

「しまったぁぁぁ! 妹の一大事だと思って慌てて駆けつけて来たからか、すっかり書くのを忘れていた……。俺とした事が一生の不覚!」


 神凪さんのお兄さんは、いきなり壁に片手をつくと大げさに項垂れる。そして相変わらず土足なんだが……。


「仕方ない! 兄はこの辺で帰るとしよう。栞、寝る時は部屋は別々だ! 良いな?」


 神凪さんのお兄さんは窓から身を乗り出すと、そのまま俺の部屋から出て行った。そして何故か最後に俺を睨んで……。

 ん? でも待てよ? 暫く預けるって事はつまり――。

 ちらりと彼女の事を横目で見ると、神凪さんは俺を一瞥したかと思いきや、急にもじもじとしだした。

 そして――




「……という訳みたいなので、高校を卒業するまでの間、此処でお世話になります」


 まじかよ……。

――――――――――――――――――――


第8話は、15時に予約投稿していますm(_ _)m

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