第6話『彼女は俺に憧れを抱いてるそうです』

「先輩の妹……家族にしてください!」


 校門前に立ち尽くしている彼女は、ただそこに立っているだけでも美しい容貌をしている。校門前を通り過ぎる男子生徒達が俺と神凪さんを交互に見ては、「どういう関係?」だとか、「彼女さん?」だとか噂をしていて、かなり目立ってるようだ。

 そんな中、彼女だけは周囲の様子など全く気にしてないようで、俺の目を真っ直ぐに見つめたまま返答を待っていた。


「えっと……何で神凪さんが俺の高校に? それにその制服……」

「に、似合いますか?」


 彼女が今着ている制服は他校のではなく、俺が通ってる高校の女子の制服だ。

 丈の短いスカートを揺らし、胸元の赤いリボンが目立っている。


「似合いますか? じゃなくて、何で君が此処に居るんだ? それにその制服どうしたんだよ? 妹?」

「疑問符多いですね……。えっと、詳しい説明は先輩の家でしますから」

「は? 俺の家?」

「はい!」

「はい! って元気良く言われてもいきなりは困るんだが……」

「良いんですか? 此処、校門前ですけど」


 彼女からそう言われ、周囲を見回す。部活に入っていない生徒達が次から次へ、ぞろぞろと出てきていて友達が出て来るのも時間の問題。

 三人のうち二人は部活に入ってるが、一人は俺と同じ帰宅部。昨日は偶然にも部活が無かったらしく、合コンする事が出来た。そして俺は友達の一人東城に、用事があるから先に帰ると言ってあるのだ。


「はぁ……。まぁ、このまま一人で帰ってもあれこれ考えそうだし、少しだけなら良いよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「お礼は俺の家に着いてからで良いから」


 少し強引ではあるが、このまま彼女とこんな所で立ち話するよりかはマシだと、俺は思った。

 それだけじゃない。少しだけ二葉と彼女……神凪さんを重ね合わせてしまったんだ。

 

 学校からの帰り道、俺の横に並んで歩く彼女の事を横目にちらっと見つめる。色々と聞きたい事はあるが、質問攻めは家に着いてからで良いだろう。

 学校から離れてどのくらい経つだろうか。さっきからお互いに何も話さなくなってしまった。緊張してるだけなのか、それとも話すことが無くなったからなのか。そんな事今はどうでも良い。

 俺は神凪さんの言ったあの言葉が気になって仕方がない。


 ――ずっと前から先輩の事が気になっていて……


 あの言葉の意味を俺はまだ理解していない。ずっと前からって事は、俺と神凪さんは一度会った事があるって事だ。彼女の事はまだ良く分からないが、俺をからかってるだけというのも考えられる。

 それに態々俺の高校まで来て、妹になりたいとか頼むか? どう考えたって昨日の今日でこんな事を頼むのは異様だろ。何か裏があるのではないか……彼女に対し疑心暗鬼になっていると、自分の家を通り過ぎそうになりその場でピタリと足を止めた。


「着いたよ」

「此処が先輩の家……立派な家じゃないですか!」

「そうか? 取り敢えず中に入って」


 ガチャと、家の鍵を開け彼女を中へと入らせた。家の中は相変わらず静かで、「ただいま」と言っても返事が返ってくる訳でもない。

 両親が海外に居る間は、俺が家の事をしなければならない。掃除、洗濯、買い物、家賃などなど……。

 一応仕送りはされているが、余ったら自分の小遣いにしている。……と言っても殆ど残らないけど。

 彼女よりも先に家に上がると、彼女は玄関でもじもじとしていて少し遠慮がちだ。


「どうした? 上がらないのか?」

「え、いえ! では、お邪魔しま――」

「あぶなっ!!」


 神凪さんが俺の家に上がろうとした瞬間、段差に躓きそうになる神凪さんを見て慌てて手を伸ばす。

 二人同時に倒れ、神凪さんに怪我はなかったが俺の顔が神凪さんの胸で押しつぶされていた。

 これ普通の男子なら喜ぶだろうな。


「ひゃっ! す、すすす、すみません! 今退きま――」

「ぶっ」

「あ、あの……ご、ごめんなさい!」


 これ業とか? 業と俺に胸を押し付けてるんだろ!

 普通何回も転ぶか? これはこれで悪くはないが……こんな所を二葉に見られなくて良かったかも知れない。


          ◇


 少しすると彼女は落ち着いたのか、冷静さを取り戻す。あんな事があった後だというのに、彼女は俺の部屋を見て嬉しそうだ。


「はい、烏龍茶で良いか?」

「え、お構いなく!急に押し掛けたのは私ですし、少し話したら直ぐに帰るので!」


 神凪さんは慌てて両手を横に振る。まぁ俺も色々と彼女に聞きたい事があったから丁度いい。

 しかし……この子は真面目というか、なんというか……。正座をしているのだけど!?


「もしかして緊張してる?」

「あ……その……。わ、私……男の人の部屋に入るの初めてなんです!」


 そう言うと彼女の顔がみるみるうちに赤く染まり、俺まで顔が熱くなる。この沈黙が、二人の気持ちを高ぶっていくようだ。

 考えてもみろ! 美少女が男の部屋で姿勢良く正座をしているこの光景……。絵にならないか?

 そして変に意識してしまっている。しかし! 俺には小学校の時からずっと一緒だった二葉が居るじゃないか。でもあいつは妹のような後輩だ。

 好きとは程遠いかも知れないが、大切な存在ではある。それにあいつとはまだ喧嘩したままで、このままずっと距離を取り続けるのは気が引けてしょうがない。

 神凪さんは本気で俺の妹になろうとしているのか……それとも俺をからかってるだけなのか……。

 そこをハッキリさせてもらわなければ困る。


「神凪さんは、どうして俺の妹になりたいんだ? それに昔から知ってるような口振り……感じだが、どこかで会った事あったっけ?」


 相手を怖がらせないよう、一つ一つ言葉を選びながら神凪さんに訊いてみた。すると神凪さんは下に俯き口元をきゅっと噛み締めている。そして――


「小学校のサマーキャンプの時だったと思います。男子から虐められていた子が居て、私はそれをずっと見ていました。そしたら男子から脅されて「庇うような真似をしたら次はお前を虐める」と言われたんです。それが怖くなって走って逃げていたら、石に躓いて転んでしまって……」

「サマーキャンプ……」

「怪我を負った私は動けなくて、立つことも出来ませんでした。泣きそうなぐらい痛くて、涙を堪えている時に先輩が駆け付けて来たんです」

「俺が?」

「はい。「大丈夫か!? 立てる?」と言われて手を差し伸べてくれて、お……おぶったりもしてくれました……。私、そんな先輩の事をずっと尊敬していました。私にも先輩みたいなヒーローになれたらなって!」


 神凪さんはそこまで話し終えると、また顔を赤く染めながら下に俯いた。ヒーローか……。

 俺は昔の話を極端に嫌っている。今と昔では明らかに性格も違うし、今の俺の中身を知ったらきっと神凪さんは俺に幻滅するだろう。

 彼女の話を聞く限りでは俺に憧れ、俺みたいな人間になりたい……そういう事なんだろうけど、今の俺を見本にしても意味がない。だって今の俺は――


「神凪さん……。悪いけど今日は――」


 ――バタン。


 俺が最後まで言い終わる前に、玄関の方から家のドアが閉まる音が聞こえた。

 トントンとゆっくり俺達の居る部屋に向かって歩いて来てるようだ。

 両親は海外出張で居ないし、他に考えられるのは……二葉だろう。

 そして、緊張感だけが俺達を襲った。二葉とは喧嘩中だが、寂しがり屋な二葉は我慢が出来なくなったのか、俺に会いに来たのかも知れない。

 だけど、今ここには神凪さんが居る。昨日の合コン帰りみたいになったらどうすれば良い? 神凪さんは二葉から嫌われていると思ってるみたいだが、二葉の本音を聞くしかない。

 ここは男として覚悟を決めようではないか! 扉をじっと見つめながら心の準備体操をする。


 ――ガチャ。


 「迎えに来たぞ」


 二葉かと思ったが、部屋に入ってきたのは、汗を欠いた長身痩躯な男性だった。

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