第5話 『後輩は無視を決め込んだそうです』

「距離を置く……?」

「あぁ……少しの間、離れようって意味だ。お前もそこまでバカじゃないから意味ぐらい分かるだろ?」


 二葉は下に俯くと自分の制服のスカートの裾をぎゅっと両手で握りしめる。小学生の時からずっと一緒だった二葉からしたら、俺から離れるなんて簡単には出来ないだろう。

 だが俺はこいつを甘やかせすぎた。今になって漸くそれに気付けた。周囲の大人達から良く言われたもんだ。二葉に甘い、と……。

 確かにその通りだ。俺は今の今までこいつを怒鳴ったり、注意をしたりなどして来なかった。

 だからこいつは……二葉は俺に甘えて来るようになり、高校生になっても心はあの頃のまま。

 二葉がこうなってしまったのは俺の責任だ。だったら今、この場で俺は心を鬼にし、こいつに分からせるしか方法がない。


「お前さ、妹と言っているが高校生にもなって俺にベタベタしすぎだ」

「……」

「あの……っ! け、喧嘩は……」

「神凪さんはお前の事何も悪く言ってなかったろ? 同い年みたいだし仲良くしたらどうなんだ。それに俺と居るよりも、断然そっちの方が良い」


 俺は嘘は言っていない。本当にそっちの方が二葉には良いと思うし、休みの日まで俺の家に来て時間を無駄にしてほしくはなかった。

 二葉なら誰とでも仲良くなれる。天真爛漫な彼女なら……。俺はただ二葉に――


「……じゃあ良いです」

「は?」

「もう、先輩のじゃなくて良い」

「な、何言ってんだよ……。俺は少し距離を置こうって言っただけで……」

「触んないでください!」

「あ、おい! 二葉っ!!」

「先輩にはその子がお似合いです! その子を新しい妹にしたらどうですか?」

「ふ、二葉ちゃん!」


 二葉の肩に触れようとすると、今まで俺に見せた事もない血相で、手を弾かれてしまった。

 追い掛けようとしたが、あいつは走るのが速くて到底追い付ける訳がない。

 街灯の明かりだけが俺と神凪さんを照らし続ける。

 二葉は暗い夜道をひたすら走って行き、気付いたらもう彼女は暗闇に溶け込んでいて、見えなくなってしまったようだった。


「すみません……私の所為ですよね……」


 二葉がこの場から居なくなると、神凪さんが申し訳無さそうに俺に謝ってきた。


「それは違う! あいつが勝手過ぎるだけで!」

「でも私……あの子から嫌われてるみたいですし」

「あいつは……二葉は普段は素直で優しい奴なんだ。神凪さんにあんな態度を取ったのにも、何か理由があるんだよ!」


 そうだよな……? 小学校の時からあいつを見てきたが、誰かを傷付けるような事を言う奴ではなかった。それがどうして、神凪さんに対してあんな態度を……。


「あ、あの……」

「ん、どうした?」

「此処…‥暗くありませんか?」

「そういえば少し暗いな。怖いのか?」

「……いえ!こ、怖くなんかありませ……」


 わんわんっ!!


「ご、ごごご、ごんなひゃいっ!」

「えっ! な、ななな何! 急にどうした!」


 何事かと思い、視線を暗闇に向けてみるとリールに繋がれた犬が遠くの方で吠えてるだけのようだ。

 神凪さんは俺の胸元に顔を埋めたまま、身体を小刻みに震わせていた。


「もしかして犬が怖いのか?」

「ち、違います。く、暗い所がダメなだけで……」


 暗い所がダメとか、少し二葉に似てる。二葉はホラー話の時だけ、暗闇が嫌いだった。

 それは今でも変わらなくて――。こんな時でも二葉の事が気になるとか、バカだな……俺。


「大丈夫。俺が居るから」

「え……っ! せ、先輩……?」

「あ、いや……! こ、これは……」


 気が付けば俺の手が、神凪さんの頭の上に置かれていた。いつも二葉の頭を撫でていたからか、その癖が出ていたようだ。


「ごめん! いつも二葉にしてあげてたからつい!」


 俺は一体何を言ってるんだ! これじゃあ神凪さんの事まで子供扱いしてるみたいじゃないか!


「……お兄ちゃん」

「え?」

「いえ、何でもありません! それよりも二葉ちゃんと仲直りしてください。二葉ちゃんは先輩の事が本当に好きみたいですし」

「あぁ。あいつに酷い事言ってしまった俺も悪かったしな。後であいつに電話掛けてみるよ」

「はい! それでなんですが……」

「え?」


 神凪さんは俺から離れると、気持ちが落ち着いたのか真面目な顔つきになった。

 そしてスマホを取り出す。


「ふるふるしません?」

「ふるふる?」

「はい! またに会いたいので」

「え……? 今何て……」


 神凪さんはにこっと微笑むと俺にスマホをかざす。友達登録が終わり、彼女は俺の腕にしがみついて離さなかった。暗いとこが苦手な彼女を引き剥がす訳には行かず、このまま彼女を家まで送り届ける事にした。

 そして俺はと言うと――


『お掛けになった電話は電波の届かない場所に居るか、電源が入っていないため掛かりません』


 帰路の途中、早速二葉に電話を掛けてみるも繋がらず、俺はイライラしてスマホを地面に放り投げそうになるが、我慢した。


         ◇


 翌日の朝、結局あれから二葉と会話する事もなければ会うこともなかった。いつもなら早朝から俺を迎えに来るのだが、今日は一度も顔を見ていない。

 どう考えたって俺を避けてるとしか思えない。確かに昨日は少し距離を置こうとは言ったが、別に妹まで止める必要はないと思う。

 俺も少し言い過ぎたとこがあるし、今日にでも謝りたかったのだが……。


『花ちゃんですか?』

『あー、うん。今居るかな?』

『花ちゃんなら今日は来てませんね。風邪でも引いたのでしょうか?』

『そっか……』


 二葉のクラスに顔を出してみたが、あいつは学校には来ていないと言う。今まで元気が取り柄のあいつが、ズル休みをするなんて事はなかったんだが、今日に限って来ていないのはどう考えても不自然だ。

 何度電話を掛けても勝手に留守電に入るし、今頃あいつはどこで何をしてるのだろうか。

 二葉の両親から電話はなかったし、無事に家には帰り着いたとは思うが……。


『先輩にはその子がお似合いです! その子を新しい妹にしたらどうですか?』


 何であんな事を言ったんだ? 意味が分からない。

 確かに俺と二葉は小学校からの付き合いだが、妹として見ているのはアイツだけだ。

 それにあいつから言ったんじゃないか。と。

 その為に勉強を頑張ったんじゃなかったのか? 俺の家族になる為に。

 俺の両親は海外出張で、家には殆ど居ないがその代わりとして二葉が毎日遊びに来てくれていた。

 だから寂しいなんてこれぽっちも思っていない。けど、今考えてみたらあいつが隣に居ないってだけで心にぽっかり穴があいたような感じだ。

 そして放課後になり、俺は一人で自宅に向かって歩いてる時だった。


「あれ? 神凪さん? その制服……」

「先輩を待っていました」

「え……俺を待ってた?」

「はい。どうしても今伝えたい事がありまして……」


 何を言われるんだろうと彼女の次の言葉を待った。

 心臓の脈が段々と早くなるのを感じる。


「ずっと言いたかったのです。私の気持ちを知ってもらいたくて……」


 このシチュエーション、前にも似たような事があった気がする。あれは確か、俺と二葉がまだ中学生の時だ。

 でもあの時は二葉が俺の妹になりたいなんて知らなくて、勝手に告白だと思い込んでいた。

 一人で勘違いをし、彼女の気持ちに応えてあげようとしていた過去の俺。

 恥ずかしくてその記憶を消去したいぐらいだ。

 そして今、目の前の彼女は恥ずかしそうに下に俯いていた。

 おそらくこれは……俺にチャンスが恵んで来たのだろう。ごくりと固唾を飲み込み、目線を彼女に向ける。そして――


「ず、ずっと前から先輩の事が気になっていて……」


 ずっと前? 俺が神凪さんと会ったのは昨日が初めてだった筈。彼女と何処かで会った事あったっけ?

 そんな事を考えていると意を決したのか、彼女が口を開いた。


「……え?」


 彼女の言葉ははっきりと俺の耳に届いた。そして少しも聞き逃しがないように――






――先輩の妹……家族にしてください。


――――――――――――――――――


ここまでお読み頂きありがとうございます(*^▽^*)

そういえばLINEのふるふる機能、いつの間にか消えてたんですよね……。

一、二回だけしか使った事はないですが(笑)

なので、小説の中だけは消えて欲しくないので、ふるふる機能を使えるようにしました(笑)


――続く

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