第4話 『後輩は俺を独占したいそうです』

「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」


 カラオケボックスのパーティルーム――。

 九人の男女が長テーブルを中心に、向かい合わせに座っている。女子五人男子四人の計九人だ。

 この区切りの悪い人数の原因は……彼女にある。


「花咲二葉、一五歳です! 誕生日は二月八日で、血液型はO型……好きな食べ物は甘い物です!」

「二葉ちゃんって、二月八日生まれなんだね! 凄く覚えやすいよ! あ、甘い物ならチョコがあるけど食べる?」

「良いのですか!」

「うん。はい、どうぞ」

「(ぱく)ん〜、甘くてお口の中が天国です……」


 俺よりもこの場に馴染んでるあいつは、他校の女子生徒からチヤホヤされていて、少しだけ腹が立つのは何故だろうか。まるで妹を取られて嫉妬をしてる兄のようだ。


「ほら、栞も自己紹介自己紹介♪」


 丁度俺の向い合せに座っている女子生徒の一人が、さっきから俺の方ばかりを見てるが、目が合ってもすぐに視線を逸らされてしまう。

 俺も人の事を言える立場ではないが、初めて会ったにしては挙動不審すぎる。

 彼女の見た目は、セミロングで艶のある黒髪ストレート。おっとりとした雰囲気に目元は少し垂れ目。

 年下とは思えないぐらい、顔立ちが良く整っていて美人だ。


「えっと……。か、かんなぎしおり……い、一年でしゅ! ……あ、えっと……ご、ごご、ごめんなさい!」


 ガシャーン! ガラガラガラガラ! パリーン!!


 その場に居た全員が、神凪さんのドジっぷりに拍子抜けしていた。他の女子は「あの子ったら……」と、いつもの事なのか呆れているようだ。

 俺は慌てて彼女の側に駆け寄り、話し掛けてみた。


「だ、大丈夫……?」

「! へ、へへへ平気でしゅ!」


 俺が手を差し伸べると、彼女は物凄い速さでずささささーっと、壁際の方に尻餅をついたまま移動をした。もしかして俺って、警戒されているのだろうか。

 ドリンクが入ったコップに……フライドポテトが入っていた皿。神凪さんが席を立ち上がった時に、テーブルの上にあった物が全て床に落ち割れていた。

 幸い彼女に怪我はなかったみたいだが、いくらなんでも緊張しすぎだと思う。


「悪い……俺、何かしちゃったかな?」

「い、いぇ! 先輩は何も悪くありません。わ、私が一人勝手に躓いちゃっただけで……」


 彼女は俺から怒られると思ったのか、肩を小さくガタガタと震わせている。ここまでドジを踏む女子を見たのは彼女が初めてだ。

 二葉でも流石にここまでドジではない。あいつの場合、ドジを踏むと言うよりも……。


「渚せんぱぁい、私の事も構ってくださいよ!」


 今まで名前で呼んでこなかった彼女が、初めて俺の事を名前で呼び、妹な後輩のくせにどきんと心臓が小さく脈を打った。


「今更何言ってんだ。二葉は別に俺無しでも平気だったじゃないか」

「何だ何だ? 風間の奴、嫉妬か?」

「は!?」

「マジかよ! それもそうだよなー。今まで風間は花ちゃんを独り占め出来てたのに、此処合コンに連れてきてしまったせいで、それがもう叶わなくなってしまったもんな」

「おい……俺は別にそういうつもりで言った訳じゃない。こいつは人見知りなんてするタイプじゃないんだ。それに……高校生にもなったのならそろそろ独り立ちをする時だろう」


 東城と烏丸が俺を茶化して来たから、正直にそう答えた。これ以上この二人から茶化されるのはごめんだ。それに、お前等はいつから二葉の事をというあだ名で呼んでんだよ。


「あの……割れた皿やコップは私が弁償しますので、先輩方は気にしないでください!」

「いやいや! 神凪さんを驚かしてしまった俺の責任でもあるし、弁償なら俺にもさせてくれ」

「いぇいぇ! 先輩にご迷惑は掛けられません。ですので、ここは私が支払います!」

「待て待て待て! カラオケボックスの皿は一枚1,000円もする高級品だと聞いている。何枚もコップや皿を割ったんだ。一人だと相当な額になるぞ?」

「ですが……勝手にテーブルに躓いて食器を落としたのは私ですし……」


 神凪さんは未だに尻餅をついたまま、俺の顔を見ようとはせず、下に俯いたまま話していた。

 そろそろ慣れてほしいが無理もないだろう。俺だってさっきまで緊張で何も話せなかったし。

 最初に男子からの自己紹介だったのだが、俺以外の三人は神凪さんを除いて中学の時の同級生らしく、自己紹介は必要ないと思ったのか、いきなりドリンクを乾杯した。

 俺はと言うと、場の雰囲気に乗せられ自己紹介をするタイミングがなかった。

 二葉は自分から自己紹介を始めていたが、俺にはあいつのように自分から自己紹介をするなんて無理だ。

 誰かが言い出さない限り、俺は自分から行動に移すなんて出来やしない。

 その面あいつのあの行動力、少し見習わなきゃなと思った。


「神凪さんに怪我が無くて良かったよ。散らばった破片は触ったら怪我するから、後の事は店の人に任せるとして、取り敢えず席に座らない?」

「……ありがとうございます」


 ? 今の間は何だろうか。特に深い意味はないだろうし、彼女が少し落ち着いたのなら俺は先ず一安心するべきだろう。


           ◇


 時刻は午後8時を回っている。翌日も学校がある俺達は2時間で解散をし、今は俺と二葉……神凪さんの三人で帰っている途中だ。

 空はすっかり晴れていて、満天な星空がきらきらと輝いている。


「すみません……家、反対方向なのに」

「気にしないでくれ。こんな遅くに女子を一人で帰らせるのは危険だからな」


 あの後俺達は解散をしたのだが、それぞれ女子一人を送っていく事になった。二葉に関しては俺の付き添いという事もあり、一緒に帰るのは確定済み。

 それに二葉と俺の家は意外と近い。


「ありがとうございます。……今日は何もかも助けて頂いて……」

「気にするな。それに今日はラッキーだったよな。割れた皿やコップの弁償をせずに済んだし」

「はい。お店の方、凄く親切でしたね」

「まぁ、それが仕事だからな」

「でも本当に良かったのでしょうか? 高級な皿を割ってしまったのに、弁償せずに帰ってしまって……」

「そんなに気になるなら、バイトしてみたらどうだ?」

「え! む、無理です! 先輩も見たから知ってますよね? 私がどんだけドジをやらかすか……」

「あー……確かに」

「何笑ってんですか! 私は真面目なんですよ!」

「悪い悪い。あそこまでドジを踏む女子は初めてで」

「その発言はバカにしてますね! 次会った時、覚えててください!」

「そのうちな」


 俺達が楽しそうに会話していたのが気に食わないのか、二葉が間に割り込み俺の腕を掴んできた。

 そして少し睨んでいるのは、気のせいか?


「えっと……花ちゃんでしたっけ?」

「同い年だから敬語はいらない。後、花ちゃんって呼ばないで」

「……じゃあ二葉ちゃん、先輩とはどういう関係? 何か二人を見てると本当の兄妹に思えて……」


「何でそれを貴方に教えなきゃいけないの? 私と渚先輩の関係なんて周りが知れた事。そんなに気になるなら私達の事を調べてみたら良いんじゃない?」


「おい……二葉」


「大体、貴方何様なの? パーティールームに居た時から気に食わなかった。今日初めての顔合わせだと言うのに、ずっと渚先輩の顔ばかり見ていたよね?」


「そ、それは……」

「良い? 渚先輩はね私の――」


「いい加減にしろ!!」

「「!!?」」


 今まで内に秘めていた感情が、一気に外に溢れ出てきた。二葉の事は本当に可愛い妹だと思っている。

 それは今でも変わらない。小学生の時からずっと一緒に居て、家も近所同士で……。

 だから俺はこいつを……二葉を甘やかせすぎたのかも知れない。


「渚先輩……?」

「ごめん、俺もう無理だわ」


 本当はこんな事言いたくない。だけど、これが二葉の為になるのなら俺は――






「俺達、少し距離を置かないか……?」

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