第3話 『後輩は「妹」と自称したいそうです』
「もっとそっち動かして……」
「無理です……もう我慢の限界です」
「ダメよ。ほら、ここが濡れちゃうでしょ?」
「でも先生……これキツキツです……」
ガラッ。ドゴッ!!
「先輩! 今直ぐそのわいせつ行為は止めてください!」
「がはっ! わ、わいせつとは何の事だ……!」
「だから先生を……あれ?」
「あら花咲さんもこのダンボールを運ぶ手伝いをしてくれるの?」
「ダンボールをですか?」
「そうよ。急に雨が降り出したから、このダンボールの中身が濡れないように、風間君に手伝ってもらってたの」
突然開かれた扉に俺のお尻がぶつかる。ごつっという鈍い音と学校の部品が詰められたダンボールを落とした音はほぼ同時だった。
「なぁんだ……私の早とちりでしたか!」
「おい二葉。お前何と勘違いしてたんだ?」
右拳を自分の頭にこつっと当てながら、てへぺろと可愛くポーズをする二葉。
怒る気になれねぇぇぇ!!
これを世間では兄バカだと言う。
今からおよそ2時間前。一年の教室が分からないと言っていた彼女を教室まで送り届けたのだが、そのせいで授業に遅れてしまいバツとして、重たいダンボールを視聴覚室まで運ぶ手伝いをさせられていた。
俺の担任教師でもある、
男子生徒の半分以上が海根先生に夢中だという。美人で肌白で、胸のサイズはFカップで有名だ。
タプンタプンと揺れてる胸が、俺の目の前に……。
「よいしょっと。結構キツキツね……」
「そういえばキツキツと言うのは? おーい、先輩! ……お兄ちゃん!」
「あ、はい! キツキツ? あー、キツキツだよな。動くのに苦労しそうだ」
「ほぇ? 何の話ですか? それ」
◇
お昼休みが終わる10分前、俺はキツキツに詰められているダンボール箱を眺めていた。海根先生は職員会議という話し合いで、この場にはもう居ない。
「先輩、行かないのですか? 遅れたらまた怒られますよ?」
「あー、ごめん。この部品の中に気になる物を見つけちゃって」
「気になるもの?」
横からひょこっと、ダンボール箱の中身を覗く後輩。そして、ある物を見た瞬間突然絶叫した。
「な、何見てるんですか! やっぱり先輩って変態だったのですね!」
「は!? ちげぇよ! 海根先生の胸が写った生写真が部品の間に挟まっていて、誰が撮ったのか考えてたんだよ!」
「嘘です! 破廉恥です! そんなの写真部の人が撮ったのではないですか? ガン見しちゃって、妹の胸じゃ満足出来ないからって……。確かに私はBしかありませんよ。胸を大きくする方法をいくつか試したのに……」
「待て待て待て! 俺は別に海根先生の胸を見ていた訳じゃない。断じて違う! まぁ確かにさっき海根先生の胸を見ていたが、写真に写った海根先生の胸は少ししか見ていない!」
「胸を連呼しないでください! 私だって頑張れば胸をお、大きく出来ます!」
そう言いながら彼女は、俺の手を無理矢理自分の胸元に持っていく。こんな所を誰かに見られたらまずい状況だ。
そんな風にじゃれ合っていると、突然視聴覚室の扉が開かれた。
「あれ、人居たのですか……」
「「え?」」
「ごめんなさい! すぐ出ていきます!」
ピシャッ!
何かを勘違いされたらしい俺達は、二人揃ってぽかんと口をだらしなく開けた。
「今の見られた……?」
「はい、見られましたね……」
俺と二葉は授業が始まるギリギリまでその場から動けず、この後の授業にも遅れてしまい二人揃って怒られたというのは言うまでもないだろう。
◇
「合コン……?」
「おう! 相手の女子が丁度四人で俺等も四人じゃん? お前にも良い機会だと思ってな」
放課後の空き教室で東城から合コンに誘われた。大事な話だからと言われて来てみたが……。
「でも俺、お前みたいにカッコ良くないし相手の女子を悲しませる事になり兼ねないじゃん?」
「な〜に言ってんのかね? 風間渚君?」
「え、誰!?」
突然友達の一人、
「あ〜あ、また始まったなあいつ」
「始まった?」
「推理ドラマの見過ぎで、探偵に憧れちゃってんの」
「へ、へぇ〜……」
烏丸は虫眼鏡で俺の顔を覗き込む。そして何一人で納得してるかは分からんが、うんうんと唸っていた。
「風間渚君、君には小学校からの付き合いの後輩が一年に居ますね?」
「な、何故それを……」
「ふっふっふー。それは噂で……推理したのだよ」
おいっ! 今のは聞き逃さなかったぞ!
噂で聞いた、とか言いそうになっただろ!
後、変なとこで区切るから噂で推理したって意味に捉えられるぞ!?
「彼女は風間渚君の後輩であり、幼馴染でもあり、妹でもあると聞……推理し、彼女が恋しいと聞……推理した」
どんだけ推理を強調したいんだよ、コイツは!! てか何で勝手に俺が彼女を欲しがってるみたいな設定なんだよ!
「てな訳で、頼むよ! お前が来なかったら、余った女子が可哀想だろ〜?」
「う……」
探偵服に身を包んだまま、俺に泣きながら
会った事もない女子と会話なんて、俺が出来る訳がない。趣味が会えば話は変わって来るかも知れないが……。
こう見えて俺は、二葉以外の女子とまともに会話した事すらないのだ。
「そんなに嫌ならさ、そこに居てくれるだけでも良い。もしそういう雰囲気になったとしても、お前が嫌だと思うなら断る事だって出来る」
必死過ぎる友達の誘いを簡単に断って良いものか。断わったとして、次の日から関係がぎこちなくなる事だってあるかも知れない。
『付き合い悪くね? あいつ』
中学の時、友達からの誘いを断ったら陰口を叩かれた。俺は嘘が嫌いで、はっきり言い過ぎたのが原因なのは承知の上。
俺は合コンが苦手だ。それを正直に友達に話したとして、この後の関係性がぎこちなくなるのはもっと困る。
学校を卒業するまで、後二年もある。その二年間ずっと陰口を叩かれるって言うのは、俺の精神がもたないだろう。
俺は人の悪口が嫌いだ。ちょっとした事でも人をバカにし陰口を叩き、その人の気持ちなんか考えず精神的に追い込む。
それがどんなに苦しい事か、相手には分からないだろうけど。
「わ、分かった。行くだけなら……」
「本当か! 恩に着るぜ」
「俺の制服で鼻水を拭かないでくれ!」
「「あはははは!」」
「なぁ、二人も笑ってないで助けてくれよ!」
◇
「……ってな事があって……」
「一緒に帰れないと?」
「友達が相手の女子グループと約束しちゃったらしいんだよ」
俺は二葉に帰れない事を伝えるため、友達に少し待ってもらった。彼女は少し不機嫌になっているが、ぷくーっと頬を膨らませている。
「楽しみにしていたのに……」
「本当に悪かった! 終わったら何でもしてやるから!」
「……なんでも……」
「あぁ! お前がやりたい事をしてやるって事だよ」
「……く」
「え? ごめん、良く聞き取れなかった」
「私もその合コンに付いて行く」
「は? いや、それはいくらなんでも……」
「お兄ちゃんは、妹の私が可愛くないの?」
「え……?」
これは二葉の特技の一つ、演技だ。まるで本当の妹のように振舞い、周りの人を信じ込ませる事が出来る。そんな都合の良いように、彼女は周囲の人達の心を操る事が出来るのだ。
そして今のこの状況は明らかに俺が……兄が妹を泣かせている場面だ。
此処は一年の廊下で、部活に向かってる人や帰る準備をしている後輩の子が、変な目で俺の事を見ていた。
だから俺は、ここは彼女の演技に付き合う選択しかない。
「俺が……兄ちゃんが悪かった。だから泣かないでくれ」
「お兄ちゃん……」
「合コンでもどこにでも連れて行ってやるよ!」
この選択が正しいとか間違ってるとか、今はどうでも良くて……。
今はただ、二葉の笑った顔が見れればそれだけで俺は良かったんだ――。
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