第2話 『後輩は俺を慰めたいそうです』

 六月中旬……カーテンを開け、窓の外を確認すると空一面怪しい雲に覆われていた。

 梅雨だから仕方ないが早く梅雨明けしてくれないだろうか、などと考えながらカーテンをもう一度閉める。

 朝食を早く済ませ玄関を開けると、ボブヘアーの茶色がかった癖毛が俺の目の前で待機していた。


「先輩、おはようございます!」

「あぁ、おはよう」

「家上がっても良いですか?」

「あぁ」


 俺の返事と同時に、履いていた靴を玄関に脱ぎ捨て、家の中に入っていく一つ年下の後輩。彼女の名前ははなさきふた

 彼女と俺は小学校からの付き合いで、本当の兄妹のように過ごして来た。お互いに一人っ子って事もあり、兄妹が居ない俺達は、毎日のように会っている。

 一年前の三月、俺は彼女から中学の卒業式に一度を受けていた。

 と聞いたら大抵の人は勘違いをするだろう。「好きです!」とか「付き合ってください!」という流れではない。

俺が言うと言うのは……。


「綺麗に片付けてありますね。あ、これ懐かしい! 確か小学校の時に皆で遊びに行った、サマーキャンプですよね?」

「良く覚えてるな……」

「それは当然ですよ! だって私は先輩のなんですから!」


 あの日、俺が勝手に勘違いをしてしまったのが始まりだ。周りに人は居なくて二人っきりという事もあり、俺は彼女からのに少しだけ期待していた。

 それがまさかの……!!

 同じ高校に合格したらにしてやっても良いという意味で答えたのだが、彼女は違った。初めから俺のになるつもりで、告白を決め込んだのだろう。

 それが俺の勘違いで、こいつにまで勘違いをさせてしまい、今に至るという訳だ。 

二葉は嬉しそうに玄関前に置いてある写真立てを見て、小学校の時の話を持ち出す。

 そこに写っていた俺は、川の前で友達と肩を組み、無邪気な笑顔をカメラに向けて笑っていた。は本当に心から楽しんで笑っていたと思う。


 『あいつと居ると疲れるよな』


 グループの中でも、一番仲が良いと思っていた友達から陰口を叩かれ、俺は人を簡単には信じる事が出来なくなった。だけどぼっちが嫌いな俺は周りに合わせる事しか出来ない。

 それに、疲れるのはこっちだって同じ。頑張って皆から嫌われないように、いつだって必死だった。

 周りに話を合わせたりするのだって、簡単な事じゃない。話についていけない時だって普通にあるし、笑顔を取り繕うのだって……。


「先輩? えーっと、昔の話嫌ですよね……」

「大丈夫。ほら、高校でも普通に友達出来たし周りとも上手くいってるから。それに今年からまた二年間はお前が居るからな」

「せんぱぁい……! 大好きです!」

「ま、待て待て待て! む、胸当たってる!」

「何を今更恥ずかしがってるのですか? になったのなら別に恥ずかしがる必要はありません!好きなだけの胸を堪能させてあげます!」

「お前何か勘違いしてるだろ! 妹の胸を見て喜ぶ変態な兄が何処に居るって言うんだ!」

「でも私達、血は繋がってませんよ? それに……男の人を元気づけるには、この方法が一番効果的だと、昔読んだ本に書かれてありました!」

「何の情報だよ! 絶対それR○○だろ!」


 これがどういう意味なのか、こいつは分かって言ってるのか? 犬のようにすりすり甘えてくる辺り、全然分かってないように見える。


「元気になりました? あ、それとも脱いだ方が――」

「待て待て待て! 二葉のお陰で元気になったから、ふ、服は着てくれ!」


 ブラジャーがチラリと見え隠れしていて、後輩に興奮してしまった、とは口が裂けても言える訳がない。


「先輩が元気になってくれたのなら、私は嬉しいです!」

「あはは……」


勃○してしまったを隠しながら、急いでトイレに駆け込む。二葉は可愛く首を傾げ、頭にハテナの文字を浮かべながら不思議そうに俺の背中を眺めていた。

そして俺はトイレの中で、(沈まれ、俺のム○コーーー!) と、心の中で何度も唱えた――。


          ◇


「誰が一番大きいと思う?」

「俺は隣のクラスの女子だな。あれはDカップぐらいあると見た!」

「いーや! 大きいと言えばさ――」


 くだらね。何なんだ、この会話は!

 一年の時同じクラスだった、とうじょうづるから誘われ、今のグループに居るのだが、話についていけず困っている。


「風間は誰が一番大きいと思う?」

「え?」

「やっぱ隣のクラスのあの子だろ!」

「俺は担任の先生だと思うがね。ほら、歩く度にタプンタプンと揺れてないか?」

「おぉ、確かに。風間もそう思うよな!」

「あ……俺は……」


 東城から話を振られ返答に悩む。息が出来ないほど呼吸が苦しくなり、小さく息をヒューヒューと口呼吸をする。これは、過呼吸だ。


「風間?」

「わ、悪い。トイレ」


 俺は席から立ち上がり急いで教室を出て行く。その後も友達三人は話を続けていたが、俺はその場に居づらくなった。

 嘘なんて今までついた事はないが、答えたくない時だけいつもこうやって逃げる。トイレなんて行くつもりじゃなかったが、嘘にしたくない俺は取り敢えずトイレに向かった。

 つまんない話でも友達に合わせていれば全て上手くいく、そんな考えは中学で卒業したつもりだったのだが……。


「やっぱり俺、高校二年になってもダメダメじゃん」

「そんな事はありません!」

「二葉!? お前何で二年の廊下に……」


 誰も居ないのを確認し、ボヤいたつもりだったのだが……俺の後ろには二葉が立っていた。


「先輩は全然ダメダメではありません。一年前、勉強嫌いな私に教えてくれたではないですか! 私がこの学校に入れたのは、先輩が私に……。ううん、が私に勉強を教えてくれたおかげなんですから!」

「二葉……」

「これからも勉強嫌いな私に、色々と教えてください。!」


 泣きたいのは俺の方なのだが、何故か二葉の目から少し涙が溢れ出ていた。小学校の時からずっと一緒だった俺の大切な、たった一人の

 正式にはではないのだが、やっぱりこいつはというよりも――。


「ほら先輩! 高校デビューするなら、こんな姿なんて見せられませんよ!」

「あぁ、そうだな。ありがとう、二葉」

「えへへ!」


 二葉に感謝しつつ俺は、そっと優しく頭を撫でた。

 彼女は凄く喜んでいるみたいだが、こんな姿を誰かに見られたら、誤解されそうだ。……なんて考えていると次の授業開始のチャイムが鳴った。


「なぁ二葉。お前、一年の教室まで間に合うのか?」

「……走ればいけます、(多分!)」


 背の低い後輩はタタタっと、廊下を走っていく。 

 廊下を駆け回る子犬だな、あれは。……なんて思っていると、俺の近くにまた戻って来た。


「先輩! 一年の教室どっちでしたっけ?」

「忘れたのかよ!」

「適当に歩いていたら、二年の廊下に来ていたので」

「全くお前って奴は……。一年の教室はそこの階段を下りて、昇降口前を過ぎたら真っ直ぐ行った所に音楽室がある。そこの突き当りを真っ直ぐに進んで行けば一年の教室だ」

「……はてな?」

「あー、はいはい。方向音痴だったよな、お前」


 俺はこいつの実の兄ではないけど、本当の家族じゃないけど、これからもずっとこの関係が続けば良いな……なんて、勝手にそう願っていた――。

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