第一章 妹?後輩?

第1話 『後輩は俺に話があるそうです』

「先輩っ! 大事な話があります!」


 季節は三月上旬。中学の卒業式を終えた俺は一人の後輩から、三年生の下駄箱で呼び止められた。

 委員会が同じだった事もあり良く面倒を見ていた後輩で、妹が居ない俺からすれば彼女は、妹のような存在だ。

 見た目はボブヘアーで茶色がかった癖っ毛、ぱっちりとした目で美人と言うよりも可愛らしい印象の女子。

 身長も一五〇センチと低く誰にでも尻尾を振る、そんな彼女、はなさきふたはポメラニアンみたいに可愛いと、学校中で噂になっている。交友関係は広く、学年問わず誰とでもすぐに仲良くなれるのは彼女の特徴とも言えるだろう。

 そんな彼女と俺の関係は兄妹に等しい。しかし、周囲の人から見ればと勘違いをされる程だ。


 俺は別に彼女の事を特別意識している訳でもなければ、恋人にしたいとも思っていない。

 常に一緒に登下校したり、委員会に行くときも一緒だったりしたが付き合ってる訳でもなかった。

 頬をピンク色に染め、俺の目を真っ直ぐに見つめながら彼女は何かを訴えかけているようだ。

 この流れは大体予測出来ている。ドラマのワンシーンとかで良くあるだろう。

 今まで告白は何度かされた事はあったが、このはなかった。

 告白は全て断ってきた俺だが、まさかまさかまさか! 二葉も俺の事が好きだったとは思わなかった!

 今まで二葉の事は可愛いとして見ていたから、急に一人の女の子として見て欲しい、なんて言われたらどうする事もできない。


 告白には色々なシチュエーションがあるらしいが、この場合は何て答えたら良いのだろうか。

「妹にしか見れないからごめん」と、素直に伝えるか「ありがとう、嬉しいよ」だと、告白をオーケーしたみたいになってしまう。

 だからと言ってこのまま茶化してしまうのも、今から勇気を振り絞って告白を決め込んでくれた二葉に、悪い気がしてなかなか言える言葉が見つからない。それに俺は嘘が大嫌いだ。

 だとしたら、俺が取るべき行動は――。


「二葉、実は俺もお前に話があるんだ」

「え? 先輩も私に?」

「あぁ。だから言わせてくれ」


 ゆっくり呼吸を整え、二葉の目を真っ直ぐに見つめた。彼女を怖がらせないように、不安にさせないように……。


「俺はお前を大事な一人のだと思っている。お前をそんな風には見れないが、お前が俺と同じ高校に受かったら考えてやってもいい」


 嘘偽りなく吐いた台詞。二葉が本気で俺のになりたいのなら、俺は全力でそれに応えてやるつもりだ。

 四月になれば俺は高校生で、こいつは受験生。そして一年後、こいつは俺と同じ高校を受験する事になる。

 勉強嫌いな彼女は最初、「私、中卒でも良いです!」などふざけた事を抜かしていたから、俺が少し勉強を教えたら信じられないぐらい成績が良くなった。

 つまり彼女はやれば出来る子、と言うわけだ。とは言っても勉強嫌いなのは変わりないが。


 二葉は俺の言葉に少し驚いているのか、目をぱちくりとさせている。この条件ならこいつも、勉強が嫌いなどと泣き言を吐かず、必死で高校受験の為に勉強を頑張るだろう。

 正直俺は高校に入学するのが不安でしかない。理由は二つあるのだが、誰一人として同じ高校を受験していないって事だ。そして二つ目の理由は、新しい学校でぼっち生活にならないか。

 中学では小学校の時から入っていた、グループの友達が何人か居るが、高校は別々。

 俺だけが第一志望を落とされ、第ニ志望で書いた私立高校、おうらん高等学園に無事合格した。

 そんな時俺は勉強を教える代わりとして、彼女に提案をしていた。その提案とは――。



『同じ高校を受験しないか?』



 その言葉を彼女に言ったら「はい! 先輩と同じ高校が良いです!」と素直に受け入れてくれた。

 情けない話だろ? ぼっちが嫌いな俺は一人でも知り合いが居てくれたら、という理由で彼女に提案したのだから。

 彼女……天真爛漫で人懐っこい二葉なら、何処の高校に入ってもすぐに友達が出来るだろう。だけど俺は?

 小学校の時のように誰にでも話し掛けられる訳じゃない。学年が上がるにつれて、俺は少し引っ込み思案になっているのかも知れない。

 とは言っても大人しい訳でもないから、話し掛けられれば普通に話せるが、仲良くなれるかはまた別だ。


「先輩?」

「あぁ、悪い。少し考え事をしててな」


 いかん、いかん! 俺は一度考え込むと他の事がどうしても見えなくなる。今は二葉と大事な話をしていると言うのに。


「あー、それでなんだが……」


 最初は目を丸くしていた二葉も、今のこの状況を察しての事なのか、彼女はすぐ笑顔を見せる。

 俺は頬をぽりぽりと指で搔き、照れ隠しをした。二葉の兄のように接してきた俺が、二葉が同じ高校に入学して、俺の彼女になるならこれほど嬉しい事はこの先きっと、いくら待っても来ないだろう。

 というのは表面だけで、本当は二葉のそういう所に惹かれていたのかも知れない。

 これが恋としての好きなのか、として好きなのかは分からないが、本当の恋人になればその答えが見つかりそうな気がした。そして、彼女は口を開く。


「私、頑張るので待っていてください!」


 タッタッタッと、軽く足を踏みながら俺の三歩手前で立ち止まると彼女は後ろで手を組み、俺の方へ身体を向けた。彼女の顔が窓から差し込む光に照らされていて、可愛い顔がはっきりと見える。

 あぁ、俺は何で今まで彼女を恋愛意識して来なかったのだろう。こんな気持ちは初めてだ。

 本当は今直ぐにでも付き合えるなら付き合いたい。

 からに……。

 そんな都合の良い妄想を頭の中で巡らせていると、二葉はにこっと俺に笑顔を向ける。

 そして彼女は俺にこう言った――。




「絶対ですからね?

「……ん?」


 聞き間違いだ。確かに俺は二葉を小学校の時から妹として可愛がって来たが、今更、、なんて言う訳がない。

 念の為、俺はもう一度二葉に聞き返した。


「悪い、二葉。俺の聞き間違いかも知れないから、もう一度言ってもらっても良いか?」

「はい! は絶対守ってくださいね?」


 聞き間違いじゃない!!

 妹?彼女じゃなくてか!?

 じゃあ、今まで俺が二葉と話していた会話の全てが俺の勘違いだったとでも言うのか!

 そーっと二葉の顔を窺うと、にこにこしていて俺が勘違いをしていた事に気付いてない様子だ。

 一人で勝手に妄想して納得し、彼女の気持ちに応えてあげようとしていた数分前の俺。

 今直ぐその記憶を消去したい!!

 心の奥底で叫んでいると二葉が俺の側まで来て、を取った。


かざ先輩の第二ボタン、貰っていきます!」

「なっ! お前なぁ……」


 そこはちゃっかりしているなぁと、楽しそうにしている後輩を眺めながら俺は今日、中学を卒業した――。

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