第3話 すれ違い②先輩の思い出

 一年生の時、初めて友加里の演技を見た時、琴音は衝撃を受けた。それは決して主役ではなく、物語を引っかき回すトリックスター的な脇役のメイド役だったけど。


 だからみんなみたいに先輩をディスれないでいた。それに去年の冬休み、たまたまふたり先に練習に来た時、部室でお喋りした思い出がある。クラスの事、家族の事等の他愛ない話。琴音は、妹が一人と両親の四人家族だけど、友加里先輩は四人姉弟の長女で三世代同居の大家族だと言っていた。

 演劇の話もした。琴音は卒業しても演劇は続けないだろうと言った。正直、平凡な自分に演技の才能がないのは分かっていたから。大きな役も脇役の重要な役も。演劇部に入ったのは、入る事で自分の何かが変わるかも、平凡じゃない特別な誰かに変われるかもと思ったから。でも入部するだけでは無理だと分かった。


「でも、演劇を見るのは好きなので、卒業後は見る側で楽しみたいです」


「そう」友加里は、ちょっと残念そうに言った。「私は続けたいな。いつかレ・ミゼラブルのエポニーヌの役がしたいの」


 お喋りの合間、部室に差し入れられたクッキーが残っていたのを発見した友加里が言った。

「これ、一個ずつ食べようよ」


「はい……」


 琴音が遠慮して地味なバニラクッキーを選ぼうとしたら、友加里が言った。


「気を使ってない? もしかしたら今日がこの世の終わりかもしれないよ。好きなの選ばないと!」


 それで結局、ナッツとオレンジピール入りアイシングがけショコラクッキーを選んだ。

「私、そんな風に考えた事、なかったです。この世の終わりなんて、外国の映画の世界みたい」と琴音が言うと、友加里は言った。


「だって明日、何が起こるか、分かんないでしょ。私は五才の時、交通事故に遭ってるからね。ラッキーな事に軽い傷で済んだけど、いつ何が起こるか分からないっていう気持ちが常にあるんだ」


「そうなんですね」


「そう。時々想像するの。もし今、人生終わりってなった時、人生でこれやったんだよっていうのが、頭の中に本の目次みたいに大きな文字で出てくるんじゃないかって。何もなかったり、しょうもない事だったらどうしようって。縁起でもないかなー。みんな、ヘンだって言うんだけどね」


 そんな会話が冬の朝の部室のぱりんとした空気と一緒に思い出される。



 友加里は、秋の初めから入院している。食中毒が発端と言われていたけど、ウイルス性とかで意識不明の状態が続いているとか、いや、もう意識は取り戻したみたいだとか情報が錯綜していた。


 「お見舞いに行きたいな」と琴音が言うと、カオルがあきれたように言った。


「琴音は山田先輩がお気に入りだからね。顧問の久原先生が定期的にお見舞いに行ってるみたいだから、その時一緒に連れていってもらったら?」


「そうしようかな。あ、その時のために市立医療センターの場所と経路を調べておこう」


 琴音はスマートフォンを取り出した。栞は琴音に注意した。

「山田先輩の事より今日の放課後の演劇部のオンライン練習に遅れないようにするんだよ」


「うん、分かってる」

 話しながらスマートフォンの操作をしていた琴音は、指先が滑って、思わず検索をタップしてしまった。


「あ、話してたから、変な所で検索してしまった」


「変な所ってどんな所?」


「現在地から目的地『山田友加里先輩』にしてしまった。しかも出発時刻を12時にしてる!」


「もうおっちょこちょいなんだから。そんなんで検索出来ないよ」


「だよね。でも何? この結果。出発時刻12時、到着時刻1時って……」


 そこには確かに、出発時刻が12時に設定され、到着時刻が1時と表示さた画面があった。なのに一瞬表示されたその不思議な画面は、指が触るとすぐにホーム画面へと切り替わった。それで琴音は見間違いだったと思い、二人の同級生達に遅れをとるまいと、慌ててスマートフォンを鞄にしまって歩みを速めた。


〈最終話へ続く〉

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