第26話
「海だぁ〜!」
「いや、家具屋だし」
「クッション買おうぜ、クッション」
「部屋に欲しいと思ってたからいいかもなぁ。送れば、荷物にならないし」
「私、ぐで〜ってなれるやつがいいっす!」
「私はハート柄のやつがいい」
「居着く気か」
「んなわけないじゃないっすか、冗談っすよ、1割くらいは」
「ほぼ本気じゃん」
「良く考えてください、部屋に来た客人をいつまで地べたに座らせるつもりっすか?」
「急に話をすげ替えられたけど、そう言われると俺が悪い気がしてきた」
「なので、京香さんが、クッション選びを手伝ってあげます」
「はあ」
「具体的には、京香さんの抱き心地を基準にクッションを選ばせてあげます」
「はあ!? 何言ってんだよ、綾!」
「そうだよ、流石に10:0でクッションだよ」
「お前はお前で何言ってくれてんだコラ!」
「いや、骨あるし流石に……」
「私のがやらけーだろ!」
「綾なら、あるいは」
「えへへ///」
「ふざけんな! 綾も照れてれしてんじゃねえ!」
***
「やってきました! あーきはーばらー!」
「いや、駄菓子屋だよ」
「おやつはいくらまでだ?」
「そりゃ300円っすよ!」
「よし、勝負だ!」
「勝負って何?」
「300円の使い道の回答を決めるんだよ!」
「そうっす! 一番有意義な300円を決めるバトルっす!」
「普通に楽しそう」
……。
「買ってきたぞ!」
「俺も」
「じゃあ、検分っす! みなちょむのは、お茶に合いそうなやつばっかで、京香さんのもお茶にあいそうなやつばっか」
「まあ、うち飲み物はあるけど、お茶うけないし。でも、水城さんは何で? 綾もお茶うけになりそうなやつばっかだし」
「お前の家、お茶うけないだろ」
「みなちょむの家、お茶うけないじゃないっすか」
「居着く気でいない?」
「まあまあ、それよりこん中だと私の圧勝っすね。見よ、このラインナップ」
「量も多いし、質も高いけど、絶対300円で収まらないよね?」
「たまたまタイムセールで運が良かったっす!」
「そんなのなかったけど」
「なかったよね」
「知ってますか。ギャンブルで勝つ幸運な人たちが口を揃えて言うことを」
「いや知らないけど、急にどした?」
「バレなきゃセーフ」
「バレてるけども」
***
大型家具店、駄菓子屋、次に辿り着いたのはゲームセンターだった。
「〜♪」
「ご機嫌やね」
「おう! じゃなくて……一生大切にするね!」
そう言って水城さんは、UFOキャッチャーでとった車型モルモットのぬいぐるみを抱きしめた。なんとな〜く作戦なんだろうな、と思いつつ、「次は何する?」と尋ねた。
「あれやりてえ、エアホッケー」
「いいけど、3人だよ?」
「そっすね、じゃあ私とみなちょむが2人で1個ずつ持つんで、京香さんは1人で2つ持ってください」
「やめろ、綾。マリパで1対3ミニゲームの1をずっとやらされてたことを思い出す」
そんなことを話しながら歩いていると、水城さんが、ふと足を止めた。
どうしたのか、と思って見ると、顔を赤くしてもじもじしている。トイレだろうか、なんて思った時、綾が口を開いた。
「どしたっすか、京香さん?」
「駿府城で放置されてる」
「なっ、ハイエナ! ハイエナ!」
「ああ! 行ってくるわ!」
俺は駆け出した水城さんの背中を見ながら、綾に尋ねる。
「一体、どうしたの?」
「スロットっす! 駿府城ステージにいると大当たり濃厚なんすよ!」
「ハイエナっていうのは?」
「ハイエナは、パチンコやパチスロで期待値が低い部分は他人に打ってもらい、自分は大当たりの可能性の高いおいしいところだけを打つ立ち回りのことっす。
露骨なハイエナ行為は、店によっては「迷惑行為」として「出入り禁止」となる場合がありますね」
「今日がデートじゃなくて良かった。デート中にハイエナする女の子を見なくて良かった」
「まあまあ、そこが京香さんの可愛いとこじゃないっすか。それより、UFOキャッチャーでとった商品を一生大切にするね♡作戦、どっちが考えたと思います?」
落とす落とされるというより、たらたら、と遊んでいるだけだけれど、どちらの作戦かを当てるゲームは続いている。そして俺は映画以降、全問不正解だった。
居酒屋では下調べをしていた水城さん、家具店では座布団やクッションが部屋にない事を知っていた水城さん、駄菓子屋はお茶請けがないことを知っていた水城さん、ではなく、全て綾の作戦。綾ならもっと攻めてくるかと思っていたから、ただ楽しく遊んでるだけの作戦は、意外に感じる。
「この作戦は、綾」
「ぶっぶー。京香さんです。」
適当に答えると、綾は笑った。そして、そろそろか、と言って、くっと伸びをした。
「ねえ、みなちょむ」
俺を呼んだその声は、今までと雰囲気が違った。おちゃらけた感じから遠い、真剣さを含んだ声だった。
「ちょい疲れたっす。ベンチ座りません?」
「いいよ」
無言の綾、そしてその気にあてられた俺も無言になって、ただただ歩く。自動販売機前のベンチを見つけて座ると、綾はどこか遠い目をして口を開いた。
「もう、夕暮れっすね」
「うん、そろそろ終わり?」
「そっすねー」
「そっか」
少しの沈黙ののち、綾はこっちを見ないまま話し始めた。
「みなちょむ、今日楽しかったすか?」
楽しかったかどうか、考えるまでもない。
「すんごい楽しかったよ」
くだらない映画を家でだらけながら見て、穴場のお店で美味しい食事に舌鼓を打ち、欲しかったクッションをはしゃぎながら選んで、駄菓子屋で競い合いながらお菓子を選び、お茶と共に食べる事を想像して胸を躍らせる。
楽しかった、本当に楽しかった、そう思って気づく。今更ながらに気づく。
「綾の作戦、というか、プラン。水城さんの考えたことなの?」
「あら、お気づきになられました?」
綾はおどけたように言って、優しい笑顔を浮かべた。
「どうやって落とせばいいか、みなちょむについて話してると、京香さんがみなちょむとあれしたい、これしたい、って零すんす。んで私は、もうそれやれば、落ちるんじゃないか、って思ったわけっす」
綾は再び同じ言葉を問いかけてくる。
「みなちょむ、今日は楽しかったすか?」
楽しかった。だから、胸が高鳴る。
「……綾は策士だな」
「朝、軍師っていったっすよね」
綾は笑う。
「京香さんと一緒にいると、ずーっと、一生、その楽しいが続きますよ」
「自信満々だなあ」
「そりゃまあ、当事者っすから。京香さんはああ見えて、人の立場になれる人っす。考えて、っていうよりは、感覚的にって感じで、聡いんすよ、そういうとこ」
この前、俺が彼女を作らない理由について、深入りしてこなかったことを思い出した。綾が言うことは間違っていないと思う、水城さんはそういう人だ。
「本当に嫌なことはされないし、その人が楽しいと思う事を心底楽しいと京香さんは感じる。だからずっと楽しいが続くんすよ」
綾が言うことは間違ってなかった。だからこの話も多分間違っていないだろう。
そしてだとすると、俺が彼女と別れた理由の行き過ぎたすれ違い。それは水城さんとなら起こり得ないことになり、いい関係を築けるだろう。
何より、今日みたいな楽しいがずっと続く。
たしかに喉から手が出るほど魅力的だけれど、それでも。
「楽しい時間が、掛け替えのない時間が長く続いた分、終わりを迎えた時は切ないよ」
「切ない……っすか、そんな言葉じゃ生温いような顔してますよ」
そう言われて、俺は無理やりに笑った。
「人との関係なんて刹那的なものでいいんだよ、きっと」
「んー、まあ、固執するもんでもないかもしれませんね。でも、みなちょむ。そんな台詞は、固執してる人しか言わないっす」
「そうかもしれない。だけどそうであるなら尚のこと、固執しちゃいけないと、刹那的なものなのだと、思わないといけない」
「どうしてっすか?」
「失敗からは学ばないといけないから」
綾は、むー、と唇を尖らせ、ため息を一つついた。
「はあ。よくわかんねっすけど、みなちょむは人間関係が切れたことに傷つき、同じことになるのを恐れて、刹那的な関係以上は築きたくない。そういうことっすね」
よくわかんない、と言っておきながら、的を射ていたので、俺は素直に頷いた。
「そっすか、朝の恐い恐くないの話は大体わかったっす。でもまあそれじゃあ、しゃあないかもしれませんね」
意外な回答に目を丸くする。
「何、びっくりしてんすか?」
「いや、失敗したから諦めるとか極端だとか、トライアンドエラーでいい結果を目指せだとか、そういうことを言われると思って」
綾は笑う。
「言わないっすよ」
「どうして?」
「例えるなら、テスト期間真剣に勉強して0点、それと、一年間必死に必死に勉強して0点。前者ならそう言いますけど、みなちょむは後者っすよね。だったら、失敗から学ぶなら諦めることも正解と思いますし」
「酷い例えだなあ」
「や〜い、0点」
綾はからからと笑ったあと、でも、と続ける。
「100点をまだ取りたいなら、京香さんほどうってつけの人はいない。それだけは言っておくっす」
綾の顔は確信と自信に満ち溢れていて、異様な説得力を感じた。
だから、ぞわりと鳥肌が立った。急に胸が詰まり、何かを言おうと口を開けるが声が出ない。それは喉から出る手を押さえ込もうとしているような感覚。しばらくして平静に戻り、明らかに動揺したことを自覚する。
「お、その感じは、本当に脈なしってわけじゃなさそっすね。青い、青いぞ、少年」
「……まあ、朝も言ったけど恐くなくなる方が、100点取れるなら取れる方がいいし」
「かっかっか! この天才軍師綾に落とせない城なし!」
「いやまだ、落ちたわけじゃないし」
「いいんすよ。難攻不落の城に、とっかかりを作ったので十分仕事をしたんすから。実際に城を落とすのは兵士の役目っす、あとのことは京香に任せるっす」
綾は、疲れたぁ、と昼下がりの猫みたいに伸びをして立ち上がる。
「さ、行きましょ、みなちょむ。このまま放置してたら京香さん泣いちゃいますしね」
「あ、うん」
俺は立ち上がり、一歩進む。その一歩は、期待と躊躇いと恐れが混じったのか、ぎこちないものだった。
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