第25話
「綾も水城さんもヤンキーっぽくないよね」
「別に卒業したからいいけど、何か心外だな」
「まことに心外っす。こちとら、最大最強のヤンキーグループのトップだったんすよ」
「本当にそんなグループあんの? 妄想じゃないなら、名前は何?」
「Toujours(トゥジュー)フランス語で、『いつまでも、永遠に』って意味っす」
「おしゃれか。当て字とかしろよ」
「いいじゃねえか別に。かっけえだろ」
「かっこいいかどうかはわからないけど、ヤンキーぽくない。なんか、ヤンキーらしいとこないの?」
「ラップとか好きっすよ」
「あっさい、ヤンキー像だなぁ。ラップもできるかどうか怪しいし」
「ねんねんころりYO、おころりYO」
「俺が悪かったよ」
そんな会話をしながらたどり着いたのは、居酒屋だった。
外装は、暖簾に提灯、和風な門に屋根には瓦。見るだけでも高校生はお呼びでないって感じ。綾と水城さんは堂々と入っていくが、少し気が引けた。
「な〜にしてっすか、おいてきますよ」
綾からはお呼びがかかったので、ついていくことにする。
店内の内装も居酒屋って感じだった。木札のメニュー、カウンター奥にずらりと揃えられた酒瓶。テーブル席も居酒屋って感じの木製。照明は橙色で、昼なのに夜といった雰囲気だ。
あきらかに場違いだよなあ。
二の足を踏む俺とは反対に、綾たちはお構いなしって感じで、奥のテーブル席に座った。
「おいおい、びびってんのか? お子ちゃまだなぁ?」
水城さんに煽られながら席に座ると、店員のお姉さんがお冷やを運んできた。コップを三つ置くとお姉さんは、口元に手をあてて、くすくす笑った。
「初めてきた貴方ほどじゃなかったわよ」
「ちょっ、言わないで!」
はいはい、と店員さんは言って、注文を尋ねてきた。
「何にする? 日替わり定食?」
「むぅ……それで」
水城さんが不満気ながらもそう言うと、綾も手をあげた。
「それでおねがいしますっす!」
「じゃあ俺もそれで」
「かしこまりました」
店員さんがその場をあとにすると、俺は水城さんに尋ねる。
「水城さん、前に来てたんだ」
「まぁ、一回だけな」
「一回で覚えられるって、どんだけキョドってたんすか」
「うっせえな! キョドってなんかねえ!」
虚勢を張る水城さんを流石に不憫に思う。朝からずっとこの調子だ。もしかして、常にこんな感じだったのだろうか。
「なあ、綾。水城さんて実はいじられキャラ?」
「はぁあああ!? 何言ってんすか! 最カワの京香さんに舐めた真似した奴はこの私がぼこぼこのドカンっすよ!」
「え、私は、最強なんじゃないのか?」
「間違えたっす! でも、綾さんに無礼を働く輩を、ちんこがお腹に入るまでビビらせてやったのはほんとっすよ! みなちょむだって、京香さんが落とそうとしてなけりゃあ、今頃、山の頂っす!」
大変に気分がよさそうで、ありがとうございます、お優しいお嬢様につけられてそうな渾名とか、どこまで縮みあげるんだとか、山の頂じゃなくて海の底じゃないかとか、色々言いたいことはあるけど、何より綾みたいな女の子にそんな真似ができるのだろうか。
「綾が〜?」
「あ、カッチンきました。わかりました、こいつで理解してもらいましょう!」
綾は掲げた手を、拳でもなく、ビンタのパーでもなく、チョキに変える。
「ジャンケン?」
尋ねると、水城さんが頷いた。
「綾はさる武術の遣い手でな。王翦が言う、起こりを読む天才なんだ。だから筋肉や関節の動きで、相手が打つ手を読めるんだ」
「はあ。それでジャンケン?」
「そっす。ちな、私は負けたことないっす。給食の牛乳はいつも2本飲んでたし、昼休みサッカーのゴールは常に2組のものだったっす」
「もっといい使い方、覚えようよ」
「いいじゃないすか、ジャンケンポン」
綾のグレーなタイミングの後出しに8連敗を喫したところで、テーブルに料理が運ばれてきた。
「わあ!」
ドヤ顔だった綾が、おもちゃを前にした少年のようなキラキラ顔に変わる。かく言う俺も、そうなっているかもしれない。
それぞれの目の前には豪華な定食。小鉢二品にお新香、お味噌汁がついて、つやつやのご飯。そしてメインに良い焼き色がついて汗をかいた鮭ハラス。大人は重いかもしれないけど高校生にとってはご馳走。しかもホワイトボードに書かれた値段は500円だ。別にケチケチするつもりはないけれど、通うのになんの躊躇いもない金額というのが、一人暮らしの高校生にとっては嬉しい。
各々箸を取ったので、俺も早速食してみる。
まずは、小鉢。お洒落に盛り付けられた揚げ出し豆腐は、大根おろしのおかげか全くと言って重さがない、どころか、冷奴のように軽い。なのに、それでいて衣に出汁が染みてジューシー。豆腐も豆の味がしっかりして、あ、良い豆腐、とすぐにわかる。
次の小鉢はひじきの煮物。こちらは醤油の香りだかく、後味甘く、だけど味は薄く、といった感じで、ついつい食べてしまう美味しさがある。
パリッとしたきゅうりと大根のお新香も浅漬けでほどよい塩味。
この3つの味が濃くないおかげで、自然と鮭に箸が伸びる。
快感だった。鮭の身が口の中にとろけ、濃い、でも決して生臭くはない旨味が爆発したように広がる。白米が欲しくなって口に入れると、香りたつ甘い湯気のせいか、ほっくほくになって頬が緩む。
気づけば、三人とも完食。
ふい、と息をついて、俺は水城さんに声をかけた。
「近所にこんなに美味しいとこがあるの知らなかったよ」
「ふふん、凄いだろう」
「いやまじで凄い」
俺は3人で入るのにも尻込んでいたのに、単身乗り込んで見つけてきたのだ。シンプルに感嘆する。
「あ、でもどうして、一人でお店に入ったの? たしか水城さんも一人暮らしって言ってたし、近場の食べれるとこ探してた?」
「いや、別にそう言うわけじゃねえよ。ただ……」
「あ!!」
その時綾が、思い立ったかのように、声を上げた。
「電話返すの忘れてたっす。ちょっと外出てるんで、お二人は愛の言葉を交わして待っててください!」
なっ!? と顔を赤くする水城さんを置いて、綾はパタパタと出て行った。
「ったく、あいつはもう」
水城さんは拗ねたようにそう言った。
今日は、綾に揶揄われて、拗ねたり、照れたり、怒ったり。けど、なんだかんだ言って、嫌そうではないように思える。
「綾と水城さんって、いつもこんな感じなの?」
「ん。まあ、そうだな。でも……」
「でも?」
「最初はこんなんじゃなかったぜ。ピリピリして冷てえ感じだったからな」
「面白そうな話。どうして今みたいな仲に?」
「わかんねえ」
「ええ」
「うっせえな! 気づいたらあんな感じになってたんだよ!」
怒られたので謝っておいた。まあでも、友達っていうのはそういうもんか。いつ仲が深まったとか聞かれてもわからないものだろう。
「まあいいや。本当に仲がいいんだね」
「まあな。むかつくし、いらいらすんけど、一緒にいると心地いーんだよ」
一緒にいると心地いい……か。数々の思い出が浮かび、内心自嘲する。
別に気取るつもりはない。だけど『最後に、一緒にいて心地いいと思ったのはいつか、そして思ってもらえていたのはいつか』そんな己の問いに答えられない時点で思ってしまう。
俺には無縁だなあ。
そう思った時、水城さんは思いも寄らない言葉を吐いた。
「むかつくし、いらいらすんけど、心地いーのはお前もだぞ?」
「え?」
「はあ? お前と綾の私に対する扱いに、何の違いがあんだよ」
「いや、そりゃ違うんじゃない?」
「尋ね返してくんな。私からしたら違わねえよ」
はあ、と息をついて水城さんは続ける。
「お前は学校での私を知ってんだろ?」
「そりゃまあ、優等生で清楚の」
「んで、中学時代は知ってんだろ?」
「ヤンキーのトップ」
「そ。だからつねにキラキラした目で見られる。気持ちはいいけど、落ち着かねえんだよ」
だから、と続ける。
「むかつくし、いらいらすんけど、隣にいんのは悪くないっつーわけ」
水城さんはそっぽを向いて、だけど頬は少し染めてそう言った。
胸がくっと詰まる。少しずつ鼓動が早まる。
一緒にいて居心地いいと思ってくれる。それに俺も、水城さんと一緒いることを、なんだかんだ言って楽しんでいる。だったら……いや良くない、このままじゃ、同じ轍を踏むことになる。
だけど、怖がってばかりでも仕方ない。
「嬉しいし、俺も水城さんといるのは楽しいかなあ」
絞り出した言葉を誤魔化すように笑って続けた。
「でも『むかつくし、いらいらすんけど、隣にいんのは悪くないっつーわけ』って、何その、始めは大嫌いだったライバルと、しばらくツートップ組まされた時に出そうなセリフ」
「なっ!?」
「それにイライラしてムカついたら落ち着けてないんじゃ。あ、もしや、いじられたりが、嬉しかったりするとか?」
ちょっとしたからかい。だから、いつもみたいに怒ってくるものだと思っていた。
だけど、水城さんは羞恥に悶えるような真っ赤な顔で呟いた。
「いじられて悦ぶかは、お前が一番知ってんだろ……」
そういう意味じゃない、とすぐに言えなかったのは、熱い吐息を交えたような声だったからか。大人しくなった水城さんが妙に扇情的だったからか。薄暗い居酒屋の大人の空気にあてられたからか。
どれでもいいけれど、言葉に詰まると、変な空気になってしまうわけで。
「あ、あのさ、その、あの、今夜……」
と水城さんが言いかけたその時、空気をぶちこわす明るい声が聞こえた。
「お待たせしたっす……って痛いっすよぉ〜」
綾を(>_<、)な顔でぽかぽか叩く水城さんと、わけもわからず叩かれて(>_<、)な顔になる綾を見て、俺は安堵の息をついた。
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