第24話

 水城さんは、ブラウスの裾をスカートから出して、背中に手を回す。


「京香さん、何でブラに変えたんだろ?」


「さあ」


「まさか……漏らして?」


「漏らしてはない!!」


「漏らして『は』?」


「もういいだろ!! んっ!」


 腕を通して外したブラジャーをつきつけてくる。ブラウスとセットかと思うような白のレースがあしらったデザイン。水城さんの純白の肌に合う下着は流石にドキドキする。それに白桃のような美しい胸が、薄い桜色の先端が服越しに主張していて……。


「バカ! 見るな!」


 身を抱くように腕を組み、猫背になる水城さん。顔を赤くして涙目で、ぐぬぬ、と睨んでくる姿に嗜虐心をそそられる。だけど可哀想なので、俺は立ち上がってクローゼットからシャンブレーシャツを出した。


「これよかったら着て」


「ああああああ!! 余計なことするなっす!!」


「着せちゃいけない、なんて約束はないけど?」


「ぐぬぬ」


 唸る綾を尻目に、水城さんはシャツを受け取る。


 そして顔の下半分を隠すようにシャツを顔に近づけた。


「え……」


 目尻のさがった水城を見て、綾が冷たい声をだした。


「京香さん、さすがにドン引きっす」


 水城さんは「なっ!?」と慌ててまくし立てる。


「ち、ちがう! これは、彼シャツに浮かれるメスってギャグ! ギャグにマジレスすんじゃねえ!」


「そ、そっすか。よかった、厚意で差し出されたシャツの匂いを確認する、無礼な女じゃなくて良かったっす」


 心底安心した様子の綾を見て、そういうことではないんじゃないかなぁ、と思う。けどまあ、つっつく必要もないか。というか、見てなかったことにしよう。


 そうと決まれば、話を変えて誤魔化してしまおう。


「それで、占いの次はなに?」


 不満気だった綾だが、まあいいっす、とリュックに手を突っ込んだ。


「次は映画っす! 再生機器ありますか?」


「一応、ノーパソがあるし、ケーブル繋げばテレビをモニターにできるけど」


「どこにあるっすか?」


 立ち上がってノートパソコンを取ってくると、綾が電源をつけた。


「映画、か」


「なんか不都合でもあった、水城さん?」


「いや、その逆、というか」


「逆?」


「ああ。一人暮らしだし、誰にも気にせず喋りながらさ、二人でだらっと見てえな、って思ってたから」


 そんなこと言ったら、これが綾の作戦だと言うようなものだけれど。


 まあでも、だらっと映画を見るのも悪くない。映画館のように周りを気にする必要もないし、ちゃちゃ入れながら観るのも楽しそうだ。


「準備できましたよ!」


「ご苦労だ。それで、今から見る映画は何なんだ?」


「『あなたの名は』とか『天気の女の子』みたいなやつを頼んだっす!」


 頼んだってことは、綾が選んだわけじゃないのか。作戦を立てるなら、自分で選んだ方がいいように思うけど。ああでも、どんな感じかは伝えているわけだし、別にいいのか。


「青春アニメか」


「どしたっすか、京香さん?」


「私、キラキラしてるやつら見れねえんだよな。『青のはっこ』とか」


「入学して2ヶ月で青春コンプ拗らせてる人初めてみたっす」


 そんな会話をしてる最中にも綾は操作していて、テレビに映像が映った。


「実写?」


 釣竿を肩に預けて野山を歩く少年が映る。


「あれ、中身間違えたんすかねえ?」


「どうする、綾?」


「まぁ見てみましょうか」


 少年は、野山を抜け、池にたどり着いた。そして、池に向かって、どうもりの釣りのように、浮きつきの仕掛けを投げた。水しぶきが上がり、カメラについた水滴が文字の形になる。


『主を釣れ』


 ばばーん、と水滴のタイトルが出たところで思う。


 もう、ダメそう。


「なぁ、綾。これ見んのか?」


「う〜ん、もうちょい見てみましょう。まだ、青春恋愛ものの可能性はありますし、『恋愛モノをみて意識しちゃう作戦』は自信ありますし」


 綾の言葉に従い、俺も黙ってみることにする。


『おっす! おら、悟空! なんちて! おいらは、どこにでもいるような普通の学生、米田吾郎! って、ライトノベルの主人公みたいか!』


 突如、一人で喋り始めた主人公がキツすぎて、テレビを壊したくなる。


『今日は、池の主を釣りに来たぜ! お、そんなこと言ってると、浮きが沈んじまった! この軽い手応えは、アジかイワシか!? って池にいるはずないだろうが! はははは!』


 キッツイ。吐きそう。


『おし、やっと釣り上げれるぞ』


 そう主人公が言った途端、クトゥルフ的な不穏なBGMが流れ、そして、池から巨大なタコのような化け物が釣りあげられた。


『我が眠りを覚ましたのは貴様か。まあいい、これから世界を滅ぼすことにする』


 そう言って、化物は天高く舞い上がって行った。


『ありゃまあ、変なのが釣れたもんだぜ』


 主人公は呑気に釣りに戻る。


「綾……」


「言わねえでください」


 それから主人公が呑気に釣りをする様子と、化け物が世界を滅ぼそうとする姿のカットバックで進んでいく。


「あ、また首相官邸が爆破された」


「これで5回目か」


「ホワイトハウスは3回っすね」


 大昔の戦隊モノみたいなCGで世界各地で爆発が起きる。そんなこと知らないのか、主人公はずっと釣りを続けている。


『くっ、この俺が勇者を釣らなきゃ、あいつを止められないっ!』


「何が起きたかは知ってるんすね」


「いつ知ったんだろ?」


「そんなシーンなかったが。というか、勇者を釣らなきゃ、ってなんだよ」


 やがて主人公は、この池じゃ勇者は釣れない、と旅に出た。飛行機に乗っている様子が、ロッキーのトレーニングシーンみたいにBGMだけで進められる。


 最終的に主人公はエベレストの頂点から釣り糸を垂らし、10分くらいしてから人を釣り上げた。


『や、やっと勇者を釣れたっ!』


『私は勇者ではない』


『だ、だったら、お前は誰なんだ!?』


『釣りをしすぎて強くなった、未来のお前だ』


『な、なんだって!?』


 未来の主人公は飛んでいき、なんか剣をいっぱい出す技で化け物を倒した。


 最後に主人公が女の子を釣ろうとして、頬をはたかれ、


『やれやれ、釣りはもうこりごりだぜ』


 とワイプが閉じて、ほぼletitbeなbgmとともにエンドロールが流れた。


「なあ綾」


 声をかけると、綾は慌てふためく。


「私のせいじゃないっす! ほら、特攻服も脱いだんで、飯食いいきましょ! 腹減ったっす!」


「あ、待てコラ! 綾!」


 外に出て行った綾を追っかけて、水城さんも出ていった。


 なんとも気が抜けて、俺は息をついた。


 まあでも、内容はどうあれ、二人と映画を観るのは楽しかったな。お金もかからないから家計を圧迫しないし、ってあれ?


 俺のことを気にしてくれたのかな、とふと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る