第23話

「正解っす! じゃあ京香さん、一枚脱いでください!」


「それは有効なのかよ!?」


 俺はため息をつく。


「別に脱がなくていいよ。当てたら一個昔の話とか、そんなんにしよう」


 綾はぶんぶんと首を振った。


「有効に決まってます!」


「んでだよ! 綾、お前が脱げ!」


「わっかりました! でも、私の作戦が当てられた時だけです! 京香さんのが当てられたら、京香さんが脱いでください!」


「なっ!?」


「じゃねーと、私がやめます! せっかくの機会、私だっていい思いをしたいじゃねっすか!」


「何で私が脱げば綾が喜ぶんだよ」


「そりゃ、脱いだ後の可愛い京香さんを見たいからっす。さぁ脱いでください!」


「うぅ……」


 水城さんは唸ったのち、何を言っても無駄だと悟ったのか「こっち見んなよ!」と叫んだ。


「んっ!」


 やけくそ気味な声が聞こえて目を向けると、水城さんが顔を真っ赤にして涙目で布を差し出してきていた。


「ストッキングを差し出されても困るんだけど」


「なんだよ! これじゃダメなのかよ!」


「いや、そういうことじゃなくて」


 綾に助けを求めると、はぁはぁ、と荒い息をしていた。


「羞恥に悶えながら差し出す京香さん……可愛すぎる」


 こいつはもうダメだ。


 俺は水城さんに目を戻す。


「その脱ぐのは綾がいるから仕方ないとして、俺に渡す必要はないんじゃない?」


 そう言うと、水城さんは不機嫌そうに唇を尖らせた。


「ええ、水城さんは渡したいの?」


「そうじゃねえけど、いらねえって言われんのは気にくわねえんだよ!」


「水城さんだって、俺の脱いだ服なんていらないだろ」


「………………いらねえに決まってるだろ!」


 嫌な間だなあ。ないとは思うけど、衣装ケースに注意を払わないと。


「とにかく! てめえは黙って受け取ればいいんだよ!」


 突きつけられたので、仕方なく受け取る。脱ぎたてのストッキングは体温で温かくて、乾いているのだけどしっとりとしている。それに、何だか甘い香りがして……って、何を童貞臭いことを。いや、どれだけセックスをしても男は心に童貞を飼いつづけるもの、と聞いたことがある。おそらくそのせい。


 とまあ、そんなことを考えながら、俺はもらったストッキングを適当に置いた。


「はぁ、満足したっす。じゃ、次行きますか」


 うっとりした綾は特攻服を脱ぐ。そして、背負っていたリュックを下ろし、中かから何かを取り出した。


「1日は占いから始まるっす! これで今日のお二人を占いましょう!」


 綾は紋所のようにカードの束を突き出した。一番下のカードには星の絵が描いてある。


「タロット?」


「はいっす!」


 そう言って綾はシャッフルし始めた。


 おそらくこれも作戦なんだろうけど、タロット占いの何が作戦なんだろう?


「どうぞ、京香さん」


「ああ」


 ふふん、と鼻を鳴らしそうな顔で水城さんはシャッフルをする。そして切り終えたのか、俺の前に差し出してきた。


「さあ、一番上を引いてくれ。それが私たちの運命だ」


 タロット占いからかけ離れた、その言葉に何となく察する。


 一番上を取るように見せかけ、爪をひっかけて二枚同時にとった。


「ふふっ、恋人ラバーズを引いてしまったか。仕方ないなぁ。運命だから仕方ないなぁ」


 上機嫌に語る水城さんに、俺は重ねたカードを見せる。


「死神なんだけど」


「え……」


 水城さんはぽかんと口をあけた。


「京香さん……」


 綾に呆れるような目を向けられ、水城さんは慌てて声を出した。


「も、もっかい! 間違え! もっかい!」


 俺はばれないように水城さんから山札をもらってから、重ねたカードを戻して返した。


 水城さんは、明らかに恋人のカードの位置を一番下に持ってきて、カードを切る。


「ほら、一番上を取れ」


 また二枚重ねて取ろうとしたが、なんだかいたたまれないので、素直に一番上を取る。


「さっきのはデモンストレーション。今回が本番だからな。さあ、何のカードが出た?」


 俺は手に持ったカードを見せる。


「そうか、恋人かぁ。仕方ないなぁ、運命だもんなぁ……ってあれ?」


「死神だったよ」


 今回は普通にミスだった。


 何というか、非常に気まずい空気が流れる。


「さ、さぁ、『私とあなたは運命なのね作戦』これはどっちの作戦でしょーか?」


 綾の質問で空気が変わった。


 俺はほっと安堵の息をついて考える。


 何と言うか、この情けない感じ、水城さんっぽい。


「水城さん」


「正解っす! じゃ、京香さん脱いでください!」


 水城さんは、うっ、と唸ったあと、「ちっ、仕方ねえか」とため息をついた。


 そして、自分の体に視線を落とし、止まった。


「どしたっすか、京香さん?」


「……もう、脱げるものがない」


「へ? まだ2問っすよ?」


「1問でリーチだった」


「いやいや、スカート、ブラウス、ブラジャー、パンティーの4枚あるじゃねっすか?」


「バカ! どれも脱げるか!」


「男らしくねっすよ、京香さん! 舎弟たちがこの話を聞いたら泣き崩れますよ!」


 水城さんは「くぅ〜」と俺を睨んできた。


 相手が違うだろう、綾を責めるべきだろう。


「わかったよ! 脱げばいいんだろ、脱げば!!」


 水城さんは立ち上がり、スカートを横からまくり上げるように腕を入れた。


「見とけ、綾! これが総長の漢気だ!」


 と勢いよく言ったが、それが嘘みたいに手が止まる。


 何があったのか、と水城さんの顔を見ると、真っ青に。そして今日一真っ赤な色に変わった。


 水城さんはぺたりと座り込み、消え入りそうな声で言った。


「やっぱり、ブラにします……」

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