第22話
「何か飲む?」
「わーい、わーい、男の部屋だ! 私ダージリンがいいっす〜! 紅茶の王様がいいっす〜!」
「わ、私は、カフェオレで」
ベッドに寝転んで足をばたつかせる綾と何故かちょこんと座っている水城さんに問いかけた。
綾の衝撃発言のあと、俺は二人を部屋に招いた。脱ぐがどうの、って話は外でするもんじゃないし、『勝手なことを言うな』と怒る水城さんを落ち着かないといけなかったからだ。
と、まあ、そんなわけで招いたわけなんだけど、一つ目はともかく、二つ目の理由がこんな簡単に解決するとは思わなかった。
なんだか借りてきた猫みたい。顔を赤くして、ちらちらベッドに目をやっているし。
どうしてだろうか。考えるとすぐにわかった。この前のことを思い出して、照れているのだろう。
「はい」
俺はカップを二つテーブルに置く。
「う、うん」
「そんな照れられると俺も照れるんだけど」
「て、照れてねえし!!」
「ま、なんでもいいんだけどさ。茶しばいて、くつろいで、満足したら帰ってよ」
そう言うと、二人は同時に声を出した。
「何でだよ!?」
「何でっすか!?」
「何で、って言われてもなぁ」
落とすための作戦を考えてきてくれたのに申し訳ないし、どちらの作戦を当てるかのゲームは楽しそうでもある。だけど、それより、何より、期待をもたせることはよろしくない。
かと言って、期待を持たないで欲しい、ってことは、ずっと言い続けているわけで。効果がないのに続けても意味がないわけで。
だったら、まあ、妥協してくれそうな案を出すしかない。
「わかった。水城さんは、小野さんに復讐するために俺を落としたいんだよね?」
「そ、そうに決まってんだろ! 誰がお前なんかを好き好んで!」
「だったらさ、復讐を手伝うよ。俺が彼氏になるってこと以外でさ」
「無理っす! 無理っす! 無理無理無理無理無理無理!」
捲し立ててきた綾に怖気付く。
「そんなの、つまんねえ、じゃねっすか!」
「ええ……」
「却下っす、却下! 朝から県外にバイクすっとばしてきたのに、こんなオチなんてやっすよ! や!」
京香さんも嫌っすよね! と綾は水城さんに矢印を向ける。すると、水城さんは、そっぽを向いた。
「ま、まぁ、折角考えてきたことがふいになるのは」
そう言ってすぐ、水城さんは俺に顔を向けた。
「それだけ! それだけだからな!」
本当にそれだけなのだろうか。今の照れてる様子を見る限り、俺と同じように、体を重ねて情が湧いたんじゃないだろうか。恋愛経験もなかろうし、それで俺のことが気になっているのではないのだろうか。なんていうのは、自意識過剰ではないだろうか。
まぁ考えてもわからないし、それよりも気になることがあった。
「バイクで来たって、言った? うちのアパート居住者以外は駐車禁止なんだけど」
綾は豊満な胸をポンと叩いた。
「ご安心あれ! 近くのパーキンに停めてるっす!」
俺は水城さんの耳に口を寄せる。
「バイク乗ってるってことは、綾って年上だったりする?」
今まで非礼を働いていたのではないかと思って、耳打ちしたのだけど。
「ひゃぁ! ば、ばか! 耳! 耳はやめろ! 殴るぞ!」
距離をとられてしまった。前科があるので、不用意だったと反省する。
「うーん、なんっすか? 小声で喋んなら考えあんすよ、声優のエロゲ声優名をまとめてるやつ、ここに呼びますよ」
「耳はめちゃくちゃ良さそうだけど、できれば呼ばないでください」
「えー、じゃあvtuberの前世見つけるやつ」
「そいつもいやです」
これ以上この話題を続けると危ない気がして、話を戻す。
「あの、年下だと思ってたんだけれど、綾さんって年上?」
「いや、おないっすよ。敬語使ってんのは舎弟だからっす」
綾は、てか、と胸の下で腕を組んだ。そして挑発的に細めた目を向けてくる。
「この身体、京香さんの年下だと思いますかぁ?」
「綾!?」
変な声を上げた水城さんに目を向ける。顔を赤くして身を抱く姿は、ごくりと唾を呑みそうなほど色っぽい。
それに、水城さんはスレンダーな体型だけど、その服を脱げば意外に……と思った時、思わず息を飲んだ。
ふわりとした白のレース素材、首元から肩まで透けるデザインのトップス。透明感ある白い肌とガーリーな白のトップスの上を、艶やかな黒髪が、分枝する小川のように、滑らかに流れている。スカートは座っているからよくわからないけど、グレーともブルーともつかない色が清楚な雰囲気を醸し出している。だけど、そこから伸びる細い足は艶かしくて。
服装はすごく似合っていて、可愛いんだけど、なんだろう。なぜかエロい。
「あら、あら、あら、あら。京香さん、やったすねぇ、作戦一個成功しましたよ」
見惚れていたのがバレたのか、綾はにちょにちょと嫌な笑みを向けてきた。一方で水城さんは、え、と目を丸くしていたが、何かに気づいたように、あ、と声を出した。
「か、かわいい、か?」
何も言い返せずにいる俺に、おそるおそる水城さんは問いかけてきた。
素直に言葉にするのが照れ臭く、頷いて答える。
すると、水城さんは恥ずかしそうに視線をうろつかせていたが、しばらくして高らかに笑った。
「よくやった、綾!」
「光栄の至り。昨日、急ぎ、服屋に走った甲斐がありましたっす」
「それにしても綾にファッションセンスがあったとはな」
「私にゃあ、ないっすよ。デビューした新人の服装を真似ただけっす」
「ああ、ファッション雑誌からか。ちなみに、どの雑誌だ?」
「違うっす」
「? じゃあ何?」
「AVっす」
「……何?」
「アダルトビデオの新人デビューっす」
沈黙の時間が訪れた。
なるほど、やけにエロかったのはそのせいか。まあでも、ぶっちゃけた話、男受け、という面においては、女優の服装が一番な気がする。普通にお洒落だし、コーディネートする人は凄い力量だと思う。
ただ、いくらオシャレで男受けするとはいえ、真似する人がいないのは。
「返せ! 私の2年分のお年玉を返せ!!」
「ひええ! 何でっすかぁ!?」
「ふざけんな! 『あ、AV女優と同じ服装だ』って指差されたらどうするんだよ! エロい女だと思われるだろ!」
わーわーやる水城さんと、(>_<)な顔をした綾を見ながら考えていた。
水城さん、セックスのセの字も知らなかったのに、AVのことは知ってるんだ。
「水城さん、よくAV知ってたなぁ」
「そりゃお前、この前に帰って調べて止まらなくて……って、違うわ!! うるせえわ!!」
今度は俺に矛先が向いたので、俺も(>_<)な顔をしておいた。
しばらくして落ち着いたあと、綾は、ふぅ、と息をついた。
「ま、そういうわけで、この『私服にドキッ☆作戦』どっちが考えたと思いますか?」
「やらないって」
「もぅ、頑なっすねえ」
「どうしたら受けるんだよ、てめえは」
「どうしてもやんないよ」
俺がそう言うと、しばらく沈黙の時間が流れる。
腕を組んで考えていた綾は、はあ、とため息をついた。
「ま、京香さんと付き合ったら色々なとこから妬まれるのはわかるっす。でも、そんなに好きになるのが恐いっすか?」
綾の言葉は的が外れている。でも、核心はついている。
だから、何か糸が切れるように、ふっと冷めたような感覚を覚えた。そのうち、心の中で何かがぐつぐつと煮えたぎり、それが迫り上がってくる。
「恐いのの、何がわりいんだよ」
そう言ったのは俺じゃなかった。強気な目をした水城さんだった。
「そりゃ悪いっすよ。びびったままじゃ、京香さんと付き合えるわけねえじゃねっすか」
「う、まあ、そうか」
「まあでも、今日の作戦のあとは、恐いとか考えられなくなるくらい、メロメロにしてやるっすけどね」
空気が萎え、俺まで萎え、気が抜けた。
「いいよ、やろう」
そう言うと、水城さんは目を丸くした。
「どうした急に?」
「ま、普通に楽しそうだし、いいかなあって」
「恐いんじゃなかったっすか?」
「別に俺だって、石頭じゃない。恐くなくなるんなら、そっちの方がいい」
「そっすか、じゃあオッケーっす! 楽しくいきましょう!」
俺は綾に待ったをかける。
「やるけど、その代わり、俺の思いが何も変わらなかったら、諦めて欲しい」
水城さんは、む〜、と唸る。
「それは受け入れられねえな。変わっても、変わってないって言えばいい話じゃねえか」
「まあまあ、京香さん。ここはある程度妥協しましょう」
そう言って綾は続ける。
「変わらなかったら、京香さんを諦めさせる側に私が回る。それじゃダメっすか?」
少し悩んだが、頷くことにする。水城さんは綾のことを信用していて、頼りにしているように見える。だったら、俺が言うよりも、綾の言うことを聞く可能性の方が高い。別の方法で復讐すればいい話なので、綾がいい方法を伝えれば、水城さんもそれを飲むだろう。
「わかった」
「おっけーっす! じゃあ、第一問はどっちでしょう?」
「水城さん」
「正解っす! じゃあ京香さん、一枚脱いでください!」
「それは有効なのかよ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます