第20話
「見てた?」
青山くんの問いに、私は黙って頷いた。
「見てたよ〜、湊ちゃん、殴られてたね」
「橘くん、揉めていましたね」
背中に声が届いて振り返れば、京香ちゃんと帝さん。どうやら、二人も気になったみたい。ちゃっかりとついてきていた。
また顔を前に向けると、青山くんと山田くんは困ったような表情をしていた。内緒事を聞かれて、言うかどうか迷っている、そんな顔。少しの間黙っていたが、青山くんはため息をついた。
「湊が関わった子が喧嘩したんだってよ」
「山川さんと海砂くんですね。たしかに、昼休みに口喧嘩していたように思いますが、そこまで拗れていたとは」
京香ちゃんがそう言うと、青山くんは話が早いと続けた。
「それで、その仲裁に来てくれ、って湊は頼まれたんだ」
「で、湊ちゃんが応じないもんだから、カッときて、ってところかな?」
「ああ。あのメガネの男子にとっちゃあ、友達なんだから、仲裁してくれて当然、そう思ってたんだろうさ」
揉めていた理由は単純で複雑だと思った。青山くんが言うように、メガネの男子は、仲裁に来てくれないことに怒ったのは間違いない。でも、それだけでなく、応じない湊くんの態度から、友達だと思っていたのに友達じゃない、と否定されたように感じてカッとなったんだと思う。他にも、冷たい態度や、ドライな考え方だったり、色々なことに納得が行かず、抑えきれなくなったのだろう。
メガネの男子の気持ちもわかる。だけど、湊くんが悪いようにも思えない。仮に友達であったとしても、仲裁しなければならないわけでもない。むしろ、面倒ごとを押し付けようとして、受け入れられなかったから怒った、そんなメガネの子に非があるようにも思う。
だから湊くんが悪いわけではない。湊くんの過去にあった話を聞いているから余計にそう思う。
でも、ただ……どこか寂しい。
「寂しい話ですね」
京香ちゃんもどうやらそう思ったようだった。
「まあでも仕方ねえよ」
「仕方ないのでしょうか。ただ逃げてるだけ、そう思うのですが」
京香ちゃんの言葉が直球すぎて、なぜか肝が冷えた。恐る恐る、青山くんと山田くんを見ると、目を丸くしていた。
「水城さんは容赦ないな」
山田くんはそう苦笑したあと、でも、と京香ちゃんに顔を向けた。
「結局さ、友達だったり、それ以上だったりはさ、なくてもいいものじゃん? そんな関係がなかったからといって、死ぬわけじゃねえし」
「だけど、あったら楽しいよ」
なんとなく山田くんの言うことを認めたくなくて、私はそう否定した。しかし、山田くんはそう答えるのがわかっていたように、頷いた。
「たしかに、楽しい。でも、楽しいからする、楽しくないからしないって、趣味の領域じゃないか?」
それは違う、そう言いたいけど、間違っているわけではない。ある種の正しさを認めてしまって、否定の言葉が出てこない。
「だからさ、友達とかそれ以上の関係を築くことが趣味の延長だとするのなら、楽しくないことから逃げてもいい、っつうか、逃げちゃダメな理由が見つからない」
山田くんがそう言うと、帝さんが、なるほど、と頷いた。
「で、湊ちゃんは、過去のあれこれから、そういう関係を築くことを楽しくないと思って、逃げてる、と」
「ま、そうだよ」
「ふ〜ん。まぁ湊ちゃん、バイトでもそれなりに人間関係を築けてるし、私も何も言えないかなぁ」
帝さんはそう言うけど、簡単に飲み込めない。それを認めるということは、恋人になれないことを認めてしまうようなものだ。だけど、事実として受け入れるならば……。
好きになること自体が迷惑なんだろうなぁ。
きゅっと胸が締まる。
恋人なんか作りたくない湊くんが、想いを寄せられて嬉しいはずがない。だから身を引かなくちゃならない。
でも、引きたくないな。好きだよ、恋人になりたいよ。
「あー、小野さん」
想いが顔に出ていたのか、青山くんと山田くんに、いたたまれないものを見るような目を向けられていた。
バレてたか、なんて軽く笑った声が、別の声に塗り潰された。
「んだよ、そんな理由かよ。恋人作りてえって考えに変えさせたらいいだけじゃねえか。あーあ、まじめに聞いて損した、何もかわってねえじゃん」
びっくりして、名前を呼ぶ。
「京香ちゃん?」
「え、あ。その、オホホホホ。知り合いならそう言いそうってお話ですわ」
京香ちゃんの言動、それを、空気を変えようとしてのものかと思ったのか、青山くんは笑った。
「ま、そうだな。たしかにその通りだわ」
今度は帝さんが言う。
「うん、元カノさんとは違って、付き合っても楽しいと思わせたらいい話だね」
また京香ちゃんが言う。
「私も、知り合いと同じ意見です」
たしかに、みんなの言う通りだ。くよくよしても意味がない。
落としづらい、というだけ。難しい恋というだけだ。
私も乗っかって声を出そうとした。だけど、山田くんが先に声を出した。
「そうそう。湊だって男だ。えっちしても無理だったなら無理だろうけど、そうじゃないなら、可能性はあるよ。ね、小野さん」
一気に場が冷え込んだ。
下ネタ言ってごめん、と山田くんが謝る中、内心思う。
無理なんかい!!!!
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