第18話


「気持ちよかった〜♡」


 つやっつやの鷲見ちゃんがベッドから出てコトが終わった。


 鼻歌まじりに浴室に入っていったのを見届けて、俺は服を着てベッドに倒れ込む。全身の倦怠感と脳の疲労感、それ以上の多幸感に包まれながら目を閉じた。


 絞り取られた……。


 とは言うものの、途中からは手首を解放され、自発的にも動いたわけで。いや、ほとんど責められていたので、やっぱ絞り取られたで正しい。


 しばらく、ぐったりと寝転がる。


「湊ちゃん、お湯ありがとう」


 声が聞こえて目を開ける。気づけば寝ていたようで、風呂上りの鷲見ちゃんが、ミニスカサンタの衣装を身に纏い、ぱたぱた、と手で顔を扇いでいた。


「いえいえ。ドライヤーあるけど、使う?」


 体を起こしてそう尋ねた。すると、首を振られる。


「ううん、今日はもう帰るよ」


「そっか、じゃあ送ってくよ」


「大丈夫、タクシー呼んであるから」


「いつのまに」


「会社で湊ちゃんの住所を調べた時に」


 情報漏洩とか、読みが優れすぎてるとか、色々ツッコミ所はあったけれど、疲れていたので口を出すのはやめておいた。


「でも気遣ってくれてありがとう、私の彼氏はイケメンだね」


「……彼氏じゃないよ」


 鷲見ちゃんは、ええ〜、と不満げな声を上げた。


「私の手管に骨抜きにならなかったの?」


「骨抜きにはなったけど、それとこれとは別というか」


「手強い。流石、水城京香とえっちしておいて、彼氏にならない男だぁ」


 鷲見ちゃんは、まぁ今日のところはこれでいっか、と続ける。


「気遣ってくれたのは情が湧いた証拠だもんね」


 そうじゃなくて、マナー。とは言い切れなかった。


 鷲見ちゃんの言う通り、たしかに、体を重ねて情は湧いている、だけど。


「期待を持たせてたら悪いから言うけど、俺は誰とも付き合わないよ」


「まあそう言っとけばいいさぁ〜」


 それより、と鷲見ちゃんは言った。


「湊ちゃん、上着かなんか貸してくれない? こんな時間にミニスカサンタで乗車したら、連れさらわれちゃう」


 冗談にしかならない言葉なのに、鷲見ちゃんの容姿のせいで冗談に聞こえない。


 俺は指を差して、口を開く。


「そこのクローゼットに羽織りものとかパーカーとか入ってるから、好きなものもってっていいよ」


 鷲見ちゃんは、わーい、彼シャツだ、とぴょこぴょこ喜んでクローゼットを開ける。ふむふむ、と物色したのち、あれ? と声をあげた。


「なんか落ちてるよ、プリクラ? 湊ちゃんと誰か女の人?」


 鷲見ちゃんが拾って見せてくる。


「あ〜、捨てたと思ったんだけど、コートかなんかの中に入ってたか」


 鷲見ちゃんは、何も言わずに俺に写真を渡してきた。軽い調子て言ったけど、表情は強張ってしまっていたらしい。これ以上、見ていたら余計硬くなるだけなので、ポケットにしまった。


「ふふん、これにするね! いいもん持ってんじゃん!」


 そう言って、鷲見ちゃんが取り出したのはシンプルなパーカーだった。


「そんなにいいもんかな?」


「いいかわるいかはおいといて、私、好きだよ。ブルーナボインのパーカー」


「何それ、ブランド名?」


「どうして持ち主が知らないんだよお」


「まあ貰いもんだし」


「うえ、彼シャツじゃないじゃん」


「そもそもシャツじゃないしね」


 そのツッコミを待っていたのか、鷲見ちゃんはケラケラ笑いながらパーカーを着た。


「じゃあ帰るね、湊ちゃん。服、また返しにくるから」


「了解」


 見送りに玄関外まで出ると、既にタクシーが停まっていた。鷲見ちゃんが乗り込むと、車のドアが閉まり、タクシーが走り去っていく。赤いバックライトが見えなくると、俺は部屋に戻った。


 ベッドの上に座って、一息つく。だけどすぐに立ち上がり、部屋の空気を入れ替えようと窓を開ける。


 涼しい夜風が肌を撫でる。見上げると、薄い雲が月の前をゆっくりと通り過ぎようとしていた。星も謙虚に煌めいて、ささやかな光を地上に降らせてるような、そんな気がする。


 そういえば、今日はいい夜だった。


 実感すると、つい物思いに耽ってしまう。


 小野さん、水城さん、鷲見ちゃん、三人もの同級生と出来た、体の関係。今後何もしなければ一度きりの関係。


 続ける? 終わらせる?


 欲求だけに従うのならば、続けたいのだろう。


 美少女との、水飴みたいなどろっと溶け合う甘い快感の共有。それは一度経験しただけなのに、渇望してしまうほどの中毒性がある。


 だから続けたくて当然。それに、鷲見ちゃんに言われた通り、情が湧いてしまっている。小野さんにふらりと話しかけに行きそうになったり、水城さんの朝の世話を焼いたりと、行動が情が湧いているという事実を裏付けてしまっている。


 欲望があって、情が湧いている。しかも、小野さんはともかく、他二人は恋人になりたいと言ってくれている。誰かの恋人になって、続けることに障害はないのかもしれない。


 だけど、続けられない。


 好きでもないのに付き合うとか、恋人でもない相手と何度もするもんじゃないだとか、相手にメリットがないのに騙してるような気持ちになるだとか、散々ある綺麗事もしっかり心に引っかかっている。


 加えて、何より、距離を縮めることができない。


 障害がないのだから、できないというのは正しくない、けど正しい。学校やめてふらふら遊んだり、嫌なやつをぶん殴ったりできないのと同じで、できるけどできない、そんな理性が働くのだ。


 ふぅ、と息をついて窓から離れる。


 そして俺は、ポケットにしまっていたプリクラをゴミ箱に捨てた。

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