第16話

「わぁ〜、男の子部屋、初めて入ったぁ!」


 ミニスカサンタと揉める男。そんな印象をご近所さんに与えたくないので、素直に部屋に招き入れたわけだけど……。


 この子、何しにきたんだろう。


 どうして俺の住所を知っているのか、なぜ半年も流行を先取りしたコスをしているのか、そしてそのコスのまま来たのか。聞きたいことは山ほどあるけれど、何の目的があって来たのか、という疑問が一番強い。


 というより、困る展開になりそうで一番気になるっていうのが正しいか。


「結構綺麗なんだね〜。もっと散らかってるかと思った」


「まあ、定期的に、掃除しよう、ってなるから」


「わかる〜。宿題とか、用事とか、テスト期間とか、やりたくないことが定期的にくるから、掃除に逃げちゃうよね〜。掃除だとあんまし逃げてる気がしないし」


「ごめん、それはわからない」


 鷲見ちゃんは、え〜、と言ったのち、あそうだ、と思いついた風に言葉を吐いた。


「台所借りていい?」


「別にいいけど、どうして?」


「男心を掴むのに、まずは胃袋からって言うからだよ!」


 白のサンタ袋から、色々と詰まったスーパーのレジ袋を取り出す鷲見ちゃん。どうやら、夕食を作ってくれるみたいだけど、甘えていいものか悩む。


 多分、鷲見ちゃんは、水城さんから俺の心を奪おうとしている。だから、わざわざコスプレをしたり、夕食を作ってくれようとしているのだろう。


 だけど、水城さんの彼氏でもなんでもないので、俺の心を奪っても鷲見ちゃんにとって何の得もない。だから、期待を持たせて料理を作らせたりすることに罪悪感を覚え、止めるかどうか悩むのだ。


「あのさ、鷲見ちゃん。料理を作ってもらえるのは凄く嬉しいんだけど……」


「水城京香の彼氏じゃないから、心を奪おうとしても意味がない。そう言いたいんだよね?」


「まあ、うん」


「ちゃんと分かってるから、湊ちゃんはそんなこと気にしないで!」


 そう言って鷲見ちゃんは、鼻歌まじりに調理にかかった。


 わかってて気にしないで、と言われてしまったら返す言葉がない。でも、ただ料理を待っているのもばつがわるい。


 せめて、と俺は声をかける。


「手伝いかなんかするよ。ただ料理を振る舞ってもらうのも悪いし」


「大丈夫だよ! 一人の方が多分早いし! テレビでもみててくんさいな!」


 そこまで言われてしまったら、もはや何もできない。俺は厚意に甘えて、ただ待つことにした。


 それから30分くらいして、鷲見ちゃんがテーブルに料理を運んできた。


 メニューは、肉多めの回鍋肉、エビチリ、空芯菜、最後にパックのご飯、と服装から想像がつかない、本格中華。見るからにどれも美味しそうで「凄い」とつい独り言が漏れた。


「ふふん、そうでしょう」


「いや、本当に凄いよ。まさか、コンロ二口、30分でこれだけの料理ができるとは」


「キッチンは人不足になりやすいから、まぁまぁシフトに入るんだよ。そのおかげで、それなりの料理は作れるようになったんだ」


 手際がいいのはそういうことか。料理を作る速さだけではなく、キッチンに目を向けると、使い終えた鍋、フライパンが布巾の上に置かれている。洗い物も終わっていて、本当に慣れているんだ、と思う。


「見てばかりでなく、お食べくださいな」


 促されて、箸を伸ばす。まずは、空芯菜。家庭で食べることなんてまずないそれは、シャキシャキとした食感、ごま油や赤唐辛子の高い香り、辛すぎず薄すぎずの味付けで、いくらでも食べれそうなくらい美味しい。


 次にホイコーロー。こっちは少し濃い目だけれど、それがいい。濃い味のキャベツはメインを張れそうなくらいの満足感があるし、肉を食べるたびに白米が欲しくなる。


 最後のエビチリは、酸味甘味旨味、全てがマッチしていた。エビの風味を殺さず、だけど生臭さを一切ださないソース。辛味が残って、後味が爽やかになるおかげで、食べたのに食べてないよう気さえした。


 とにもかくにも抜群に美味しい。


「本当に美味しい」


 鷲見ちゃんは、それはよかった、と笑い、エビチリの乗ったレンゲに、ふぅふぅ、と息を吹きかけた。そしてそれを目の前に差し出してきた。


「湊ちゃん、あ〜ん」


 口を開けられない。鷲見ちゃんがふーふーしたものを口に入れるのは、なぜだか、背徳感を覚える。


「あ〜ん」


「いや、恥ずかしいって。それに何かしちゃダメな気がする」


「あ〜ん」


 有無を言わせない、といった笑顔で鷲見ちゃんが蓮華を近づけてくる。仕方ないので、ぱくつく。さっきより甘くて美味しいような気がして、顔に熱が上った。


「よくできまちた!」


 パチパチと拍手した鷲見ちゃんに、餌付けされながら、それからも食事を続けた。


 食事を終え、食器を手に取って立ち上がろうとした鷲見ちゃんを制す。


「洗い物くらいはさせて」


「ううん、私がやるよ」


「いや、それは流石に悪いよ」


 そう言うと、鷲見ちゃんは、そっか、と立ち上がり、俺の方を向いた。


「じゃあ気をつけ」


 小さくて可愛い鷲見ちゃんから、覇気的なものが放たれ、つい気をつけの姿勢をとる。


「休め」


 今度は軽く足を開いて後ろに手を回す。


「じゃあちょっとそのまま」


 鷲見ちゃんは食器を流し元に置くと、手を洗った。そして帰ってきて、ごそごそとサンタ袋に手を突っ込む。


「休めのまま待ってて」


 鷲見ちゃんが、俺の後ろに回った瞬間、きちきち、という音とともに、手首に圧迫感を覚える。


 動かそうとするも全く動かなくて焦ってしまう。


「ちょ、鷲見ちゃん、何したの!?」


「結束バニュドを巻いただけだよ♡」


「可愛く恐ろしいこと言わないで! それにそんな夢のないものをサンタ袋から出さないで! どこの子供がそれ欲しさに靴下つるしてワクワクしてるんだよ!」


 そんな俺のツッコミを無視して、鷲見ちゃんは言った。


「三好、ちょっとわりにあわないって思っただろ」


「え、何!? 三好って誰!?」


「ここで、ただの料理とあ〜ん。あの水城京香から男を奪うというのにそんなもんかって。へっ、安心しろ、すますわけねえだろ! そんなもんで!」


 鷲見ちゃんに胸を押されて、どさり、とベッドの上に倒れ込む。体を起こそうとしたが、鷲見ちゃんに乗っかられてしまう。


 首を起こすと、鷲見ちゃんの黒い笑顔が見えた。


「湊ちゃん、私見ちゃったんだ。ゴミ箱の中」


 明言はしなかったが、鷲見ちゃんが何を見つけたかわかった。

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