第14話

「覇者に必要なものって何かわかる?」


「はしゃ?」


「うん、覇王の覇に、強者の者で覇者」


 覇者。おおよそ告白からかけ離れた言葉を聞いて、困惑せずにはいられない。


 鷲見ちゃんを見る。


 銀髪碧眼のロリコンの琴線に触れちゃうくらい小さな女の子。纏う空気すら柔らかそうな女の子。


 そんな子が……覇者?


「で、覇者に必要なものって何かわかる?」


「ええ、力とか地位とか金とか?」


 わけのわからないままそう答えると、首を振られる。


「違うよ、それは覇道を進む最中におまけで得られるもの。必要と言えば、必要だけれど、最初からそれらを持っていたところで覇道を歩むことはできないんだよ」


「じゃあ、何?」


「根拠の弱い自信。これが覇者に最も必要なものなの」


「はあ」


 それがどうした、という意味でした相槌。だけど鷲見ちゃんは、俺がよくわからないからした相槌と捉えたのか、なんか語り始めた。


「例えば、圧倒的な不利状況、勝利など不可能としか思えなかった桶狭間の戦い。奇襲のために一刻も争う状況、そんな中、織田信長は悠長に熱田神宮に寄った。どうしてかわかる?」


「わかりませんけど」


「神に祈願したのだから、絶対に勝てる。そんな根拠の弱い自信を得ようとしたの」


 なんて言っていいのだろう……。

 

 黙っていると、鷲見ちゃんは「どうしてそんなことをしたのか、って言いたそうな顔だね」と話を続ける。


「自信があればバカになれる。迷いの代わりに、推進力と積極性が生まれる。そして、人の最大のパフォーマンスを引き出すことができる。結果として、織田軍は、敗北など思いもしないような戦いぶりで勝利した」


 だから、と鷲見ちゃんは続ける。


「世界の覇者たちは、神託や占い、そういった類のものに大金、時間、大いなる労力を費やしてきたんだよ。すべて、根拠の弱い自信を得るためにね」


「はあ、そうなんですか」


「うん。スケールを狭めると、トップアスリートたちなんかは、こぞって自信という単語を口にして、練習、試合を行うし、投資家、起業家なんかは根拠の弱い自信で事を起こした結果、今の地位がある」


 俺は、そろそろいいかな、と思って、ずっと言いたかった言葉を放つ。


「それが告白するのに、何の関係があるの?」


「もちろん、根拠の弱い自信のため。湊ちゃんを奪って、世界一可愛い、という自信を取り戻すためだよ」


 びしっと指を差してきた鷲見ちゃんを見て思う。


 この展開、見たことあんなあ。しかも昨日。


「ま、そういうわけだから、湊ちゃん。私と付き合って」


 多分、何か誤解をしていると思う。解くために、詳しく事情を聞くことにする。


「鷲見ちゃん、質問いい?」


「どうぞ」


「まず、世界一可愛い自信を取り戻すため、っていうのがよくわからないんだけど。俺を奪うっていうのもよくわからないし、どういうこと?」


 ふむふむ、と鷲見ちゃんは可愛く頷いて答える。


「私はね、世界一可愛いと思って生きてきたの。どんな女優より可愛いを知ってる、どんなアイドルより綺麗な魅せ方を知ってる、魔法の鏡にはきっと私が映る、だから世界一可愛い。そんな根拠の弱い自信を持って生きてきたの」


 鷲見ちゃんは遠い目をして語る。


「実際に可愛いを活かして配信業は成功。企業がテレビ局に大金はたいて買う僅かな時間、それを私は、無料で、無限に手に入れた。その調子で、これからも、可愛いを使って覇道をつき進むつもりだった」


 だけど、と鷲見ちゃんは続ける。


「高校に入った時、あの子が私の前に現れた。そして決して揺らがなかった、世界一可愛い、という自信がぐらぐらと揺らいだ」


 鷲見ちゃんは、悔しげに可愛く歯がみする。しばらくの時間が流れ、抑え切れないといったように口を開いた。


「水城京香! あの子、何であんなに可愛いねん!」


 急に関西弁になって、可愛く地団駄を踏み始めた。


「うちが超頑張って可愛い作ってんのに、天然で可愛いことばっかすんのずるすぎんねん! 頑張って優等生みたいな感じ出してんけどポンコツって可愛すぎるやろ! なんかあったらすぐ照れるし、時折言葉ぎこちななるし———」


 しばらく、ぷんすこ恨み言を連ねた鷲見ちゃんは、急に我に返り、こほん、と咳をした。


「ま、まあそういうわけで、湊ちゃんを水城京香から奪って、世界一可愛い、を取り戻したいの」


 しばらく静聴した結果、なんとなく事情がわかった。どういうわけかは知らないが、俺と水城さんが恋人関係にあると誤解し、彼氏を奪うことで自信を取り戻そうとしている。そんなところだろう。


「あのさ、鷲見ちゃん。俺を奪おうとしない方がいいよ」


「モラル的に? 大丈夫! 私、しもふり肉買い込むタイプだから、人のものとか気にしないよ!」


「そういうことじゃなくて、俺は水城さんと付き合っていないからだよ」


「え、水城京香と付き合っていないの?」


「どうしてそう思ったの?」


「朝、二人乗りで登校してたよね?」


「それだけ?」


「うん」


 鷲見ちゃんはこくりと頷いた。水城さんの時みたいに写真を撮られてたりとかはなさそう。なら、付き合っていないことを説明して話は終わりだ。


「たまたま出会して、学校に間に合わなそうだったから、二人乗りしてただけだよ。だから、水城さんとどうこうって言うのはないから、鷲見ちゃんが俺と付き合う必要はないと思う」


「そっかぁ」


「うんじゃあ、そういうことで」


 屋上から去ろうとしたが、待って、と声をかけられて足を止める。


「湊ちゃんが何を勘違いしてるか知らないけど、奪うことには変わらないよ?」


「え、何で?」


「だって今日見た水城京香の顔、今までで一番可愛かったから」


 その時、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。


「あ、やば! 早く帰んないと! じゃあまたね、湊ちゃん!」


「え、あ、ちょっと」


 ぱたぱた、と鷲見ちゃんは駆けていった。






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