第13話


「みみみみ帝様!?」


 青山は信じられないと言った風に鷲見ちゃんの名前を呼んだ。


「やっほ、青山くん」


「ど、どうして下賤な私の名など!?」


「人の名前を覚えるのは、人心掌握の第一歩だからね〜」


「さ、さすがでございます、帝様!」


 青山は感激しているが、こんな怖い理由で名前を覚えられて嬉しいものか、と思う。


 いや、何であれ嬉しいか。


 息を飲むほどの美少女で、お嬢様で、大人気配信者。加えて、今みたいに、軽いノリをして笑ってくれる。誰相手でも、距離を作らず、態度を変えず、容姿からかけ離れた陰キャに優しい陽キャみたいなキャラクターの女の子。そんな陰キャほいほいの彼女に、名前を覚えられて嬉しくないはずがない。


「褒めてくれてありがとう、青山くん。もっと褒めて欲しいんだけど、今日はちょっと用事があって」


 鷲見ちゃんはそう言って、俺の方に顔を向けてきた。


「バイトか何かの用事?」


「ううん、ちょっと付き合って欲しくて」


 何かの手伝いだろうか。俺に話を持ってきたことに、疑問を覚える。だけど、頼み事するのに自社の社員の方が頼み安い、とかそんな理由だろう、そう思って、軽く頷いた。


「いいよ」


「やった。これで、今日から恋人だね!」


「『付き合って』『え!?』『仕事頼みたいから、ちょっと付き合って』『あ、ああ、そう言う意味ね』ってパターンはよく見るけど、逆は初めて見たなあ」


「斬新でしょ?」


「斬新、斬新。それで、何すればいいの?」


「ん? 恋人になったから用は終わったけど?」


「え」


 空気が凍る。話が聞こえていたのか、クラスメイトたちもこっちを見て固まってしまっていた。


 あまりの居心地の悪さに、俺は慌てて立ち上がる。


「す、鷲見ちゃん、ちょっと、場所変えてお話しようか?」


 いいよ、と頷いた鷲見ちゃんを連れて、屋上へと移動する。


 階段を上り、扉を開くと、冷たい風と短い声に出迎えられた。


「あ」


 小野さんと、たしか隣のクラスの女の子が、ドアの開閉音につられてか、こちらを見ていた。女の子の表情は強張っていたが、緊張が解けたように次第に緩んでいく。逆に小野さんは次第に張り詰めていく。


「あ、あ、人来ちゃいましたね。小野さん、そ、その場所変えますか?」


 小野さんは俺と鷲見ちゃんを見比べて言った。


「ここでいいんじゃないかなあ」


「うえっ!? そ、その、それは流石に恥ずかしい、といいますか……」


「あ、ごめん。う、うん、そうだよね」


 そう言って、歩き始めようとした小野さん。


「いやん、湊ちゃん。屋上に連れてくるなんて、そんなに、ちゃんとした告白をして欲しかった? 仕方ないなぁ、ドッキドキのやつ、してあげる!」


 だけど、鷲見ちゃんの言葉で足を止めた。


「やっぱ、ここでいいんじゃないかなあ」


「ええ!? 小野さん!?」


 わたわたと慌てる女の子、俺の方をじとっと見てくる小野さん、「もっと端っこ! 空背景! ってところ行こうよ、雰囲気出るし!」と手を引いてくる鷲見さん。


 教室の空気も大概だったが、屋上のカオスな空気の方が辛い。それに雰囲気からすると、告白の最中だったぽいし。


 俺は一刻も早くここから逃れたくて、口を開いた。


「あの、鷲見ちゃん。お邪魔っぽいし、場所変えようよ」


「もう私は、屋上で告白することに決めたのです!」


「ええ……」


 問答無用、という風に、鷲見ちゃんに引っ張られていく。


 屋上の端にたどり着くと、俺たちが居座ることを知って、気まずそうな困った顔の女の子。変わらずじと〜とした暗い目の小野さんに見守られながら、鷲見ちゃんの告白が始まった。


「橘くん、好きです。私と付き合って」


 言葉こそシンプルだけれど、仕草はドキッとするものだった。


 手をもじもじと絡ませながら俯いて、声を出そうとしてはやめるを繰り返し、少し頬を赤らめ、青空に映える泣き笑いのような表情での告白。


 日を浴びた白波のようにキラキラと輝く銀髪をなびかせ、小柄な体躯でめいいっぱいのしなをつくって答えを待つ姿は、どこに目をやればいいかわからないほど魅力的だった。


 声も綺麗で、小さいのによく通る声で、体の芯まで響くようなそんな感覚がする。


 だからこそ思う。


 嘘臭え。


 これが本気のやつだったら申し訳ない限りだけれど、あまりに作られすぎている。水城さんの件があるから余計そう思う。


「ふふっ、次は貴方の番だよ。私たちのことは気にしないで」


「は、はい!!!」


 勇気をあげる、と言わんばかりに女の子に声をかけた鷲見さんには、勇気をもらった感じの女の子には悪いんだけど。


「ごめんなさい」


 俺はそう断った。


「その、実は前から」


「どうして、湊ちゃん?」

「彼女を作る気がないっていうのが第一だけれど、鷲見さん俺のこと好きじゃないでしょ」

「うん」


「かっこいいなぁって思ってて」


「でも付き合いたいの」

「何か裏があるでしょ」

「ばれた?」


「私と、私と……」


「いいじゃん付き合おうよ」

「一般論として裏があるのをわかってて付き合う人はいないと思う」

「お堅いなあ」


「こんな縁起悪いところで告白なんかできるか!」

「きゃ、きゃあ!」


 切れた女の子に手を引かれて小野さんは、屋上から出ていってしまった。


 ばたん、とドアが閉じると、俺は、二人がいなかったことにして、鷲見ちゃんに尋ねる。


「どうして俺と付き合おうと思ったの?」


 鷲見ちゃんはいい笑顔で答えた。


「覇者に必要なものって何かわかる?」

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