第10話
ベッドでぐっすり眠っている水城さんの頬を突っつく。滑らかでモチモチと柔らかな感触を確かめるように何度も突っつく。
「ふにゃあ」
水城さんは、猫みたいな声を出し、猫が顔を洗うみたいに眠気まなこを擦る。
「朝だよ」
「んにゅう」
可愛い声を出して、上半身だけむくりと起き上がった。そして、布団からゆっくり出て、視線を下げた。透明感ある真っ白な裸体を見てか、顔がみるみる赤く染まっていく。
「て、てめえ!!」
「ほら、服着て」
真っ赤になった水城さんの前に畳んだ衣服を置く。
「洗濯して、乾燥機かけた浴室で干したから、気にしなくていいよ」
「誰も、んなこと気にしてねえよ!」
「下着は手洗いしたから安心して」
「だから! んなこと気にしてねえ!! いや、乙女の下着を手洗いすんな!!」
「ごめん、ごめん」
「変態!! こっち向くなよ!!」
怒るに怒れず、ぐるぐる唸りながら着替える水城さんを無視して、朝食の準備をする。
時刻は七時半、学校から近いので、八時半に出れば間に合う。だけど、女の子は準備に時間がかかるというのが相場なので、一時間前に起こした。まあそれでも、余裕はないかもしれないけど、これ以上早く起こすのは可哀想だった。
「眠い」
「ほら、カフェオレ淹れたから、これで目を覚まして」
そう言うと、水城さんは唇を尖らせた。
「お前が、あんな遅くまでヤるからだぞ」
「0時にシャワー浴びた後、ねだってきたのは水城さんだよ?」
「うっ、それはそうだけど……」
昨日、もはや今日のことを思い出したのか、ぼん、と音を立てそうなくらいに顔を赤らめる水城さん。いじっちゃ可哀想だと思い、意識を別のものに移すため、朝食を勧める。
「ほら、トーストとゆで卵。水城さんの分もあるから」
水城さんは、どんぐりを齧るリスみたいにトーストを食べる。
「美味しい、何これ?」
「パン屋さんにもらった食パンを厚切りにして、それにツナマヨのパスタソースかけて焼いただけ」
「今度私も作ってみようかな。あ、カフェオレ、甘い」
和やかに朝食を終える。
「メイクすっから、鏡借りていいか?」
「どうぞ。新しい歯ブラシもだしといたから」
「そっか、さんきゅ」
和やかに身支度を終える。
「テレビつけていいか」
「どうぞ」
「アナウンサーの口調、頭に入れとかねえとな」
「へえ、優等生演じるために、そんなことまでやってるんだ」
「中学の頃の友達と話したあとなんかはよくやってますね」
「すごい、清楚な水城さんだ」
和やかに朝の時間を過ごす。
「そろそろ、学校行こうか」
「そうですね、その前に、その……橘くんは私の彼氏ってことでいいんですよね?」
「いや、違うけど」
「ご、ごめんなさい。私が橘くんの女の間違えでした」
「それも違うけど」
「は? じゃあなに?」
「知り合い?」
和やかな空気が霧散した。
「ふっざけんな! こちとら、セックスのセの字も知らなかったんだぞ!」
「いやまあ、それについては悪いと思ってるけど、彼女を作る気はないんだよ。また何か、償う方法を考えとくよ」
写真を消してもらう条件だった、ということは流石に口にしなかった。だが、そのことは水城さんもわかっているのか、食い下がることはせずに、うう、と唸った。
「彼女作らないことに、何か理由があんのか?」
「まあね」
素っ気ない返しをしてしまう。すると、水城さんは、ため息をついた。
「別に償うとかはいいよ、そういう約束だったし。そん代わり、つーのもおかしいけど、理由、話したくなったら、ちゃんと話しにこい」
器の大きさに感嘆しながら頷く。素直にお言葉に甘え、そうすることにした。
部屋を出て、鍵を閉め、駐輪場からママチャリを取ってくる。
「学校からこんなにちけーのに、チャリ通なのかよ」
「うちの学校、色々と自由だからいいよね」
俺が自転車にまたがると、何も言わないうちに、水城さんが荷台に座った。
重いひと踏み、ふた踏み目を漕ぎ出して、重心を安定させる。
「途中まででいーわ。二人乗りしてんとこ見られたくねーし」
「了解。あと、もうちょっと前に乗れば? 危ないよ?」
「っせーな! ドキドキすんだよ!」
何のドキドキだよ、と思いながら、人目のつかない路地の方を選んで、学校へと向かう。
「〜♪ あ」
車輪っぽい唄を歌っていた水城さんが短い声を出した。
「どうかした?」
「知ってるやつがいたから」
「どこに?」
「通り過ぎた脇道。そいつに最近、見られてる気がするんだよな」
「はあ」
それから途中で水城さんを降ろして登校した。
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