第4話
「悪い、遅れた」
A組。人だかりを掻き分けて、俺はそう言った。
「遅いぞ、湊。座れ」
「湊くん、早く座って」
コック服姿の男と、藍色のエプロン姿の女の子に促されて席に座る。机が三つ並べられていて、隣には、ぐるぐる眼鏡のぽっちゃり男子と、綺麗な女の子。どうやら今日の審査員は、俺含めたこの三人らしい。
「それでは最終戦を始めます」
隣の綺麗な女の子がそう言うと、目の前には二つのお弁当が置かれる。和風のものと洋風のものだ。
「ふむ。これは、見事。山川女史の弁当は、西京焼き、おそらく銀鱈をメインとし、色鮮やかな筑前煮をはじめとした副菜の数々、そして冷えて尚ふっくらとした炊き込みご飯。シンプルながらも、健康、栄養、そして見た目、香りにこだわった弁当だな」
ぐるぐる眼鏡のぽっちゃり男子はさらに解説を続ける。
「海砂殿の弁当は、がっつりとしたステーキをメインとし、副菜は素材の味そのもの茹で野菜。シンプル、だが、だからこそ、肉の焼き加減、味付け、野菜の茹で具合、と技術が求められる高度な弁当である」
解説を聞いた、ギャラリーは、おお、と感嘆し、美味そうだなんだと歓声をあげる。
「美味しそうです!」
手を合わせて目をキラキラ輝かせる綺麗な子を見たのか、何人かがズキュンと胸を押さえた。
俺も何かしたほうがいいのかも、そう思うけれど、何もできることはないので、静かに箸を伸ばして、弁当を食べる。
うん、うまい。
食通でもなく、綺麗どこでもなく、その程度の感想しか出てこない俺が、なぜ審査員をしているかというと、単純に言い出しっぺだからだ。
高校に入ってすぐのこと。この街のライバル料理店の倅が、同じクラスで喧嘩している、そんな噂を聞きつけた俺は、楽しそう、と思って駆けつけた。それから紆余曲折あって、俺が提案した料理の勝負で決着をつけることになり、大掛かりになった今も審査員を続けているわけである。
「それじゃあ、そろそろ決めましょうか」
綺麗どころの女の子がそう言って、判定に入ったので、俺は真っ先に手を上げる。
「海砂くんの弁当に一票。冷えてあんなに美味い肉初めて食べた」
俺の感想に、周囲からは、流石一般人代表、という意見が飛び交う。
「私は山川さんのお弁当かな。味付けが薄いわけではないのに、優しくて、すごく美味しかった」
感想までかわいい〜、と何人かがだらしない顔に変わる。
二人の意見が割れて、1-1。今までの戦績は5-5。最終戦、勝敗は食通のぐるぐるめがねんに託された。彼はまるでにゃるふのお父さんみたいに手を組んで重い口を開いた。
「引き分けだ」
はあ? と反感の空気が立ち込めたが、すぐに霧散する。
「山川女史の弁当は味付けに優れ、非常に美味。だが、和食の肝たる素材の調理法、野菜の茹で具合や肉の焼き具合に欠点がある。もう少し、火を入れるべき、入れないべき、という料理が多々あった」
めがねんは海砂くんに目を向ける。
「逆に海砂殿は、素材の調理は完璧と言っていい。だが、肉の味付けが濃い。素材の味を殺してしまっている」
めがねんは、二人を何度か見た後、最後に告げた。
「だから僕は引き分けとする。そして今後は二人が手を取り、互いの欠点を埋め合うことを強く望む」
しばしの静寂のうち、なぜか拍手が起こった。
最初から最後まで何だったんだろうこれ。
そんな感想を抱きながらも、海砂くんと山川さんが仲直りの握手をしていたので、よしとする。いや、よしとしていいのか。めんどくさいしいいか。それに、楽しそうなことを思いついた。
「よし、それじゃあ仲直りした記念に、今日は遊びに行こう」
戸惑って目を丸くする、海砂くんと山川さん。
今の今まで嫌いあっていたので一緒に遊びにいく、という発想はなかったのだろう。戸惑い、躊躇うのも無理はない。
でも俺としてはそれがいい。嫌いあっていたのに急に仲良くなった、その距離感でどう接するのかを見るのは楽しそうだ。
「ふむ、いい提案だ、橘くん。僕も一緒に行こう」
なぜか、めがねんも乗り気になったけれど、まあいい。というか、むしろいい。周囲が乗り気になればなるほど、二人は断りづらくなる。
結果、二人が遊ぶ約束をして、その場はおひらきとなった。
A組を出て、廊下を歩き始めた時、背中に声が届いた。
「待ってください」
振り向くと、そこにはさっきの綺麗どこの女の子。
長く艶やかな黒髪。気の強そうな目、長い睫毛、すっとした鼻、と冷たい美人ってパーツだけど、浮かべる笑顔が柔らかくて可愛い印象の方が強い。スレンダーだけど胸は目が奪われるくらいにはあって、黒タイツで隠された長い脚は美脚というほかない。
イラストで例えるならば、黒髪ロングの風紀委員が、子猫を抱いているみたいな感じ。そんな雰囲気を常に醸し出している清楚系の美少女。小野さんとともに学園一二を争う美少女。
俺はそんな彼女の名前を呼んだ。
「水城京香さん、どうかしました?」
麗かな春の日差しのような、にこっと明るい笑顔を浮かべて水城さんは言う。
「今日の遊び、私も一緒に行っていいですか?」
この時はまだ、彼女とヤることになるなんて、思いもよらなかった。
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