第5話
ピンが倒れる、カコン、とした快音が鳴っていた。
俺はボーリングの球を持ちながら、海砂くんと山川さんの様子を眺める。
「お、重いから運ぶよ」
「あ、ありがとう」
海砂くんが山川さんが運んでいたボールを持ってあげていた。
ぎこちなくて可愛い。
つい、にやけてしまっていると、めがねんに、おい、と声をかけられる。
「橘、早く投げろよ」
「うん、ごめんごめん」
俺はボールの穴から親指を抜いて、軌道を想像しながら投げた。ボールはガーターのレーンぎりぎりで曲がり始め、弧を描いてピンにぶつかる。ぱこん、と音が鳴って、ピンが全て飛んで行った。
「ストライクだぁ!」
そう言って水城さんが両手をあげて寄ってきたので、ぱちん、と手を合わせる。ハイタッチが終わって手は下げられたが、水城さんは動こうとしない。それどころか、俺をじっと見つめてくる。
「どうかした?」
そう尋ねると、水城さんは、唇を尖らせて、べつにぃ〜、と言った。
***
〜〜〜♪
めがねんが熱唱しているアニソンを聞き流しながら、俺は二人の様子を眺める。
「お、オレンジジュースでよかったよね?」
「ど、どもです」
ぎこちなくて可愛い。
ニタニタしていると、ずい、と水城さんが肩を寄せてきた。
「ねえ、橘くん。一緒にこの歌、歌ってくれませんか?」
「ああ、別にいいよ」
知っていた歌だったので、軽く頷いた。なのに、水城さんは、ぷくーと頬を膨らませた。
***
紺色に染められた時間。白い明かりが漏れ出る駅前で三人に手を振る。
「またな、湊、水城さん」
「今度もう一回遊ぼうね、橘くん、水城さん」
「ぐっばい、ぶろ」
放課後は楽しかった。ボーリングでは、海砂くんが山川さんの球を運んであげてたり、カラオケでは山川さんが海砂くんの飲み物を取ってきていたりして、ぎこちないながらも互いに仲を深めようとする姿が可愛かった。
今日も楽しかったな、と、くっと、伸びをしていると、水城さんに尋ねられる。
「橘くん、これからどうするんですか?」
「ん? あとは帰るだけだけど?」
そう言うと、水城さんは、もしよろしければいいのですが、と前置いて尋ねてきた。
「二人で……遊びにいきませんか?」
二人で、か。
どうして二人で遊びに行きたいと思ったのかわからない。でも深く考えるのはやめた。水城さんがどんな意図をもってようが、とくに問題はないからだ。
俺にとっての問題は楽しいかどうか、楽しくないことはしたくない。
水城さんと何をして遊べば楽しいんだろう。いや、俺が考えない方が楽しそうだ。
「いいよ。何するか、水城さんが決めてよ」
「私が……ですか?」
俺は頷いた。
「水城さんみたいな清楚な人が、何して遊んでいるのか、興味がある」
そう言うと、水城さんは、えーとっと苦笑いをみせた。
俺が楽しめるかどうか悩んでいるのかな?
水城さんの清楚な感じからして、古書めぐりだとか、アンティークなカフェで茶を嗜んだりが趣味なんだろう。たしかに、人を選びそうなことだけれど。
「大丈夫だよ、俺、大体のことは楽しめるから」
言った通りだ。つい最近も、おっさんと女児用ゲームを楽しめたくらいだ。
少しの沈黙ののち、水城さんは口を開いた。
「それじゃあ、ついてきてくれますか?」
俺が頷くと、水城さんは歩き始めた。
繁華街を抜け、大きな道路沿いを進み、路地に入ったところで水城さんは足を止めた。
「ここです」
「ここ?」
「はい。結構きてるんです。人が少なくて、遊びやすいんですよ」
へえ、意外。
そう思わざるを得ないのは、目の前に古びたゲームセンターがあるからだ。
看板のライトが一部消え、ペンキが垂れたようなあとがあるそんな所。入ってみると照明が薄暗く、ゲーム筐体の音がやかましく響いていて、なおかつ小狭。とても清楚な優等生が来るようなところではない。
「これで遊びます!」
意気揚々と水城さんが選んだのは、プリクラ、UFOキャッチャー、音ゲー、格ゲー、レースゲーではない。箱型、液晶パネル、三つのボタンに、レバー。もっと言えば、濁りそうなやつと時が戻りそうな盾がついたピンク筐体。つまりはスロットだった。
水城さんは躊躇わずに台の前の椅子に座り、「ささ、どうぞ」と隣の台の前にあった椅子を引いた。
俺は戸惑いながら座り、水城さんを眺める。
意外すぎる。いや、流石に意外すぎる。
おそらくだ。このアニメのファンか何かで、これで遊びたいけど、周りの目が気になって遊べない、だけど遊びたい。そんな思いで、俺を誘ったのだろう。
「あぶない、あぶない。スイカ取りこぼしちゃいそうになりました。この台、白7見にくいんですよね」
どうやらそうではないらしい。何か専門用語を使っていて、何言ってるかわからない。
「ふむふむ、弱チェの落ちはいいですね。設定が上なら、マジチャも期待できます」
「んー、モード的に、このゲーム数だから直あたりかと思ったのですが、違いましたね。おそらく、さっき引いた強チェからでしょう」
「まーた、さやこ」
それからも、水城さんは理解不明のことを言っていた。
「上乗せ10ゲーム、駆け抜け……」
ひとまず終わったみたいで、残っているクレジットを消費して水城さんは立ち上がった。
「こんな時間まで二人きりで遊んじゃいましたね」
遊んでたのは君一人。そう言おうとしたが、やめて頷く。
「デートと捉えてもいいのでしょうか?」
「考え方は人それぞれだと思う」
「今日一日、橘くんと遊べてすごく楽しかったです」
「それはよかった」
「ですので、よろしければ、お付き合いしてこれからも遊んでくれませんか?」
「ごめんなさい」
スロットからの流れるような告白。そして流れるようにお断り。付き合わない理由はシチュエーションではないけれど、流石にこのシチュエーションはないと思う。
「……どうしても、ダメですか?」
潤ませた上目遣いで尋ねてきたけれど、俺は断る。
「ごめんなさい」
しばしの沈黙ののち、水城さんは、ふん、と髪を掻き上げた。
「仕方ないわね! 私が付き合ってあげる!」
「ツンデレでもダメです」
「たーくんのこと、小さい時からずっと好きだったの」
「幼なじみでもダメです」
「お兄ちゃん、すき!」
「妹でもダメです」
「私とあなたは前世でつがいだったの」
「中二病でもダメです……ってか、なんでもダメです。恋愛的に好きじゃないし、それに俺は……」
水城さんは俯いた。
強く言いすぎたかもしれない。今まで接点もほぼなかったし、状況もあれだけど、水城さんの気持ちが本物だとしたら、デリカシーにかけた発言だった。
申し訳なくなって、俯く水城さんに声をかけようとすると、胸を押された。そしてそのままじりじりと壁際まで追いやられ、手が顔の横を通り過ぎて、ドン、と鳴った。
「チッ、だりいなぁ。私だってアンタんことなんて好きじゃねえよ」
その口調は、丁寧な言葉遣いより、しっくりきた。
「しのごの言わずに、私の男になれ!」
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