第3話


「なあさ、湊。お前、AVの白ドーナツってどう思う?」


 昼休みに入ってすぐ、前の席、鬼畜眼鏡といった容姿の山田に話しかけられた。


「白ドーナツって何?」


「あの、目に入ってるハイライトみたいなやつ」


「ああ、あれ。実際、何なんだろう。あれってどこの誰に需要があるの?」


「需要どうこうはおいておいて、最近はハート型の白ドーナツがある」


「はあ。一体、何が言いたいの?」


「言いたいことはあれだ。小野さんの目に、ハート型の白ドーナツが見える」


 こいつは何を言っているのだろう、と山田を冷たい目で見ていると、スポーツ万能の超イケメンが声をかけてきた。


「うい〜、湊、山田。何話してたん?」


「青山か。山田が行くのは、眼科か脳外科、どっちがいいか、って話だよ」


「おい湊! 何もそんな話していないだろ!」


「じゃあ何の話?」


「小野さんの目にハート型の白ドーナツが浮かんで見えるって話だ!」


「なるほど、俺は脳外科に一票」


 山田は、青山に、お前に言われたくない、と続ける。


「脳外科は青山がいけ! そして12歳以上の女に興味を持つようにしてもらえ!」


「無垢なる少女の素晴らしさは科学を超える。例え手術で脳を奪われたとしても、心を奪うことまではできない。逆に、それを言うなら山田、お前のブラコンを直してもらえ」


「無理だ。俺の弟への愛は世界を超える。はるか昔、神話の時代から続く愛の一つである兄弟愛が、人間風情の手では変えることができない」


 一刻も早く脳外科で看てもらうべき二人だが、それなりに男女から人気がある。だが、不思議ではない。山田は勉強面で優秀、青山は運動面で優秀、そして二人に共通して、小さい子、弟に対する愛から世話焼きな面がある。加えて性癖以外は普通なので、親しまれるというわけだ。


 そんな二人と教室でよく一緒にいる。青山とは子供の頃からの腐れ縁、山田とは席が近い、それだけの理由で一緒にいる。いや、単純に一緒にいて楽しいからいる。


「はぁはぁはぁ。どうして俺たちは争っていたんだろう」


 しばらくの口喧嘩のあと、肩で息をして青山はそう言った。


「わかんないなぁ。山田が小野さんの目がどうとかって話までは覚えてるんだけど」


「そう! 小野さんだよ! 小野さん! なあ、湊……」


 山田がそう言ったとき、春風のような耳障りのいい音が耳を撫でた。


「私の名前、呼んだ?」


 目を向ける。気づけば、そこに小野さんが立っていた。


「あ、その、えと、その」


 山田はこめかみに汗を流してどもった。そりゃ、AVの白ドーナツがあなたの目に浮かんで見えたんです、とぅるりらるら〜、とは言えない。問い詰められたら、非常に困る。


 俺も何か言い訳考えておくか。


 そう思い、ネタを得ようと、小野さんを見る。


 目が合う。


 そのままじっと見つめ合う。


 打ち上げ花火が空へ昇っていくような時間が流れて。


 浮かんだ。


 ハート型の白ドーナツが。


「じ、じつは、次の生徒会選挙で誰が会長になるかを考えていて」


「そうなんだ〜。でも私、なる気ないから、推されてもこまるよ〜」


 山田の苦しい言い訳と、それを笑う小野さんの声を聞きながら、目を擦った。そしてもう一度小野さんの目を見る。


 実際にハートがあるわけではなかった。


 でも、浮かんでる気がするなあ。


 まあだからと言って何だという話だけど。


 熱いお茶を飲んだ後のように、ふぅ、と息をつく。


「あ、そうだ! 皆お昼まだだよね! 一緒に食べない?」


 小野さんは、いいこと思いついた、といった風に、そう言ったが、今思いついたにしては不自然さがある。


 小野さんの手にはもう既に弁当の包みがあるのだ。名前を呼ばれた気がして近づいてくるのはわかるが、弁当を持って近づいてくるだろうか。いやしない。今の発言を加味すると、もとより、一緒に昼食を取ろうと機会を窺っていて、名前が聞こえた瞬間に、好機到来、と近づいてきたんじゃないか?


「ねえ、小野さん」


「ど、どうしたの、湊くん?」


「もしかしてだけど、一緒に昼食を取るために、話しかける機会をずっと窺ってた?」


 小野さんの顔がみるみる真っ赤に染まる。


「そ、そそそそんなわけないじゃん! 恥ずかしすぎるでしょ、そんな人!」


「だよね。変なこと言ってごめんね」


 そりゃそうか、俺を意識しているようなことをするわけがない。そもそも、多少なりとも意識しているのなら、気まずさなんかを感じて、昼食を伴にしようなんて言わないに決まっている。


 そう考えると、小野さんは、本当に意識してないんだなあ、と思う。


 ならば、俺も意識すべきではない。


 そう思った時、スマホが震えた。送られてきたメッセージを見て、俺は立ち上がる。


「ごめん、約束忘れてた。ちょっと行ってくる」


 俺が教室から出ようとする最中、


「やっぱりおひるの話、なしでいい?」


「「でしょうね」」


 という会話が聞こえた気がした。

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