第2話


 小野さんとの挨拶を終えて、自分の席に座る。


 やたら元気だったなぁ。


 昨日は、脳の疲労感が凄くて、帰ってすぐに眠り、今朝は普段使わない筋肉と腰の痛みにうなされて起きた。


 だから自分としては小野さんのタフさに驚きを禁じ得ないわけだけど、ってまあそんなことはどうでもいいや。


 大切なのは距離感。


 健全な男子は、一度でも抱いた女性に愛着を抱く。その結果、急に親しくしてしまうことがままある、とそんな話を聞いたことがある。実際、その立場になってみてわかることだけれど、あながち嘘ではない。


 学年で一二を争う美少女、という小野さんを気安く感じるようになった。それはもう、ふらりと足を運んで話かけいきそうなくらいに。


 でもこれは、してはいけない。なぜなら、この行為はいわゆる、彼氏面というやつなのだ。


『先に言っておくけど、一回ヤッたくらいで彼氏面しないでね』


 小野さんの言葉、それが冗談であることは理解している。だけれど、それに準じなければならないのは事実だ。


 小野さんはただ経験がしたかっただけ。それ以上でも以下でもない。たまたま相手が俺になっただけで、誰でもよかったのだ。だから小野さんは俺と仲を深めようとする気もないし、深められたくもない。そういうわけで、俺が彼氏面するようなことはあってはならない。


 まぁ、望まれても、俺はできないだろうけどなぁ。



 ***


 席に戻ってうつ伏せになり、頭を抱える。


 彼氏面しっってほしいいいいいいいいいいいいいいいい!!


 なんで? どうして? なんでなんで?


 昨日、散々ヤったよね!? 散々、気持ちよかったよね!? 散々、イかされたよね!?


 なのに、あのドライな挨拶は何!? 彼女面した私が馬鹿みたいじゃん!


 ……って何悩んでんだ?


 別に、好きとか嫌いとか、恋とか愛とか、そんなじゃないでしょ。一回エッチしてころりと落ちました、ってAVみたいなもんじゃなかろうが。私はそんな女じゃない。抱かれたから愛着をもっただけ、それでドライな対応に腹を立てただけ、本当にそれだけ? じゃあ、彼氏面して欲しいのはなに?


「ねえさ、どうしたの結衣?」


「私もどうしちゃったのかわかんない」


「変な結衣」


 そう愛ちゃんは言って続ける。


「でも、今日の結衣、いい感じだよ」


「いい感じ?」


「うん、なんか最近、尖っていたというか、硬かった、というか。まあうまくは言えないけど、角が取れた、そんな気がする」


 最近の私は、やっぱりそんな感じだったのか。


 でもそれは仕方がない気がする。


 高校に入って、2ヶ月が経った間に、私は十数回もの告白を受けていた。それが原因で、嫉妬のような感情を向けられるようになり、私に対して先輩や友達は、優越感を得ようと、何かと見下そうとしてくるようになった。


 だから私は関係を築けているか不安になり、見下されないように、常に完璧で、ミスしないように、と気を張っていた。それが愛ちゃんの言う、尖っていた、硬かった、というやつだろう。


 でも愛ちゃんは、それがなくなった、と言った。


「愛ちゃん、それほんと?」


「なんでうそつくんだよ」


「そ、そうだよね」


 疑ってしまうのも無理もない。私は処女を捨てただけなのだ。


 確かに私が処女であったことは、先輩や友達が見下そうとしてくる材料だ。でもそれは多々ある中の一つ。私が化粧に疎いだとか、流行りのyoutuberに疎いだとか、少し抜けているところがあるだとか、見下すための材料はもっと沢山あり、一つが解決したにすぎないのだ。


 だから、角がとれる筈はないのだけれど。でも、愛ちゃんは取れたって言う。ならそれは、昨日エッチしたことが理由と考えるのが自然。


「う〜ん」


 どうしてエッチして角が取れたのかを考える。するとすぐに思いついた。


 どうでもよくなったのだ。


 友達や先輩と上手く関係を築かなきゃ、そんな気持ちは、湊くんともっと親しくなりたい、という気持ちに塗り替えられ、また湊くんとシたいという思いで一杯に……。


 火が出そうなくらい熱くなる。


 エロすぎるだろ私!? 淫乱か!?


 やばすぎる。疲れはてて処女捨てるくらいの悩み事が、またエッチしたい、で解決するのやばすぎる。


 こ、恋だ。性欲じゃない、恋が乙女を変えたのだ……ってそれはそれで一回エッチしてころりと落ちました、と言っているようなもので、強く否定したい。


 じゃ、じゃあ性欲? だけど、誰とでもいいわけじゃなくて、湊くんじゃないと嫌なわけで。


 それなら恋? いやいや性欲? やっぱ恋?


「わけわかんない……」


 シュー、と音が出て煙が出そうになっていると、声をかけられる。


「どうしたの? 小野?」


 顔を向ける。そこには、私を見下そうとしてくる友達の一人、中村がいた。


「中村はさ、彼氏持ちだったよね? 恋に落ちた時ってどんな感じ?」


 中村は、恥ずいこと聞くね、と言って続けた。


「ただ手が触れただけなのに、胸がとくんとして、ってなんで小野相手に情けない話しちゃったんだろ」


 私は目を丸くする。中村が私相手に弱みを見せることなんてなかった。


 それが角が取れたおかげなんだとしたら。湊くんとシた、湊くんのおかげなんだとしたら。


 胸がとくんと鳴る。


 ああ、これが恋か。

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