第1話


 繁華街には沢山の人が行き交っている。


 看板のライト、店内から漏れ出る照明は眩い。飲食店から漂う美味しそうな香りは店を通り過ぎるたびに変わる。足音や会話、人が奏でる雑音の中に、はしゃいだ人の笑い声がドラムのシンバルみたいに目立つ。時間的に冷たいはずの空気は生温く、なんとなく浮つく。


 夜の街を流すのは高校生として背徳的だ。日曜だからか、余計にそう思う。


 このままどこかへ遊びに行きたい気持ちはあるが、帰ることに決める。今日一日無計画に遊び尽くし、十分に満足していた。


 帰路を辿り、大きな交差点にたどり着く。するとそこで、知った顔を見かけた。


 あれ? たしかクラスメイトの小野さんだっけ?


 突っ立っている小野さんをみて、こんなところで何をしているんだろう、と思う。というのも、ここは有名なナンパスポット。人通りが多く、信号が変わる間隔が長いため、待っている最中の女性に話しかけやすい、との話だ。


 信号が変わる。だが、小野さんはつったったまま。


 ナンパ待ちか。なんだか、意外。


 うなじがちらちらと見えるくらいの、ボーイッシュなショートカット。丸アーモンド型の綺麗な瞳に、形大きさが完璧な鼻、可愛らしさの中に色気のある唇。女子校なんかでは王子様扱いされてそうな、涼やかな顔立ち。だけど、しっかり女の子っていう愛嬌がある。それに体は女の子そのもので、グレープフルーツサイズの胸、細い腰、艶かしい脚、と優れたプロポーションを誇っている。


 溢れ出る透明感、清楚ではなく清純、健全なエロ、それが小野さんという、学年一二を争う美少女。だから、意外に思った。男には事欠かない彼女が、日曜の夜にナンパ待ちしていることを。


 ……まあでも、どうでもいっか。


 俺と小野さんはクラスメイトというだけのただの知り合い。どんな事情があってナンパ待ちしてようが俺には関係ない。


 そう思って、通り過ぎようとした。だが、呼び止められてしまう。


「橘くんだよね?」


 信号は青。無視して通り過ぎるのも手かと思った。だが、明日学校で、問い詰められるのは楽しくない。俺は足を止めて口を開く。


「そういうあなたは、小野さん?」


「何、その返し」


 小野さんはくすっと笑ったあと、尋ねてくる。


「橘くん一人?」


「一人」


「一人で何してたの?」


「朝からお姉様方にカフェで餌付けされて、昼はお洒落な大学生たちと古着屋回って、夜はゲーセンでおっさんに女児用ゲームを教えてもらってた。今日一日、楽しかったよ」


「本当に何してたの?」


「楽しいことが趣味なんだ」


 小野さんは、そうなんだ、と呟いたあと、綺麗な瞳を俺に向けてきた。なんとなく強い意志が感じられて、少し怯む。


「あのさ、これから暇?」


「まあ、帰るだけだったから暇だけど」


「じゃあさ、私と楽しいことしない?」


「何その、チャラ男の誘いみたいなの」


「そういう意味で言ってるんだけどな」


 小野さんの声は甘くて耳がぞわりとした。心臓の鼓動が徐々に加速していくのがわかる。妙にそわそわして、目を逸らす。信号の点滅が目に入るけど、足が動かない。


 息を吸い込んで、口を開く。


「本気で言ってるの?」


「本気。嫌?」


 目は真っ直ぐに向けられていて、嘘を言っているわけではない、とわかる……わかるけれど。


「嫌ではない、というか、むしろ嬉しいけれど、なんで誘われたのかわからなすぎて怖いっていうか」


 小野さんは、まあそうだよね、と笑って続ける。


「なんかさ、急に疲れちゃったんだよ」


「疲れた?」


「うん。女の子ってさ、ヤったからえらい、とかヤってないから冴えない、とかそういうのがあるんだよ。そんで先輩にでも友達にでも『ああ私、この人に見下されてんな〜』って思う時が多々あってさ」


「うん」


「で、私ちゃんと人と関係作れてるのか不安になって、色々悩んで、疲れたってなって。よし、処女捨てよう、ってなった。そして今に至る」


 小野さんは冗談口調でそう言ったが、俺にとっては重い話だ。


 小野さんが経験豊富っていうなら、ありがたくお話をお受けするところだが、投げやりに処女を捨てようって人のを奪うのは道徳的にどうかと思う。


 俺は、んー、と唸ったのち話しかける。


「そんなノリで処女って捨ててもいいものなの? もっと理想のシチュエーションとかあるんじゃないの?」


「別にいいよ。悩む前も大切に思ってないし。そうだなぁ、なんだろう。例えるなら、お菓子にさ、乾燥剤って入ってるじゃん」


「うん」


「あれってさ、お菓子の袋をあけたらほぼ意味ないらしいし、お菓子取るときに手にひっついて邪魔じゃん? だけど、なーんか捨てられないんだよね」


「乾燥剤と一緒ってこと?」


「そう。私にとって処女はそんな感じ」


 そういうことなら、気負いはしない。けどまあ、俺でいいのか、って気がして一歩踏み出せない。


 そんな思いを察したのか、小野さんは言った。


「さっきから突っ立てるんだけど、声かけてくる人みんな大人でさ〜。正直言うと、もう橘くんに頼みたいんだよね」


 そこまで言われて、もう引く気はなかった。


 俺たちは近くのホテルに入り、シャワーを交代で浴びた。


 先に入った俺がベッドの上で待っていると、バスタオルを巻いた小野さんはぎこちなく歩いてきて、ぼすん、と隣に座った。


 上気して赤くなった肌が艶かしい。潤いがあってもちりと柔らかそうで、指で触れれば沈み込み、吸い込まれそう。立ち上る湯気は甘く優しい香りと、女の子の香りがして鼻腔がくすぐられる。


 胸の谷間が見える。普段制服に隠されていたそれは、タオルを押し上げるほどの張りがあって、明らかに形がよくて、これから触れることになるのだと思うと、心臓が早鐘を打つ。


 早く触れたい。だけど、何もできない。緊張のせい、なのだろうけれど、それにしては嫌じゃない。キャラメルを口の中で転がしているような、甘い空気感が二人の間に流れているおかげだろう。


 しばらく無言の時間が続いて、小野さんが口を開いた。


「先に言っておくけど、一回ヤッたくらいで彼氏面しないでね」


 照れながらそう言った小野さん。気まずい空気を誤魔化そうとしていることは明らかで、可愛い、と思ってしまう。


「大丈夫、俺、そういうの絶対にしないから」


「あっ」


 手を重ねると、声を上げ、潤んだ瞳で見つめてくる。


 柔らかくて細い小野さんの手が気持ちいい。もっとこの感触を味わおうと指を指の間に滑り込ませる。すると、こそぐったそうに身をよじる。手の甲を撫でてみると、息を吐くような声が漏れた。可愛く思って、そのまま掌と掌を合わせ、恋人つなぎをする。


 弱く握ると、手から甘い快感が走り、ぞくっとした。小野さんも同じ感覚を覚えたのか、また身をよじった。


 弱く握って、今度は強く握る、それに合わせて、小野さんが、にぎにぎ、と刺激を与えてくる。そのうちどちらが握っているのか、どちらの手かわからなくなって、溶け合っているような感覚になった。空気はさらに甘くなり、綿菓子を焼いたような香りが充満しているような気さえする。


 小野さんの目を見るともう蕩けていた。焦点が定まっていない。だけど、顔は俺に向けられている。


 見つめ合うと、小野さんが物欲しそうに口を小さく開けた。自然に近づいて、ちょんと、唇を合わせる。しとっとしている、柔らかい、それだけの感触。だけど、もっとしたくなって、すぐにまた唇を合わせた。


 何度も唇を重ねるうちに、頭の中が真っ白に染められていく。何も考えることができなくなって、理性というものが抜け落ちていき、快感に身を委ねる。


 小野さんの唇をちろりと舐めた。舌を引っ込めたと同時に、吸って欲しそうに赤い舌がちょんと突き出される。舌を伸ばし、絡めあうと、ふわふわと浮く感じがした。


 距離を詰め、口の中に舌を入れる。舌を持ち上げ、歯の裏を舐める。その繰り返しだけなのに、気持ち良くて仕方ない。息が続かなくなるまで絡めあい、ようやく舌を抜くと、唾液の糸が垂れた。


 互いに熱い吐息を漏らしながら、見つめ合う。小野さんが頷くと、俺は手を伸ばし、体に触れ……そして、体を重ねた。



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お読みくださりありがとうございます。

続きを書くモチベーションになりますので、一言でも何でもいいのでコメントや、☆レビューしてくださると嬉しいです。

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