俺は窓掛をずらし、外の様子を伺う。チェティから俺たちが与えられたのは、『牧場』の中でもかなり上等な家だった

。チェティは『牧場』で飼う人間を、味、そして得られる『御業』によって、生活待遇を変えているらしい。山岳地帯に存在するこの『集落』で、俺は『牧場』を一望できる家を与えられていた。家の中の装飾品も木彫りの凝った作りをしているものが多く、広さも人間五人が住める程の大きさだ。その部屋で、俺はクゥニと二人っきりになっている。

「そろそろ、動き始めてもいいな」

 窓の外から家の中へ視線を移し、俺はクゥニに向かってそう言った。

 ここにはいないメラスは、今チェティと一緒に、この『集落』を離れている。理由はもちろん、チェティのものである俺の血を狙う、ズゥニチェニを倒すためだ。今間抜けな『管理者』は、『集落』の半分程の吸血鬼を連れて、ズゥゼンがズゥニチェニをおびき出した『集落』へと向かっている。

 ……ズゥニチェニはもう、おびき出された『集落』の吸血鬼たちと、殺り合っている頃だろうな。

 人間の血が全て自分のものだと思っているのなら、美味い血の人間がいると知らされた『集落』の人間の血も、奴は自分のものだと思って、吸おうとするだろう。そして、突然やってきたその吸血鬼の暴挙を、その『集落』の『管理者』は許さない。そこにチェティたちを投入すれば、乱戦は必須。だからこそ、俺たちがズゥニチェニに致命傷を与えられる、隙が生まれるのだ。

 ……でも、まだ吸血鬼が足りない。

 チェティと同行しているメラスと、別行動を取っているズゥゼンには、俺の血が入った瓶を携帯させている。この作戦は彼らと距離が離れる事が多いので、スェストヴァテルが行っていた方法を使い、俺の血の補給が出来るようにしていた。予備として、俺もいくつか瓶は携帯している。

 ……ズゥゼン頼りの所が多いが、あいつならなんとかするだろ。それだけの強さと、対価は払っているんだから。

「……本当に、いいの?」

 首元を緩めた俺に、無表情のクゥニが問いかける。俺は意味がわからず、問に問を重ねた。

「何を言ってるんだ、クゥニ。これからお前が俺の血を吸って、この『集落』に残った吸血鬼を追い込んで、ズゥニチェニの所まで向かわせるんだ。そうしないと、吸血鬼の数が足りなくなるだろ?」

 ズゥゼンが求めているのは、少なくとも『集落』二つ分の吸血鬼。だが、チェティの『集落』には、まだ半分残っている。

「俺の復讐には、まだ吸血鬼が足りないんだ。お前も、最終的にはこの作戦に賛成しただろ?」

「……違う。そうじゃない、そうじゃないの、ラスカ」

 詰め寄る俺に、クゥニは首を振って答える。感情のない瞳を俺に向け、彼女は言葉を紡いだ。

「……ラスカは、これが終わったら、どうするの?」

「復讐が終わった後のことか?」

 頷くクゥニを部屋の隅まで追い込み、俺は壁に手を当て、彼女と視線をあわせる。

「そんな先のこと、考えられないな。いや、違うな。ズゥニチェニを殺せるかもわからないのに、そこから先のことが、上手く想像出来ないんだ。お前は、想像できるか? ズゥゼンより強い、ズゥニチェニに勝つ未来が」

「……勝ち負けも大事だけど、私、ラスカに生きていて欲しいの」

 そう言ってすがりつくクゥニを、俺は冷たく見下ろした。

「俺は、生き残ることだけ考えて、戦っていない」

 自分の負けを認めることが出来ず、生き続けることだけを選んだズラドゥスと、俺は違う。

「俺は、生きて、勝つ。だから俺は、逃げることを最初に考えない」

 俺はクゥニの耳元に自分の口を近づけると、こう言った。

「俺への愛を、吸血鬼を殺して証明してくれるんじゃなかったのか?」

 クゥニの耳が一瞬震え、戦慄く彼女の腕が、俺の背中へと回される。

「……私、何があっても、ラスカと一緒にいる。死ぬまで、一緒にいるから」

 そう言ってクゥニは、俺の首筋へ歯を立てた。甘い痛みが体中を駆けずり回るのを堪えるように、俺は壁に爪を立てる。彼女のその言葉は、ある意味残酷だ。人間と吸血鬼、いや、混血鬼の寿命の長さは、違うのだから。彼女はつまり、俺の死に様を見届けると、そう言ったのだ。そこで俺は、ふとあることに気がついた。

 ……クゥニの方が先に死んだ場合、俺がクゥニの傍にいるって、こいつは信じてるのか。

 それでも俺は、彼女を死地へと送り出す。何故なら彼女の吸っている俺の血は、全て復讐のために捧げているからだ。

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