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「ズゥゼン。お前はどこで俺の血のことを知ったんだ? いや、誰から教えられたんだ?」

 クゥニとメラスに手首の血を舐め終えさせた後、俺は後ろに振り返って、ズゥゼンへ問いかける。膝を付いたまま、彼女はふざけたように、笑った。

「ああ、それはボクの兄さんからだよー」

「何だと?」

 俺はズゥゼンの元まで歩いていき、胸ぐらを掴んで俺の方へ顔を向けさせる。俺の両親を殺したあいつと、同じ髪をして、同じ肌をした吸血鬼に、俺は怒鳴りつけた。

「お前の兄が、俺の両親を殺したのかっ!」

「そこまでは知らないなー。でも、ラスカくんのことを教えてもらったのは、ボクの兄さん、ズゥニチェニからだよー」

 ならばもう、それは決定的じゃないか。こいつの兄、ズゥニチェニが、俺の両親の仇の名だ。

「そいつは今、どこにいるっ!」

 俺が怒れば怒るほど、ズゥゼンはゲラゲラと笑い声を上げる。

「流石に今の場所は知らないなー。たまに会って、美味しい血について意見交換したり、情報交換するぐらいだしー」

「次は、いつあいつと会うんだ!」

「五十年間隔ぐらいに会ってるから、いつとかはあまり決めてないんだよねー。あの人、ボクと同じで特定の『集落』に居座らないし、ラスカのことは、たまたま十年? ぐらい前に偶然会って聞いたんだよ。ま、探せないことはないかもだけどねー」

 俺は胸ぐらを掴んだ腕に力を入れるが、吸血鬼相手では効果がない。ズゥゼンは楽しそうに笑いながら、自分自身の力で立ち上がる。

「兄さんとこの前会った場所の近くにある『集落』を、手当り次第潰して飲み回ってるんじゃないかなー? ボクと違って質より量派だし、あの人、基本的にこの世の人間の血は自分の物だと思ってるから、問答無用で『集落』襲うしー。まぁ、その当たりがあの人とボク、趣味があわない所なんだけどねー。ボク、極上の血の一滴を求めて、『集落』を渡り歩いてるぐらいだしー。それがあれば、死んでもいいって思ってるしー」

「お前の趣味嗜好の話はどうだっていいんだよ! あいつの居場所が探せるなら、今すぐ探し出せっ!」

「どうして?」

「決まってるだろ! 殺しに行くんだよっ!」

 激高する俺を、ズゥゼンは嘲笑う。

「それは、無理だねー」

「は? お前が俺の血を飲めば――」

「無理無理。確かに、ラスカくんの血を飲めば、ボクはスーパー強くなるけど、そこの二人と合わせて三人で『御業』を使っただけじゃ、あの人には勝てないよ」

 その言葉に、俺は愕然とする。

「本気で、言ってるのか……?」

「うん。だってあの人『御業』で、人間の血を吸った量だけ身体能力が強化されるんだもん。まー、それもあって血、がぶ飲みしてるんだろうけどねぇー」

「なん、だ、それは……」

 ただでさえ寿命が長い吸血鬼が、血を飲めば飲むだけ強くなるなんて、反則にも程がある。俺は震える声で、更に訪ねた。

「そいつは、ズゥニチェニは、今何歳なんだ?」

「んー、七百を越えた辺りで数えなくなったらしいよー?」

 俺の頬が、引き攣った。

「で、でも、お前らは、俺を愛してる分だけ、強くなれるんだろ? 七百年分ぐらい、越えれないのかよ?」

「あはははっ! それ、会ったばっかりのボクに言う台詞?」

「飲んだばかりの俺の血に惚れた奴が、言っていい台詞じゃねぇだろうがっ!」

「……ラスカ、落ち着いて」

 クゥニが、恐る恐る俺に話しかけてきた。その後ろから、目を細めたメラスもやってくる。

「ズゥゼンさん。あまり、彼をからかうのはよしてください」

「あははっ。ラスカくんの慈悲で生きてる雑魚が、しゃしゃり出てくるんじゃねーよ?」

「あなたは先程、私たち三人の『御業』を使っただけでは勝てない、とおっしゃいましたよね?」

 挑発するズゥゼンを意に介さず、発せられたメラスの言葉に、俺は冷静さを取り戻す。

「ズゥゼン。ズゥニチェニを殺すには、後何人の吸血鬼を用意すればいい?」

「んー、ラスカくんの血で強化出来ない前提だとー、だいたい『集落』二つ分ぐらいかなー? 雑魚がそれだけ集まれば、ボクたちがあの人に致命傷を与えるスキぐらい、出来るだろうしー」

「……そんな数、用意出来るわけがない」

 クゥニはそう言って唇を噛むが、メラスは表情を険しくしている。彼は、俺と同じ考えに至ったのだろう。ズゥゼンを見ると、面白い喜劇でも見ているかのように、口元がにやついている。こいつも、同じ考えか。

「お前、俺の血を無駄にするやつは、殺すって言ってなかったか?」

「無駄じゃなければいいよー。必要な時に、必要な分使っても、ボクが最後にキミの血を飲めるのなら、それでいい。それと、ラスカくん、ボクに血を吸われる前と後で、ちょっと雰囲気、変わったよね?」

 ズゥゼンは胸ぐらを掴んでいた俺の手を取ると、そこに舌を這わせはじめた。

「ボクで精通しちゃった? でも、今のキミの方が、ボク、タイプだなー」

「……ラスカの初めては、私ですっ」

 クゥニが俺の腕を奪い返し、決して離さないと言わんばかりに、抱きついてくる。そんな彼女を、ズゥゼンは鼻で笑った。

「ボクに勝てないレベルでしかラスカくんを愛してない、キミにそんなこと言われてもねぇ」

「……わ、私は――」

「おい、話がずれてるぞ」

 俺がそう言うと、ズゥゼンの視線の温度が下がる。その瞳は、クゥニの頭を撫でる俺の手を凝視していた。

「なんだ? 何かおかしな所でもあるのか?」

「ま、どうせ最後に、ボクの元に戻ってくるんだし、いいか」

「ん? よくわからんが、話を進めるぞ。ズゥゼン、お前『集落』を渡り歩いてたって言ってたな?」

「うん、言ったねー」

「なら、ズゥニチェニが今いそうな場所の付近で、『集落』がどの辺りに点在しているのか、わかるか?」

「あははっ。やっぱりそうなるよねー? 知ってるよー」

 そう言うとズゥゼンは、いくつか候補を上げながら、地面に地図を描いていく。それを描き終えた彼女は、にやつく顔を隠しもせず、俺を見上げてきた。

「どう? お気に召す場所は、見つかったー?」

「……どういうこと? ラスカ」

 疑問の声を上げるクゥニの方を振り返りもせず、俺は言うべきことだけを口にした。

「吸血鬼が足りないなら、俺の血で補えばいいってことさ。ズゥゼン。お前が今描いた地図の中にある『集落』で、お前が滅ぼせないものはあるか?」

「それ、本気で聞いてるー? 兄さんみたいな反則級がいないなら、ボクが負けるわけ無いじゃんかー」

 それに今は、ラスカくんの血もあるしね、と言って、ズゥゼンは加虐的に笑う。俺はそれを見て、満足そうに頷いた。そしてクゥニ、メラス、ズゥゼンへ、俺の考えた作戦を伝える。予め予想が付いていたであろうメラスは自らの力不足を噛みしめるように歯を食いしばり、ズゥゼンはただただ楽しそうに笑っている。クゥニは何か言いたそうに、一瞬俺の顔を見上げたが、最後はいつもの無表情に戻り、小さく頷いた。

「……ラスカがそう決めたなら、私は、したがう」

 俺はズゥゼンが描いた地図上、その中の一つの『集落』を指差した。

「では、作戦のおさらいだ。まず、ズゥニチェニをこの『集落』へ、極上の血があると、まぁ、成長した俺がいるとでも言って、おびき出せ。量重視でも、その中に美味い血があれば、奴は飲みに来るだろ」

 あいつだって、血の味はわかるはずなのだ。わかるからこそ、俺の両親の血を飲んで、その美味さに我を忘れて、『集落』を崩壊させるほど暴れまわったのだから。俺は更に話を続ける。

「だが、その『集落』には俺はいない。だからまず、ズゥニチェニと『集落』の戦闘になる。ここまでが、計画の第一段階だ。そして、肝心の奴をこの『集落』におびき出す担当は、もちろんズゥゼンだ」

 俺は楽しそうに笑う吸血鬼を一瞥した後、続けて別の『集落』を指差した。

「次に、ズゥニチェニをおびき寄せる『集落』から近い、この『集落』へ、俺、クゥニ、メラスで逃げ込む。ズゥニチェニという吸血鬼が、極上の血を持つ人間を狙って追いかけてくるから、助けて欲しい、って言ってな。その『集落』の『管理者』に俺の血を飲ませれば、その美味さに、それを信じるだろう。後は俺の血に目がくらんだ『管理者』をそそのかして、ズゥニチェニがいる『集落』を攻めさせる。ズゥニチェニがおびき寄せた『集落』と争っている所に、別の『集落』が襲撃をかけるんだ」

 これで、足りなかった二つ分の『集落』の吸血鬼を、集めることが出来る。俺はもう一度、ズゥゼンに視線を送った。

「他にも準備が必要だが、基本的にそれもズゥゼンに動いてもらうことになる。ズゥニチェニをおびき寄せれるとわかった段階で、お前とは別行動だ」

「了解ー。でもー、労働には、ちゃーんと対価を、払ってもらわないとねー」

 そう言ってズゥゼンは、両の犬歯をむき出しにし、舌なめずりをした。

「ラスカくん、わかってるよねー?」

 俺は少しだけクゥニを遠ざけると、自分の首元を露わにした。そして、少しだけ眉を潜める。

「好きにしろ」

 ズゥゼンが、獲物に飛びかかる猛禽類のような動きで、俺の首筋にかぶりついてきた。その勢いに、俺は押し倒される。徐々に横になっていく視界の中、クゥニは感情を一切宿さない瞳で、俺のことを見続けていた。だが、彼女の両手は固く握られ、少しだけ、血が流れていた。

 

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