第四章
①
「そこまでお疑いなのでしたら、チェティ様。この至高の味、是非ご自分でお確かめになってください」
メラスがそう言って、うやうやしく頭を垂れた。チェティと呼ばれたこの『集落』の『管理者』は、白髪の髪を撫で、緋色の瞳を喜悦で満たす。
「ならばメラス殿。遠慮なく、頂こう」
そう言って、チェティは瞳と同じ色をした外套を揺らす。揺れる布にあしらわれた豪奢な刺繍が一緒に揺れ、その中から丸太のような腕が伸びてきた。その男の吸血鬼が手を伸ばした先には、俺がいる。奴は乱暴に俺を引き寄せると、何の遠慮もなしに、俺の首に牙を突き立てた。そして暫く、興奮してよがり狂う。もう何度も見てきた反応だ。俺は血を吸われながら横目で見ると、無言で唇を噛むクゥニと、眉間に皺を寄せるメラスの姿があった。
……そんな顔するなよ。こいつに気づかれたら、計画が台無しだぞ。
だが幸い、この部屋には『管理者』と俺たち三人しかいない。俺の体(血)に夢中になっている間抜けは、二人の表情に気づいていないようだ。やがて奴は俺に満足したのか、愉悦に口元をだらしなく歪ませている。
「た、確かに! この血は、この味は、格別だな! メラス殿っ!」
「ええ。ですから、その血を狙う吸血鬼から、私たちは逃げ延びて、なんとかチェティ様の所まで辿り着くことが出来たのです」
「そうか、そうか! メラス殿、よく我の所まで来てくれたっ!」
チェティは涎を拭いながら、なおも嬉しそうに笑う。
「確かにこの味なら、『御業』は使えなくとも、奪いたいと思う奴が現れるのも頷ける!」
そう言って『管理者』は、俺の肩を抱いた。
「あいわかった! お主らの身の安全は、我が保証しよう! して、お主らを、我の血を狙う不届き者は、一体どこにいるというのだ?」
「この当たりの、地図はございますか? それを見ながらご説明いたしましょう」
そう言ったメラスを、チェティは俺を引き連れて、地図のある場所へ案内を始めた。他の人間に対しても同じように振る舞っていたのか、俺を当然のように、チェティは自分のものとして扱う。メラスのへりくだった態度から、この場の絶対的な支配者が、自分だと疑っていないのだろう。だが、この場で主導権を握っているのは、この俺だ。
チェティは俺の血で『御業』が強化されなかったようだが、当初の予定通り、俺を狙っている吸血鬼を、奴は退治に出かける運びとなるだろう。何故なら奴も、俺の血に夢中だからだ。
……せいぜい、俺の仇討ちの役に立ってもらわないとな。
チェティにわからないように、俺は密かに口角を釣り上げた。
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