この世界は、不条理で出来ている。

 弱いものは強いものに虐げられ、蹂躙され、朽ち果てていく。

 

 この世界は、不条理で出来ている。

 人間は吸血鬼に虐げられ、蹂躙され、朽ち果てていく。

 

 強者は、弱者の都合なんて考えない。だからこの日も、強者は弱者を蹂躙しにやってきた。それは俺がこの『集落』へやってきて、三日目、その深夜の出来事だった。

「なんだっ!」

 地下の施設にいる誰かが叫んだ。しかし、その叫びを掻き消すように、地震のような揺れと騒音が『反抗勢力』の施設中に響き渡る。俺も揺れる足場に立っていることが出来ず、防毒面をつけて、床に手足をついていた。

 ズラドゥスたちと行動を共にすることにした俺は、彼らと一緒に、駅の地下で研究・開発中の武器の改善、改良点について意見を出し合っていた。その最中、施設が突然揺れ始めたのだ。

「このままだと生き埋めになる。順番に避難を開始しよう! 皆、オレの後についてくるんだ! 落ち着いてっ!」

 防毒面をつけたズラドゥスが先頭に立ち、揺れが多少収まったのを見計らって、俺たちは地下室から脱出を開始した。揺れが断続的に続いているので、地下との行き来に使っていた仕掛けは使えない。煤と埃に汚れた梯子と階段を使って、俺たちはなんとか、霧に包まれる地上へ生還を果たした。倉庫の扉を開けて外に出ると、辺りは喧騒に包まれている。

「ズラドゥスさん、あれっ!」

 倉庫の外に飛び出した一人が、上空のある一角を指差した。皆で視線を送ると、そこには視界に広がる白煙がひび割れたように、黒煙が上空に向かって立ち上っていた。煙が上がっている方角は、『居住区』だ。駅の周りは黒山の人だかりで、周りの人もただ騒然としており、何が起きているのか、状況を把握することが出来ない。

 そんな中、人並みをかき分けるようにして、駅から倉庫に向かって、男が一人やってくる。

「ズラドゥスさん! ズラドゥスさんは、ここにいないかっ!」

 その言葉に、ズラドゥスは答える。

「こっちだ! 何があったんだ?」

「た、大変だ! 『居住区』にいる仲間から連絡があったんだが、この『集落』は今、吸血鬼に襲われているらしいっ!」

「なんだって!」

 振動。激震。そして遅れて騒音が、俺たちに向かって叩きつけられる。どうやらこの『集落』は、吸血鬼同士の抗争に巻き込まれてしまったようだ。

 俺は駅からやってきた男に問いかけた。

「それで、どっちが勝ってるんだ?」

「それが……」

 男は言い淀んだ後、はっきりとこう、口にした。

「スェストヴァテルが、死んだらしい……」

「本当かっ!」

 恋人の仇が死んだという報告に、ズラドゥスは男に掴みかかる。男は呻きながら、なんとか口から言葉を溢れさせた。

「そ、そういう、報告が、あった、んだ……」

「おい、じゃあ今、この『集落』の『管理者』は、居なくなったって事か?」

「『居住区』の吸血鬼は、どうやって戦ってるんだ?」

「私たち、これからどうなっちゃうの?」

「吸血鬼同士で戦ってるなら、僕たちが立ち上がるのは、今なんじゃないのか?」

「そうだ! 今なら混乱に乗じて、吸血鬼共を一網打尽に出来るかもしれないっ!」

「おい、皆落ち着け! 正確な状況がわからないのに、迂闊な行動は出来ないぞっ!」

 色めき立つ『反抗勢力』の面々を、ズラドゥスがなだめようとする。俺もどちらかと言えば、ズラドゥスと同じく慎重に動きたかった。クゥニとメラスの事が心配だが、状況を見極めて動かないと、かえってあの二人に迷惑がかかる。

「ズラドゥス。まず、地下の物資は移動して隠した方がいいんじゃないか? スェストヴァテルが死んだ以上、『管理者』が変わるのは確定している。今までみたいに、この場所で準備を進めれるかわからないぞ!」

「そうだな。おい! 滑車を使って、地下にある蒸気銃や補助装置を全部運び出せっ!」

 ズラドゥスは男を開放し、指示を出し始める。俺は、ズラドゥスが開放した、スェストヴァテルの訃報を伝えてくれた男に話しかけた。

「他に、『居住区』からの情報はないのか?」

「連絡がもう途絶えてるから、そんなに詳しいことまでは聞けなかったんだ。他に何が知りたい?」

「そうだな。襲ってきた、吸血鬼の戦力は?」

「それが、一人だけらしい」

「一人、だけ?」

 単身で、『集落』を襲う吸血鬼。その言葉に、俺の胸がざわめいた。

「その吸血鬼はどんな奴だった?」

「恐ろしく強くて、ちぐはぐなやつだった、って聞いた。着ている服は黒いのに、全体的に、青い印象だった、って」

「青……」

「そう、髪は青銅色で、肌は青白い――」

「その吸血鬼は、今『居住区』にいるんだなっ!」

 俺に胸ぐらを捕まれ、男は顔を赤くしながら頷いた。

「今から『居住区』に向かえる蒸気機関車は、駅にはあるのか?」

「その、予定、だった、四、番線の、蒸気、機関車が、故、障、して――」

「変わりの蒸気機関車があれば、『居住区』には行けるんだな?」

 顔を赤から青に変えながら、男は頷いた。俺は礼を言って彼を放すと、ズラドゥスの元へと向かっていく。

「ズラドゥス! この六つ目の蒸気機関車で、『居住区』に向かえないか? 俺が直接乗り込んで、向こうの状況をこっちに伝えるよ」

「何を言ってるんだ、ラスカ! それよりも逃げる方が先だろっ!」

「逃げるために必要なのは、情報だ! 正確な状況を知るべきだと言ったのは、お前だぞズラドゥス!」

「物資を移動しろと言ったのはラスカだ!」

「状況がわからないからだ! だから、役割分担だよ。俺が、『居住区』に行って情報を伝える。お前はこっちに残って、今吸血鬼に反逆するのか、それとも待つのか、判断してくれ」

 それは俺が『居住区』へ行きたいための方便だったが、ズラドゥスは逡巡したように視線を惑わせる。と、彼が答えを出すよりも早く、傍にいた人達が、続々と声を上げ始めた。

「僕も行きますよ、ズラドゥスさん!」

「そうだ、今行かないでいつ行くんだよ!」

「私たちの力を見せる時が来たのよ!」

「いや、俺は戦いに行くわけじゃ――」

「もう待てないよ、ズラドゥスさんっ!」

 静止する俺の言葉も掻き消され、『反抗勢力』の温度は、この街から生み出される蒸気よりも高く上がっていく。

「これまで三回も他の吸血鬼の襲撃を受けて、その度に何もしなかったじゃないですか!」

「そうだよ! その度に戦わずに逃げて、いつ立ち上がるのっ!」

「今回はもうスェストヴァテルは死んでるんだぞ! 今なら勝てるっ!」

「早く蒸気機関車の準備をしろ!」

「旧型も全部積んじまえっ!」

 ズラドゥスが静止する声すらも掻き消され、勝手に蒸気機関車が路線に向けて動かされ始めている。既に『反抗勢力』に溜まっていた不満は、ズラドゥスが押さえきれるようなものではなくなっていたのだ。

 しかし、何度も吸血鬼同士の抗争があったのに、その度にズラドゥスは何も行動しなかったのか。過去三回スェストヴァテルが勝っているので、ある意味ズラドゥスは先見性があると言えるのかもしれない。でも、この『牧場』へ吸血鬼に見つからないような施設を作れる周到さがあるのに、吸血鬼へ攻め込むための準備、例えば『居住区』の様子を知れるような仕組みを作るような狡猾さがない所が、ズラドゥスの復讐という行動原理に一貫性を感じられず、俺は違和感を感じる。

 ……でも、今はそれを気にしている場合じゃない。

 故障した蒸気機関車がどかされ、四番線に倉庫から出されたそれが運び込まれる。そしてその蒸気機関車には、蒸気銃や補助装置、旧型の歯車の巨人が運び込まれ、それらを生み出した『反抗勢力』の面々が飛び乗った。全員が乗り切る前に蒸気機関車は煙を吐き出し、車輪が回転を始めていく。俺は動き出したそれの手すりに、慌ててしがみついた。

 背後を振り返ると、停車中の他の蒸気機関車を動かそうとしている人や、こちらに向かって手を振っている人、走って『居住区』に向かおうとしている人等、反応は様々だった。そんな中、ズラドゥスだけは、その喧騒から逃げ出すように、背を向けていた。

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