「今日作ってきたのは野菜を蒸したものに、猪の肉をみじん切りにして、刻んだ野菜と混ぜ合わせて、揚げたものだ」

 そう言って、メラスは網籠を下ろした後、俺の隣に座る。彼が持ってきた籠を中心に、俺たちは円を作るように座っていた。メラスとズトラティの過去を聞いてから、俺たちは一緒に食事をする事をメラスへ提案し、今日それが実現したのだ。

 クゥニが細長く切られた、赤色の温野菜に手を伸ばす。彼女は野菜と一緒に入っていた、瓶の中にそれを付けた。白いそれは、ゆで卵とみじん切りにした野菜が混ぜ合わされた、とろみのあるタレだった。タレを付けた野菜を無表情に咀嚼しながら、クゥニはメラスへ問いかける。

「……メラスとズトラティは、子供は作らなかったの?」

「私たち吸血鬼は、あまり子供を作ろうとは思わないからね。でも、それ以上に、寿命の関係で、彼女との別れが決まっていた。それに加えて、愛した人との子も見送らないといけないなんて、私は耐えられないと思ったんだ。それに、私とズトラティの子なら、混血鬼になる」

「……そうね」

 感情の読み取れない瞳で、クゥニは小さく頷く。混血鬼として生まれさせられた彼女は、小さく首を振った。

「……でも、メラスがお父さんなら、その子は幸せに生きれたと思う」

「そう、だろうか……」

「もし子供がいたら、男の子と女の子、どっちが欲しかったんだ?」

 俺の言葉を聞いて、メラスは少し疲れたように笑った。

「中々、難しい質問だな。でも、もし子供が私たちの間にいたなら、私は彼女に似ていて欲しいと思うよ。彼女のように、強く、そして優しい子になって欲しい」

 遠くを見つめながら、存在しないもしもの光景を見るように、目を細めた。

「女の子だったら、大きくなったら、私と同じ水で洗濯しないように言われたのかな? 男の子だったら、反抗期になったら、口も聞いてくれなくなるのかな?」

 メラスは俺とクゥニを一瞥すると、小さく笑う。その視線に既視感があったのだが、俺はそれを思い出すことが出来ない。

「そういう君たちは、どうしてこんな森の中に?」

「俺の、両親の仇を探してるんだ」

 俺はメラスへ、自分が元々暮らしていた『集落』をある吸血鬼に壊滅させられ、その際両親を殺されていることを話した。

「……ラスカが次に流れ着いた『集落』で、私たちは出会いました」

 クゥニが淡々と、俺の血を使い、自分の母親の復讐と、自分を虐げていた『集落』を崩壊させたことを伝えた。

「……今、私たちはラスカの仇を追っています」

「なるほど」

 メラスは納得したように頷く。それを見て、俺は自分の考えが正しかったのだと確信した。

「なぁ、メラス。青銅色の髪に、青白い肌の男の、単独で『集落』を滅ぼせる吸血鬼を知らないか? そいつが、俺の両親の仇なんだ」

「……いいや、知らないな」

「そうか……。ありがとう」

 落胆しながらも、俺はメラスへ礼を伝える。

 食事を終えたメラスが立ち上がると、砂利を叩いて、俺たちの方へ振り向いた。

「また、食事を一緒にしてもいいかな?」

「もちろん」

 そう言って俺は、森に入っていくメラスを見送った。彼はいつものように、俺の血で汚れた包帯も網籠に入れ、持ち帰っている。

 メラスと一緒に食事をするようになってから、五日経った晩。かまどに枯れ木を焚べながら、言葉に感情を乗せずに、クゥニが俺に向かって問いかける。

「……メラスのような人が私の父さんだったら、私は、私たちは、今とは違う道を選んでいたでしょうか?」

 揺れる焚き火を見ながら、クゥニがそうつぶやいた。だから俺も、小さく同意する。

「そうだな……」

 彼女の言っていることは、理解できる。ナスリィの加虐趣味を満たすために生まれたのではなく、真に愛し合うもの同士、吸血鬼と人間が愛し合った結果、クゥニが生まれていたら、彼女はきっと違う人生を歩んでいたはずだ。

 その未来ではきっと、母親も無残に殺されていないし、クゥニも自分の父親を殺しはしていないだろう。

 そして、俺とも共犯関係を結ばなかったはずだ。

 それはクゥニも、理解しているのだろう。理解した上で、俺に更に質問を重ねてきた。

「ラスカは、どっちが良かったと思いますか?」

「中々、難しい質問だな」

 クゥニの視点では、クゥニが良い父親の元に生まれたのであれば、クゥニは母親と一緒に過ごせる未来がある。悪い父親であれば、母親は死ぬが、クゥニは俺(愛)を手に入れる。

 俺の視点で考えれば、クゥニ(愛)を手に入れれず死ぬか、クゥニを手に入れれるか、そのどちらかだろう。俺視点でどちらが良いかと聞かれれば、後者に決まっているが、それだと俺は自分の口でクゥニの母親の死を肯定しなければならなくなる。

 俺は苦笑いを浮かべながら、言葉を紡いだ。

「そのもしもが許されるなら、俺の両親も死なず、お前の両親も愛しあっていた、というもしもを選びたいね、俺は」

 そもそも、俺が両親の仇討ちをするような状況ではなく、クゥニも母親と楽しい日々を過ごせる未来を、選べるなら、選ぶべきなのだ。でも、俺はにはそんな力はない。時も止めれず、時間も巻き戻せない。俺は脆弱な人間で、吸血鬼でも、混血鬼でも、ましてや、神ですらないのだから。

「もちろん、俺がいなくても、クゥニが幸せになれる前提だけどな」

 両親に望まれ、母親も生きているような未来で、クゥニはどんな風に笑ってくれるのだろうか? その未来では、俺はきっと、クゥニの傍にいれないだろう。そう思うと、無性に悔しかった。

 と、クゥニがいつの間にか、俺の目の前にいた。クゥニが焚き火を背にしているため、彼女がどんな表情をしているのか、俺は知ることが出来ない。

「………………何故、私がラスカと一緒にいられず、幸せになれると思うのですか?」

 その言葉に、俺は面食らう。

「いや、でも――」

「………………私は、ラスカが幸せで、私も幸せな、そういうもしもを選びたいです」

 それは、俺の両親も生きていて、クゥニの母親も生きていて、それでいて俺とクゥニが出会えるという、そんな都合のいい、もしもの話だった。あまりにもその都合の良すぎるもしもは、しかし、クゥニと話すには、選びたい未来には、似合っていると思った。

「そうだな。その未来が、一番いい」

「……わかれば、いいのです」

 そう言ってクゥニは、俺の胸に飛び込んできた。彼女の頭を撫でながら、俺は星空を見上げる。

 ……クゥニが理想の父親に憧れるのは、理解できる。

 クゥニが生まれた『集落』では、俺が現れるまで、彼女の存在を肯定してくれる人は、クゥニの母親しかいなかった。だから、そうならなかった未来を、メラスとの出会いで夢想してしまったのだろう。しかし、一つだけ問題となる点があった。

 ……俺も、メラスに死んだ両親の影を重ねて見ているな。

 今まで俺が生きていた中で、吸血鬼という存在は、ただ憎むべき存在だった。俺たち人間を『牧場』に押し込め、必要に応じては血を食らう。人間は脆弱で、吸血鬼同士の争いにも、何もすることが出来ない。クゥニと『集落』を転々とする最中、吸血鬼は人間に対して敬意なんて持ち合わせていないということを、十二分に理解させられた。

 ……でも、メラスは違う。

 最初こそ俺の方を軽視していたが、彼のズトラティの話を聞いて、自分の考えが違っていたことに気がついた。メラスは俺を軽視していたのではなく、ズトラティに似ているクゥニを重要視し過ぎていたのだ。

 メラスとの、吸血鬼と食事を取る時間が、悪くないと感じている俺がいる。安らぎに近いものを感じている、俺がいる。

 それは、ダメだ。もし、メラスみたいな奴が俺の仇だったら、俺はそいつを殺せるのか? 少なくとも、躊躇うはずだ。それは、ダメだ。ダメなのだ。俺が躊躇うなんて、あってはならない。

 何故なら俺の仇討ちは、俺が直接手を下さない、下せない。俺の仇討ちは、クゥニ頼みなのだから。俺を愛してくれるクゥニの力で、俺は復讐を果たそうとしているのだから。なら、クゥニの愛に応えるために、俺は躊躇ってはいけないのだ。

 ……それなのに、俺は何をやっているんだ。

 左足の傷は、後半月もすれば良くなるだろう。だから、その時待ち構えている戦いに、俺が躊躇うようなことがあってはならないのだ。

 ……これで、いいんだよな? 俺の愛は。俺の、俺たちの、愛の形は。

 わからない。クゥニのことを、手放したくない存在だと思っている。でも、彼女は自分の復讐を果たした後も、俺に付いてきてくれている。俺の代わりに、吸血鬼を殺してくれる。俺は、クゥニを愛しているのか? それとも、依存しているだけなのか?

 わからない。わからないということだけわかっていて、それでも俺はクゥニの傍にいたくて、彼女の体を、更に強く抱きしめた。

 ……俺の傷が治った後のことは、クゥニとちゃんと話しておこう。

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