第二章

 木漏れ日の眩しさに、俺は右手で顔を覆う。呻きながら体を起こすが、砂利の上に寝ていたので、体が痛い。聞こえてくるせせらぎの音に、俺は小川の方へと視線を移す。すると、小川の水が、突如爆発したように盛り上がった。撒き散らされる水飛沫の中に、太陽の光を受けて、更に煌めく銀色の髪が見える。川の中に潜っていたクゥニが、勢いよく水面を割って出てきたのだ。

「……ラスカ、起きたのですね」

 感情を感じさせない声でそう言って、クゥニは濡れた犬がするように、頭を振って、銀髪に付いた水を吹き飛ばす。散らばる水滴が、一糸まとわぬ彼女の周りに散乱した。彼女は岩の上に干してあった、貫頭衣を身につける。

「おはよう、クゥニ」

「……川魚を獲ったので、食事にしましょう」

 見れば、クゥニが飛び出した川の砂利の周りに、陸へ無理やり打ち上げられた魚が飛び跳ねていた。彼女はそれを三、四匹掴むと、腰に刺してある小刀で頭を落とし、内臓を手早く取り出していく。身だけにしたそれを川の水で血抜きをして、枯れ木を拾いながら俺の方へとやってきた。

 昨日石を集めて作ったかまどに火をおこそうとした俺を、クゥニは押し留める。そしてそのまま抱えられ、元いた場所に戻された。彼女は俺の左足に視線を送ると、淡々と言葉を紡ぐ。

「……傷は、痛みますか?」

 彼女の視線の先には、血の滲んだ包帯が巻かれた、俺の足がある。俺は、自嘲気味に笑うしかない。

「悪いな。俺がお前の足を引っ張ってる」

 この傷は、クゥニと一緒に、五つ目の『集落』を滅ぼした時に負ったものだ。

 俺の目的は、俺の両親を殺した、青銅色の髪に、青白い肌の、男性の吸血鬼を殺すこと。名前も知らない仇を討つために、ナスリィを殺した後、俺たちは奴の手がかりを求めて『集落』を渡り歩いていた。『集落』に潜り込むため、クゥニには弱い混血鬼を演じてもらった。彼女が俺を奴隷として手土産に、『集落』を訪れたという設定を、吸血鬼たちは面白い程簡単に信じた。

 ……まぁ、自分より強い混血鬼が存在しているなんて、それも人間と組んでいるだなんて、吸血鬼には想像出来なかったのだろう。

 両親の仇がその『集落』にいないとわかった時点でクゥニに俺の血を吸わせ、『御業』を発動。吸血鬼たちを虐殺し、惨殺し、鏖殺してきたのだ。だが、吸血鬼たちとの激しい戦闘の渦中、そこに居合わせる人間の俺が、毎回無事でいられるだろうか? その疑問の結果が、俺の左足の怪我だ。俺たちは今、俺の傷が癒えるまで、森が多少開けた場所に流れる小川付近で、三日前から野宿を続けていた。

 クゥニがほんの僅か、眉尻を下げる。

「……そんなこと、ありません。私が気をつけていれば、ラスカは傷を負うこともなかった」

「俺が、お前に甘えすぎてたのさ。もう少し、俺は自分の身を守る方法も考えないといけないな」

 クゥニが吸血鬼との戦いに専念出来るようになれば、俺の復讐の成功率も上げられる。何より、彼女が俺を気にして戦えない状況が続くのを、俺自身が許せなかった。足手まといには、なりたくない。

 だが俺の言葉を聞いたクゥニは、それを拒絶するように首を振る。

「……いいえ、必要ありません。あなたには、私がいればいい。私がラスカを愛せば、全て事足ります」

 彼女が自分の母親の仇を討ってから、時々クゥニは、朱色の瞳の中に仄暗い光を宿すようになっていた。それを独占欲と呼ぶのか、依存と呼ぶのか、俺にはまだよくわからない。でも、彼女の言う通り、歪な俺たちのそれは、愛と呼ぶのが相応しいように思えた。

「……食事を作ります。ラスカは全部、私にまかせてください」

 そう言ってクゥニは、かまどに火をおこす。赤い炎に枝を焚べ、残りの枝に魚を刺しながら、彼女は俺の左足へと視線を向けた。

「……後で、それも替えないといけませんね」

 クゥニは無表情に、血の付いた包帯を見続けている。

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