……俺たちは、どういう関係だったんだろう?

 明日、俺はナスリィに血を吸われる事になっていた。つまり、クゥニとの共犯関係を続けて、もうすぐ五年になる。俺の首筋には切り傷が残っているが、もう包帯も取れていた。同じように、俺の隣で寝ているクゥニの左腕も治っている。互いの体も成長し、痩せすぎだった俺の体は、多少筋肉質になった。そしてクゥニは、よりその美貌に磨きがかかっている。明日、復讐者としてその本懐を遂げるはずの眠れる美女の、甘い吐息と彼女の細い指が、俺の胸板を優しく撫でた。細身ながらも、女性としての丸みを僅かに帯びた彼女の胸が、呼吸とともに上下する。五年経った今でも表情をあまり変えない彼女も、こうして一緒に眠っている時は、安らかな表情を浮かべるようになっていた。

 ……でも、結局愛がなんなのか、俺はまだわからない。

 試しに『牧場』に住む人間に、愛とは何か、聞いてみた。

 ある人は愛を好きの最上級の表現だといい、ある人は諦観であり、妥協であるといった。

 試しに『居住区』に住む吸血鬼に、愛とは何か、聞いてみた。

 ある吸血鬼は憎悪の裏返しだといい、ある吸血鬼は自分たちを縛る強靭な鎖だといった。

 どれも、あっていそうな気がする。でも、どれも、俺とクゥニの関係には、当てはまらない気もする。俺とクゥニの愛の形は、どうあるべきが正解なのか、俺は五年経っても、結論が出せないでいた。

 ……それは、俺が信じれていないからだろうな。

 自分の復讐のために近づき、一度は殺そうとすら考えた相手に愛してもらえるだなんて、普通に考えてありえない。だから、クゥニが俺を愛してくれると、俺自身が思えない。そして打算で近づいた俺が、きちんとクゥニを愛せているという絶対的な自信が、全く持てないのだ。

 ……きちんと愛するって、ちゃんと愛するって、どういうことなんだよ。

 そう思うものの、クゥニの『御業』は年々力を増していき、俺の悩みと反比例するように強くなっている。

 ……なら俺は、クゥニに愛してもらえているのか?

 それも、信じることが出来ない。俺の血を飲んだ時の、普段無表情のクゥニが、対象的に必ず淫らな表情を浮かべ、淫靡に善がるあの光景が、脳裏にちらつく。彼女は俺自身ではなく、極上の美酒であり、麻薬のような中毒性を持つ、俺の血を、俺の血液だけを愛しているのではないだろうか?

 そう考えると、俺は自然に歯噛みしていた。もしそうだとするのなら、いや、それがどうしたというのだ。元々、俺はクゥニを戦力として、自分に従う力として、見ていたではないか。なら、重要なのは、クゥニが使えるか否か、それだけを気にすればいい。クゥニが『御業』を使えるのであれば、問題ない。それがどんな愛であれ、彼女が俺を愛してくれている証明があれば、それでいい。いい、はずなのに……。

 寝息を立てるクゥニの髪を、俺は震える手で撫でる。その手はこの五年間で、何度も彼女の手を握ってきているはずなのに、今は、触れたら彼女が壊れてしまいそうだと思えて、急に不安になる。次に彼女が俺の血を飲んだ時、『御業』が使えなくなっていたらと思うと、発狂しそうだ。俺がそう思うのは、彼女を復讐の道具として使えなくなる恐怖からなのだろうか? それとも、力の使えない混血鬼となった彼女が蹂躙されるのを、見たくないからだろうか?

 わからない。わからないが、俺はクゥニからの愛を確かめるために、彼女に血を飲ませ続けるしかないのだ。

 それが無性に悔しくって、俺は初めて、眠れる美女に口づけをする。

 初めての口づけは、後悔の味がした。

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