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「……では、早速愛を育みましょう」
淡々とクゥニにそう言われるが、その言葉で、俺の思考は停止した。クゥニが俺を愛せば愛す程強くなるので、やろうとしている事は何も間違っていない。しかし――
「愛を育むって、どうすればいいんだ?」
「……そう言われてみると、そうですね」
「愛し合うって言葉もあるが、それって結局、どういうことなんだろう?」
「……そもそもの話になってしまいますが、ラスカは、愛とは、何だと思いますか?」
そう言われて、俺は唸り声を上げる。
「俺の両親は、確かに俺を愛してくれていたと思うけど……」
「……母さんも、私の事を愛してくれていました」
「なら、家族愛が、愛なのか?」
「……それも、一つの愛だと思います。でも、男女の愛という言葉もありますよ?」
クゥニが小首を傾げて、感情を宿さない瞳で、俺を見つめる。
「……男女の愛も愛だと言うのなら、家族の愛と二つ合わせた方が、より『御業』の力を引き出せるのではないでしょうか?」
「なら、男女の愛と、家族愛を、俺たちは育くめばいいのか」
なんとなく、やることの方向性が見えてきた。しかし、クゥニは、なおも首をひねる。
「……ですが、私は、男女の愛というものを知りません。ナスリィは、母さんを愛してなどいませんでしたから。ラスカの両親は、互いを愛し合っていましたか?」
「それは、そうだと思う」
「……ではラスカ。私に、男女の愛を教えて下さい」
「教えて、って言われても……」
真っ直ぐ俺を見るクゥニから、俺は思わず視線を外す。それでもクゥニは、淡々と言葉を紡いでいく。
「……ラスカの両親は、普段、どんな事をしていましたか? それを、真似ればいいのではないでしょうか?」
「そうか!」
クゥニの言葉に、俺は頷く。
「確か、手をつないだり、口づけをしたりしていたっけ?」
「……では、やってみましょう」
そう言ってクゥニは、俺に向かって手を差し出した。さっきは簡単に握り返せたその手が、何だか触れては行けないようなものに見えて、俺の手が宙を泳ぐ。
「……どうしたのですか?」
「いや、何だか、照れくさくて」
……ああ、今俺、照れてるんだ。
言葉を口に出してみて、初めて俺は自分の中に生まれた感情の名前に気づく。そんな俺に、更にクゥニの手が向けられた。
「……何を、馬鹿な事を言っているのですか。手ぐらい、さっき握ったではありませんか」
「そういうお前も、声が上ずってるぞ」
「……上ずってません」
「顔も、ちょっと赤いし」
「……赤くなってませんっ」
業を煮やしたのか、クゥニが俺の右手を勝手に掴む。先程のような握手ではなく、今は、指と指が絡まるような握り方だ。
「……ほら、やってしまえば、どうということはないのです」
「何も起こらないんだったら、愛、育くめないだろう」
「……ラスカは、ああ言えばこう言いいますね。もういいです。次に行きましょう」
「次?」
「……はい。接吻です」
そう言ったクゥニが、口を一文字に結んだ。
「……さぁ、どうぞ」
「ど、どうぞって、俺からするのか?」
「……当然です」
「でも、手はお前の方から握ってきたじゃないか」
「……ですから、今度はあなたからするのが、筋ではありませんか?」
「いや、クゥニが最初に手を握ったんだから、今回もクゥニからするのが、筋ってもんだろ?」
「……こういうのは、男性からするようなものではないのですか?」
「お前、あれだけ俺の血にがっついてたのに、今更そんなこと言うのかよ」
「……あれとこれは、話が別です。そもそも、愛を育てなければ、私たちの復讐はなし得れませんよ?」
その言葉に、俺ははっと息を呑む。
「そうか。復讐、復讐の、ためだもんな」
「……そうです。復讐の、ためなんです」
俺は生唾を飲み込むと、クゥニとの距離を縮め始めた。心臓の音が、やけにうるさい。全身の血液が、突然高速に循環し始めたみたいだ。握ったクゥニの手の熱を、必要以上に意識してしまう。朱色の彼女の瞳から、目が離せない。近づけば近づくほど、彼女の吐息だけでなく、心臓の音まで聞こえてきそうに思える。クゥニと俺の唇を近づけるため、俺は僅かにしゃがむ。そして――
「……か、考えてみれば、ナスリィにラスカが血を吸われるのは、五年も先なんですよね」
そう言われ、俺はクゥニの顔から、自分の顔を離す。
「そ、そう言えば、そうだな」
「……で、では、何も今急ぐ必要はないのではないでしょうか? 五年間の間に、私たちの関係を、深めればいいのです」
「そ、そう言えば、そうだな」
「……で、では、今日は、その」
「口づけは、止めにしよう」
そうしてこの件は、一旦保留となったのだ。
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