⑥
強い日差しに目を細めながら、俺は『牧場』を歩いていく。城下町を進む俺の隣にいるクゥニは、こちらの喉元を、感情を感じさせない目で一瞥する。
「……取れるまで、もう少し掛かりそうですね。包帯」
彼女の言葉に、俺は自分の首筋へ手を伸ばした。そこにはクゥニが言った通り、包帯が巻かれ、僅かに血が滲んでいる。
「……まだ、痛みますか?」
「お前に比べたら、まだマシだよ」
そう言って俺は、クゥニの左腕に視線を向けた。彼女の左腕は今、白い三角巾で吊るされている。ナスリィに、折檻された結果だ。
「……私は、大丈夫です。痛いのは慣れてますし」
彼女はそう言うが、いかに混血鬼であっても、腕が千切れそうな程の重症が、苦痛でないはずがない。わかっていた結果だが、クゥニの傷は、普通なら、そう簡単に治らないものだ。
クゥニがこれ程の重症を負った理由は、俺の監督不行き届きが原因だ。俺が家で転んだ際、包丁で首元を傷つけてしまった責任を、彼女は左腕で払わされている。と、いうことになっていた。
家に到着し、俺たちは、二人で向かい合って座る。先に口を開いたのは、クゥニの方だった。
「……今の所、ラスカの作戦通りに進んでいますね」
「ああ、お前の噛んだ傷跡は、包丁で切り取ったからな」
感情の色がないクゥニに向かって、俺は頷きながらそう返す。
「噛み傷が残っていれば、ナスリィに俺が血を吸われた事がバレてしまう。仕方がないとは言え、お前にいらない傷を負わせてしまったな」
「……言ったでしょう? 私は、痛みに慣れています。それにあいつは、まだ私で遊び足りないはずです。だから、殺される程のことはされないと、予想できていました」
小さく吐息を吐きながら、クゥニは虚ろな瞳でそう言った。
「……それに思惑通り、私はラスカの傷が治るまで、あなたの看病に徹するように指示が出ました。他の人間や吸血鬼の世話をするより、何百倍もマシな状況です」
そう言うが、彼女に対する迫害は、今もまだ継続して続けられている。左腕を怪我しているため、直接的な嫌がらせはされないが、罵詈雑言がぶつけられるのは、日常茶飯事だ。
しかし、当の本人は全く意に介した様子もなく、温度を感じさせない声色で、言葉を紡いでいく。
「……それじゃあ今から、愛し合いましょうか」
共犯関係を結んだあの日、自分の首の肉をえぐり取る前に、俺たちはこんな話をしていた。
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